08.見つからない顔
その日の帰り道は、妙に静かだった。
七海と別れて、いつもの二人だけの帰り道に戻った途端、空気が少しだけ軽くなる。
さっきまでの“誰かが混ざっている感じ”が、すっと抜けたみたいに。
でも――
「……ねえ」
陽咲がぽつりと声を出す。
「なに」
「やっぱり、分かんなかった」
私は少しだけ視線を横に向ける。
分かりきっていたことを、改めて確認するみたいな声だった。
「そりゃね」
当たり前だ。
校門の前を通ったくらいで、見つかるはずがない。
見つかるなら、昨日の時点で見つかっている。
「でもさ」
陽咲は続ける。
「いるかもしれないって思うと、ちゃんと見ちゃうね」
「何を」
「顔」
短く答える。
その言葉に、私は少しだけ納得した。
あの場所にいた生徒たちの中から、“その人”を探す。
でも、探し方は分からない。
知っているのは、あの一枚の写真だけ。
「見つかるわけないじゃん」
「うん」
陽咲は頷く。
でも、その“うん”は諦めじゃない。
確認だ。
分かっているけど、やめられない。
そういう種類の。
「なんかさ」
少しだけ考えるように間があって。
「違う人でも、“もしかして”って思っちゃう」
「それはもう末期」
「ひどくない?」
「ひどいけど事実」
軽く返すと、陽咲は小さく笑った。
でも、その笑いはどこか弱い。
無理に軽くしようとしているみたいな。
「だって、似てる人とかいるし」
「それで?」
「違うって分かると、ちょっと変な感じする」
「どんな」
「……なんか、戻される感じ」
その表現が、妙にしっくりきた。
想像の中では、もう何度も会っている。
何度も見ている。
でも現実では、まだ一度も見つけられていない。
その差を、毎回突きつけられる。
「ちゃんといないんだなって思う」
「いるけどね」
「うん、いるんだけど」
陽咲は小さく息を吐く。
「“今ここにはいない”って分かる」
それは、少しだけ痛い感覚だと思う。
いるのに、いない。
存在しているのに、見つからない。
それを何度も繰り返すと、多分――
少しずつ、現実の方が強くなる。
でも。
「それでも見るんでしょ」
私は言う。
「……うん」
迷いなく頷く。
やっぱり。
簡単にはやめない。
「ねえ、美鈴」
「なに」
「写真ってさ」
また、その話かと思う。
「今までより、ちょっとだけ違って見える」
「どう違うの」
「前は、ただの写真だったけど」
少しだけ言葉を探してから。
「今は、“この中にいる人”って感じする」
私は少しだけ黙る。
それは、たぶん。
距離が縮まった証拠だ。
ただの画像だったものが、現実と繋がり始めている。
「じゃあいいじゃん」
「いいのかな」
「いいでしょ」
私は肩をすくめる。
「むしろ自然じゃない?」
「自然?」
「だって、実在してるんだから」
それは事実だ。
どこかの学校にいて、どこかで生活している。
ただ、それを知らないだけ。
「……そっか」
陽咲は小さく頷く。
その顔は、少しだけ安心したみたいにも見えた。
駅が近づいて、人の流れが増えてくる。
日常の音が戻ってくる。
でも、その中に混ざっている。
まだ見つけられていない、誰かの気配。
「明日も行くの?」
私は何となく聞いてみる。
「行かないよ」
即答だった。
「ほんとに?」
「ほんと」
少しだけ間があって。
「……多分」
「ほら出た」
「だって」
陽咲は苦笑する。
「分かんないし」
「自分のことくらい分かりなよ」
「無理」
あっさり言う。
その潔さに、少しだけ笑ってしまった。
改札の前で立ち止まる。
いつもの別れの場所。
「じゃあね」
「うん、また明日」
軽く手を振る。
陽咲は改札を通って、人混みの中に消えていく。
私はその背中を見ながら、少しだけ考える。
見つからない顔。
でも、確かに存在している顔。
それを探す行為は、多分――
やめたくても、簡単にはやめられない。
見つけたいわけじゃないのかもしれない。
ただ、“いる”ことを確かめたいだけ。
それだけで、十分だから。
――でも。
もし本当に見つけてしまったら。
そのとき、どうなるのか。
私は小さく息を吐いて、改札をくぐった。
まだ、答えは出ない。
でも確実に、何かは近づいている。
そんな気がした。




