第6話 秘密基地にて
最悪だ。最悪の目覚めだ。二度寝してゆっくりしようと思っていたのに。
「お嬢様大変です!」
朝から慌ただしく、侍女が部屋へと入ってきた。侍女の慌てぶりから何となく嫌な予感がしていた。
「どうしたの?」
「皇太子殿下がお見えになっております!!!」
「はい?」
昨日丁重に婚約の話を断ったはずなのに。
「なんで来てるのよぉぉ!!」
頭を抱える。事情が分からない侍女は不思議そうな顔をしている。
「お嬢様?」
「と、とにかく私はいないことにしておいて!」
「で、ですが!奥様が......」
「いいから!お母様にも秘密に!!」
部屋を飛び出し、庭へと向かう。侍女たちが後ろから追いかけて来ているが、今はあの皇太子から逃げなければいけないのだ。
「見つかったらめんどくさい事になるわ!絶対!!」
婚約の話をされ、訳の分からないことを話される。そんなの絶対に嫌だ。私は自由になりたい。魚釣りをしたり、山に登ったり、色々なところを冒険する、そんな人生を送りたいのだ。
(皇太子妃だけはぜっったいに嫌!!)
庭の奥へと走る。小さい小屋だが、昔から自分だけの秘密基地だ。侍女にも教えたことはない。ここならきっとレオンハルトにもバレないだろう。
「ここまで来れば平気でしょう......」
急いで中に入る。最近買ってきた本や新調したふかふかの椅子もある。レオンハルトが帰るまでの時間は潰せそうだ。私は近くの本棚へと手を伸ばす。
「今日はここでのんびり──」
「リアナ」
「きゃあああっ!?」
聞こえてはいけない声がした。嫌でも覚えてるあの低い声。ギギギと音がなりそうなくらいぎこちなく振り返り、入口の方を見る。レオンハルトだった。
「な、なんでここが......!?」
「探した」
「いや、ここは私しか知らないはず......」
「バランという庭師に聞いた」
「裏切り者!!」
バランの顔が想像できる。『お嬢様ならあっちの小屋にいるぞ』とあっさり教えたに違いない。
レオンハルトはそんな様子の私をみて少しだけ口元を緩める。
「鬼ごっこが好きだな」
「嫌だから逃げてるのです」
私は立ち上がった。
「そもそも!昨日、婚約の件は断らせていただきましたよね!?」
「逃がさない、と言ったはずだ」
「言ってましたけど、私は......!!」
呆れてものも言えない。本当にこの人は何を言っているのだろう。そんな私を他所に
「ここがお前の秘密基地とやらか。本が多いな」
「勝手に見ないでください」
レオンハルトは本棚をじっと見つめて、本を手に取ったり、釣竿を見たり、自由に私の秘密基地の中を観察する。そして、一冊の本を取り、ドカッと椅子に座る。
「で、殿下?」
「なんだ」
その場でくつろぎ始めようとする。帰って欲しい。
「お帰りください」
「断る」
「なんでですか!」
レオンハルトは私を真っ直ぐと見る。彼の青い目に吸い込まれそうだ。
「言っただろう。気に入ったものは必ず手に入れる、と」
「私はものではありません」
「だからお前には自分の意思で俺と婚約してもらう」
「え?」
「逃げても、断っても構わない。諦めるつもりはないからな」
昨日まで冷静沈着で、近寄りがたくて、少し変な皇太子だと思っていた。
なのに。
今目の前にいるのは、妙に真っ直ぐで、妙に頑固な人だった。
「変な人ですね、殿下は」
「お前もな」
「私は至って普通です!」
「普通の令嬢は魚釣りなどしない」
「そうですけど......!」
彼がふっと笑った。彼の笑顔を見たのはこれが初めてだった。
(この人笑うんだ......)
などと少し場違いなことを考えてしまう。そして、レオンハルトが釣竿を見て、問いかけてくる。
「魚釣りはどうやって行うものなんだ?」
この皇太子、思った以上に変な人かもしれない




