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13.持ち帰ったもの

土曜日のことは、日曜日のあいだ、ほとんど話題に出なかった。

メッセージも来なかったし、私も送らなかった。

わざとじゃないけど、たぶんお互いに、あの時間を少しだけ寝かせておきたかったんだと思う。

言葉にすると、形が決まってしまうから。

まだ曖昧なままの方がいい、そういう時間。


そして月曜日。

教室に入ったとき、陽咲はもう席に座っていた。

「おはよ」

「……おはよ」

いつも通りの挨拶。

でも、ほんの少しだけ間があった。

私は鞄を置きながら、ちらっと横を見る。

顔色は普通。眠そうでもないし、元気がないわけでもない。

ただ――

どこか静かだ。


「昨日、何してたの」

軽く聞いてみる。

「家でだらだら」

「ほんとに?」

「ほんとに」

少しだけ笑う。

その笑いは、無理している感じじゃない。

ちゃんと自然だった。

「美鈴は?」

「同じ」

「だよね」

それで会話は終わる。

無理に続けない。

その距離感が、ちょうどよかった。


授業が始まって、いつもの時間が流れる。

黒板の文字、先生の声、ノートの音。

全部が変わらない。

でも、変わっているものもある。

私は、それを横目で確認する。

陽咲の手元。

スマホは出していない。

でも、指先がほんの少しだけ動いている。

ポケットの中で、触れているのかもしれない。

あの写真に。


昼休み。

七海がやってきた。

「ねえ聞いてよ」

いつも通りのテンション。

「土曜のやつさ」

来たな、と思う。

陽咲の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

「どうだったの?」

私はあえて普通に聞く。

「普通に楽しかったよ。久しぶりに会う人ばっかだったし」

「へえ」

「新堂も来てたし」

その一言で、空気が少しだけ変わる。

分かりやすすぎる。


「そうなんだ」

陽咲が言う。

できるだけ平坦に。

「うん。相変わらずだったけどね」

「どんな感じ?」

少しだけ早い。

でも、ギリギリ自然の範囲。

「なんかさ、あんまり変わってないのに、ちょっとだけ大人になってた」

「曖昧」

「いや、ほんとそんな感じなんだって」

七海は笑う。


「前よりちゃんと喋るようになってたし」

「喋るんだ」

「そりゃ喋るでしょ」

当たり前のことを言う。

でも、その“当たり前”が、陽咲にとっては新しい情報だ。


「声とか、どんな感じ?」

来た。

私は少しだけ視線を逸らす。

この流れ、予想通りすぎる。


「声? 普通だよ」

「普通って?」

「普通は普通」

七海は適当に答える。

「ちょっと低めかな」

その一言で、陽咲の指が、ほんの少しだけ止まった。

――当たった。


私は心の中で思う。

あのときの想像。

「へえ」

陽咲は、それだけ言う。

でも、その中にほんの少しだけ混ざる。

嬉しさみたいなもの。


「なんかさ」

七海が続ける。

「笑うと、ちょっと雰囲気変わるんだよね」

「……どんなふうに」

陽咲の声が、少しだけ小さくなる。

「なんか、柔らかくなる感じ?」

その言葉に、私は思わず横を見る。

陽咲は、ほんの少しだけ目を伏せていた。

想像と重ねている。

きっとそうだ。

知らないはずのものが、少しずつ一致していく。

その感覚は多分、思っている以上に強い。


「ふーん」

陽咲は、それ以上は何も言わなかった。

でも、その後、少しだけ静かになった。

会話は普通に続いている。

でも、どこかだけ違う。


たぶん。

持ち帰ってしまったんだと思う。

“声”を。

“雰囲気”を。

七海の言葉を通してだけど、確かに受け取ってしまった。


放課後の帰り道。

「ねえ、美鈴」

「なに」

「声、当たってたね」

小さく言う。

「たまたまでしょ」

「でも、ちょっと嬉しい」

素直な声だった。

私は少しだけ笑う。

「よかったね」

「うん」

陽咲は頷く。

その顔は、ほんの少しだけ明るい。


「なんかさ」

「うん」

「ちょっとだけ、近づいた気がする」

その言葉に、私は何も返さなかった。

返せなかったの方が正しいかもしれない。


確かに近づいている。

情報は増えている。

輪郭もはっきりしてきている。

でも――

本当に近づいているのかは、分からない。

むしろ、触れられない距離が、よりはっきりしてきているだけかもしれない。


「ねえ」

私は少しだけ言う。

「それでいいの?」

「え?」

「会ってないのに、近づいた気がするって」

少しだけ意地悪な聞き方だった。

でも、必要だと思った。

陽咲は少しだけ考えて、それから言った。

「……いいよ」

迷いはなかった。

「今は、それでいい」

はっきりと。

その言葉を聞いて、私は小さく息を吐いた。

――そっか。

じゃあ、いい。

今はまだ、この距離でいいんだ。


駅が見えてくる。

いつもの帰り道。

でも、確実に何かが積み重なっている。


写真だけじゃない。

名前だけでもない。

声も、雰囲気も。

全部が少しずつ増えていく。

そして、それを全部――

陽咲は、ちゃんと持ち帰っている。

それが、どこに繋がるのかは分からない。


でも。

もう止まらないことだけは、はっきりしていた。

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