第二話「サブレ様の目」
父には言わなかった。
ルカの父、クダは族長だった。
背が高く、声が低く、一族の者たちが何かを決める時は必ずクダのところへ相談に来た。怒ることは少なかった。しかし怒った時は、声を上げなくても分かった。目が変わった。
その目が怖かった。
だから言わなかった。
二日後、二人はまた丘へ行った。
今度は昼過ぎだった。子供たちが昼寝をする時間で、集落は静かだった。
斜面を登り、丘の入り口まで来た。
サブレ様は、また木の根元にいた。
今日は目を開けていた。金色の目が、二人が来るのを見ていた。
「来たか」とサブレ様は言った。
「来ました」とセナは言った。
「座れ」
二人は、サブレ様の前の草の上に座った。
近くで見ると、サブレ様の顔の皺が、昨日より深く見えた。あるいは昨日は遠くて見えなかったのかもしれなかった。皺は深く、しかし顔全体が、何か穏やかなものに包まれていた。
「聞きたいことがあるか」とサブレ様は言った。
「あります」とルカは言った。「たくさん」
「一つずつ聞け」
ルカは考えた。
「サブレ様は、何百年生きているんですか」
「数えていない」とサブレ様は言った。
「数えていない?」
「最初の百年は数えていた。しかし二百を過ぎた頃から、数えることをやめた。数えても、意味がなくなった」
「意味がなくなる、というのはどういうことですか」とセナが聞いた。
「百年生きた時、百年という数字は重かった。しかし二百、三百と重なると、数字が重さを失う。重さを失った数字は、ただの数だ。ただの数を数えても、仕方がない」
「では、今が何年目かも分からないんですか」
「分からない」とサブレ様は言った。「しかし、長い、ということは分かる。それで十分だ」
ルカはサブレ様の目を見た。
金色の目が、ルカを見ていた。
「サブレ様」とルカは言った。「俺を待っていたと言いました。なぜ俺を待っていたんですか」
サブレ様は少しの間、黙っていた。
「お前の手を見せろ」と言った。
ルカは手を差し出した。
サブレ様はルカの手のひらを見た。
近づいてきた。古い、大きな手で、ルカの手のひらをそっと包んだ。
温かかった。
老いた者の手なのに、温かかった。
「やはりそうだ」とサブレ様は言った。
「何がそうなんですか」
「炎がある」とサブレ様は言った。
「炎」
「お前の手の中に、炎がある。まだ眠っているが、ある。クダの子だから、あると思っていた。クダにも、その前の者にも、あった」
「俺には何もないように見えますが」とルカは言った。手を見た。普通の手だった。
「見えないだけだ」とサブレ様は言った。「炎は、まだ眠っている。しかし、そこにある。いつか目を覚ます」
「いつ覚めるんですか」
「それは、俺には分からない。炎が、自分で決める」
ルカは手を見た。
炎が眠っている手を。
「セナの手には」とセナが言った。「炎はありますか」
サブレ様はセナを見た。
セナも手を差し出した。
サブレ様はセナの手を包んだ。
「炎はない」とやがて言った。「しかし——」
「しかし?」
「炎を呼ぶものがある。炎は一人では燃えない。呼ぶものが傍にあって、初めて燃える。お前は、炎を呼ぶ者だ」
セナはルカを見た。
ルカもセナを見た。
「二人で一つ、ということですか」とセナは言った。
「そういうことだ」
三人はしばらく、黙っていた。
木の枝が風に揺れた。葉の間から、光が差し込んだ。
「サブレ様」とルカは言った。「俺の父上も、炎を持っていると言いました。父上は、その炎をどうしているんですか」
サブレ様の表情が、わずかに変わった。
変わった、というのは分かりにくい変化だった。何かが閉じた、というような。
「クダとの話は、クダに聞け」とサブレ様は言った。
「父上は、サブレ様のことを話しません」
「知っている」
「なぜ話さないんですか」
「それも、クダに聞け」
「父上は答えません」
「答えるまで聞け」とサブレ様は言った。「子が親に聞くことを、やめてはいけない」
ルカは少しの間、サブレ様を見た。
金色の目が、まっすぐにルカを見ていた。
悲しい目だと思った。
昨日もそう思ったが、今日もそう思った。
「サブレ様」とルカは言った。「サブレ様は、悲しいですか」
サブレ様は少しの間、ルカを見た。
「なぜそう思う」
「目が悲しそうだから」とルカは言った。「ずっと、何かを待ち続けてきた目だと思うから」
サブレ様は空を見た。
木の葉の間から、青い空が見えた。
「悲しいかどうか」とサブレ様はやがて言った。「長く生きると、悲しいという感覚が、別のものになる」
「別のもの?」
「悲しいという感覚が、重さになる。胸の中に積み重なった重さになる。その重さが、悲しいということかもしれない。しかし、もう悲しいとは言わない気がする」
「なぜ言わないんですか」
「言う相手がいなかった」とサブレ様は言った。
ルカはその言葉を聞いた。
言う相手がいなかった。
何百年も、悲しいと言える相手がいなかった。
「俺に言えばいいです」とルカは言った。
サブレ様がルカを見た。
一瞬、金色の目の奥で、何かが動いた。
それからサブレ様は、少しだけ笑った。
笑った、というのは大げさかもしれなかった。口の端が、ほんの少し上がった。それだけだった。しかしルカには、笑ったと分かった。
「また来い」とサブレ様は言った。
「来ます」
「来るたびに、少しずつ話す。一度に全部は話せない。長い話だから」
「長い話というのは」とセナは言った。
「何百年もかかった話だから」とサブレ様は言った。
「何百年もかかった話を、私たちに話してくれるんですか」
「お前たちに話す必要がある」とサブレ様は言った。「お前たちが来てくれたから、話せる」
二人は斜面を下りた。
集落に戻る途中で、セナが言った。
「あの人は、ずっと一人だったんだ」
「そうだと思う」とルカは言った。
「何百年も、一人で丘にいた」
「そうだと思う」
「そんなことが、できるのか」
「できるかどうかは分からない」とルカは言った。「でも、していた」
「悲しいな」とセナは言った。
「うん」とルカは言った。「悲しい」
二人は集落の坂を下りた。
丘の上では、サブレ様が木の根元に座っていた。
目を開けていた。
二人が帰っていく方向を、金色の目で見ていた。
(第二話 了)
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