第三話「炎の子」
三度目に丘へ行った時、ルカの手が熱を持った。
斜面を登りながら気づいた。手のひらが、じわりと温かくなっていた。熱い、というほどではなかった。しかし、確かに温かかった。
「手が熱い」とルカは言った。
「見せて」とセナは言った。
ルカの手のひらを見た。
「普通に見えるけど」
「熱い」
「どれくらい」
「囲炉裏の傍にいる時くらい」
「それは熱い」とセナは言った。「丘に近づいたから熱くなるのか」
「分からない」
丘の入り口まで来た。
サブレ様が立っていた。
今日は木の根元ではなく、丘の入り口で待っていた。
「来たか」とサブレ様は言った。そしてルカを見た。「手が熱いだろう」
「熱いです」とルカは言った。「丘に近づいたら熱くなりました」
「そうだ。炎が、目を覚まし始めている」
「丘のせいですか」
「私のせいだ」とサブレ様は言った。「私の炎が、お前の炎を呼んでいる。近くに来るたびに、少しずつ目を覚ます」
「では、毎日来れば」
「毎日来れば、早く目を覚ます。しかし、急ぐ必要はない。炎は自分のペースで目を覚ます。それでいい」
三人は丘の上まで登った。
木の根元に座った。
「今日は、炎のことを話す」とサブレ様は言った。
「はい」とルカは言った。
「炎というのは、力のことではない。鬼の中には、炎を武器として使う者もいる。しかし、それは炎の本来の姿ではない」
「本来の姿は何ですか」とセナは言った。
「灯すことだ。暗いところを照らすことだ。温めることだ。繋ぐことだ」
「繋ぐ?」とルカは言った。
「炎は、人と人を繋ぐ。古い時代から、人間も鬼も、炎の傍に集まって話した。炎があるから、一人ではなくなった。炎は、孤独を溶かすものだ」
ルカは自分の手のひらを見た。
まだ温かかった。
「俺の炎は」とルカは言った。「どんな炎ですか」
「それは、使ってみなければ分からない。炎は、持つ者によって変わる。お前の炎は、お前だけのものだ」
「使い方を教えてもらえますか」
「教える。しかし、今日ではない。今日は、炎が何かを知るだけでいい」
「なぜ今日ではないんですか」
「炎が、まだ十分に目を覚ましていないからだ。眠った炎を無理に使えば、使った者が傷つく。待て」
ルカは頷いた。
「サブレ様の炎は」とセナは言った。「どんな炎ですか」
サブレ様は少しの間、セナを見た。
それから、右手を前に出した。
手のひらを上に向けた。
何もなかった。
しかし、しばらく見ていると、手のひらの中央に、小さな光が生まれた。
橙と金の、小さな火の粒だった。
揺れていた。生きているもののように、かすかに脈打っていた。
「これが」とサブレ様は言った。「私の炎だ」
ルカは息を止めた。
セナも止めていた。
「きれい」とセナが小さく言った。
「きれいか」とサブレ様は言った。
「きれいです」
「そうか」とサブレ様は言った。「長く持っていると、きれいかどうか分からなくなる。お前が言ってくれると、また分かる気がする」
光の粒が、消えた。
サブレ様は手を下ろした。
「また来い」とサブレ様は言った。
「来ます」とルカは言った。
「明日も来ますか」とセナは言った。
「来てくれるなら、来い」
「来ます」とセナは言った。
帰り道、ルカの手はまだ温かかった。
炎が、目を覚まし始めていた。
(第三話 了)
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