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02.宝物の条件

あのあと、陽咲は変わった。

――いや、「分かりやすく変わった」というより、正確には「分かる人には分かる変わり方」をした。


たとえば、授業中。

スマホは校則で触れないはずなのに、休み時間になるとすぐに机の中に手を入れる。

その動きがやけに素早いくせに、取り出したあとはやたら慎重になる。


たとえば、放課後。

「今日どこか寄る?」

と聞いても、

「ごめん、ちょっとだけ用事」

と曖昧に笑う回数が増えた。

用事の中身は絶対に言わないくせに、嘘はついていない顔をする。


そして一番分かりやすいのが――

「また見てるの?」

私がそう言うと、陽咲はびくっと肩を揺らした。

「み、見てないよ」

「今、完全に見てたでしょ」

「見てないってば」

言いながら、スマホの画面を伏せる手つきが妙に慌てている。

――分かりやすすぎる。


「別にいいけど。減るもんじゃないし」

「だから違うって」

「はいはい」

軽く流して、私は椅子の背にもたれた。


教室は放課後特有のざわめきに満ちている。

部活に行くやつ、帰るやつ、だらだら残るやつ。

それぞれがそれぞれの理由で動いている中で、陽咲だけがほんの少しだけ違う場所にいるみたいだった。

視線はこっちにあるのに、意識は別のところにある。

……たぶん、あの写真の中だ。


「ねえ、美鈴」

「なに」

「写真ってさ」

来た。

私は内心でため息をつく。

「なに、急に哲学?」

「そういうんじゃなくて……その、ただの写真でもさ、大事になることってあるよね」

「そりゃあるでしょ。思い出とか」

「うん、そうじゃなくて」

陽咲は少しだけ言葉に詰まる。


珍しい。

この子は大体、思ったことをそのまま言うタイプなのに。

「……なんでもない」

「言いかけてやめるのやめてくれる?」

「だって、うまく言えないし」

「じゃあ頑張って言って」

逃がさないように軽く釘を刺すと、陽咲は少しだけ困った顔をして、それから観念したみたいに口を開いた。


「その……思い出じゃないのに、大事になることってあるのかなって」

なるほど。

私は一瞬だけ言葉を選ぶ。

「それ、“例の写真”の話?」

「違う」

「嘘つくの下手すぎ」

「……うるさい」

頬を少しだけ膨らませる。

こういう反応は、昔から変わらない。


「で? どうなの」

「どうって?」

「思い出じゃないのに大事ってやつ」

私は少しだけ考えてから、肩をすくめた。

「あるんじゃない」

「ほんとに?」

「知らないけど。でもまあ、人によるでしょ」

投げやりな答えに聞こえるかもしれないけど、実際それ以上でもそれ以下でもない。

価値なんて、本人が決めるものだ。

他人が口出すことじゃない。


「……そっか」

陽咲は小さく頷く。

その顔は、どこか安心したみたいでもあり、逆に少しだけ迷っているようにも見えた。

「じゃあさ」

「なに」

「これ、宝物って言ってもいいかな」

そう言って、今度は隠さずにスマホを見せてくる。


例の写真。

文化祭で同級生と笑っている男子。

新堂。

名前だけは知っている、陽咲の“知らない人”。

「……早くない?」

思わずそう言った。

「え?」

「宝物にするの。もうちょい段階とかないの?」

「だって」

陽咲は少しだけ視線を落として、それから言った。

「なくしたくないなって思ったから」

その言い方が、妙に静かで。

私は一瞬だけ、何も言えなくなった。


――ああ、これ。

本気だ。

軽い興味とかじゃない。

ただ気になるだけでもない。

理由も分からないまま、でも確実に掴んでしまった何か。

「……好きにすれば」

結局、さっきと同じことしか言えなかった。

それ以上踏み込むと、多分この空気は壊れる。

陽咲は小さく「うん」と頷いて、スマホの画面をそっと閉じた。

今度は、さっきよりも丁寧に。

まるで本当に、大事なものを扱うみたいに。


「帰る?」

私は立ち上がりながら言う。

「うん」

陽咲も鞄を持つ。

その動きはいつもと同じなのに、どこかだけ違う。


教室を出て、廊下を歩く。

窓の外は少しだけ赤くなり始めていて、放課後の空気がゆっくりと夜に近づいていく。

「ね、美鈴」

「なに」

「変かな、私」

「うん」

即答した。


「ひどくない?」

「ひどいけど事実」

「……そっか」

陽咲は苦笑する。

でも、その顔はどこか嬉しそうでもあった。

「でもさ」

私は少しだけ言葉を足す。

「別に、悪い意味じゃないから」

「え?」

「変だけど、まあ……いいんじゃない」

自分でも驚くくらい、曖昧な言い方だった。

でも、それで十分な気がした。


陽咲は少しだけ目を丸くして、それからふっと笑う。

「ありがと」

その一言が、やけに素直で。

私はなんとなく視線を逸らした。

――ほんとに、面倒なことになりそうだ。


写真一枚で始まったものが、どこまで膨らむのかなんて分からない。

相手は何も知らないし、これからも関わる保証なんてどこにもない。

それでも陽咲は、もう戻らない場所まで来てしまっている。


たぶん、この先。

何かが起きる。

良いことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

でもどっちにしても――

このまま何もない、なんてことはない。

私は隣を歩く陽咲を横目で見ながら、小さく息を吐いた。

せめて、見失わないように。

――それくらいは、してやるか。

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