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12.ガラス越しの現実

土曜日の夕方、駅前は思ったよりも人が多かった。

休日だから、という理由もあるだろうけど、それだけじゃない。

買い物帰りの家族連れや、友達同士で笑いながら歩く学生、どこか急いでいる大人たち。

いろんな人の流れの中に、私たちも紛れていた。


「……人多いね」

陽咲が小さく言う。

「そりゃ駅前だし」

私は肩をすくめる。

いつも通りのやり取り。

でも、いつもと違うのは、この先に“目的地”があること。

そして、その中に“会うかもしれない誰か”がいること。


「場所、ここで合ってるよね」

「七海が言ってたとこならね」

スマホをちらっと確認して、陽咲は小さく頷く。

「……あそこ」

少し先に見える、ガラス張りのファミレス。

外からでも、中の様子がぼんやりと見える。


明るい照明と、動く影。

誰かが笑って、誰かが手を振っている。

どこにでもある光景。

でも、今の私たちにとっては、少しだけ違う。

「どうする?」

私は聞く。

足はまだ止めていない。

通り過ぎることもできる距離。

でも、陽咲は――


「……ちょっとだけ」

そう言って、歩く速度を落とした。

一歩ずつ、近づく。

逃げる余地を残しながら。


店の前まで来る。

ガラス越しに、中の様子がはっきり見える位置。

陽咲の足が、そこで止まった。

「……」

何も言わない。

でも、視線はまっすぐ中を見ている。

私は少しだけ後ろに立つ。

邪魔しないように。

でも、見失わないように。


「いる?」

小さく聞く。

陽咲は答えない。

ただ、じっと見ている。

テーブルごとに視線を移していく。

一つ、一つ、確かめるみたいに。


でも。

「……分かんない」

やっと出た言葉は、それだった。

「顔、ちゃんと見えない」

まあ、そうだろう。


ガラス越し。

距離もある。

しかも、知っているのはあの写真だけ。

「似てる人とかいない?」

「……いるかも」

「どっち」

「分かんない」

苦笑混じりの声。

でも、その目はまだ離れない。

諦めていない。


「ねえ」

陽咲がぽつりと呟く。

「もしさ」

「うん」

「今あそこにいるのが、その人だったとしても」

「うん」

「分かんないよね」

その言葉は、妙に現実的だった。


「まあね」

私は頷く。

「確証はない」

「だよね」

陽咲は小さく息を吐く。

その吐息が、少しだけ白く見えた気がした。


「でも」

視線はそのまま。

「この中にいるかもしれないって思うと」

少しだけ声が揺れる。

「なんか、変な感じ」

「またそれ」

「うん」

小さく笑う。

でも、その笑いはすぐに消えた。


そのとき、店の奥の方で、誰かが立ち上がった。

男子。

背は少し高め。

何かを取りに行くみたいに、席を離れる。


「……」

陽咲の呼吸が、ほんの少しだけ止まる。

視線が、その人に固定される。

私は何も言わない。

ただ、見ている。

その人が、こちらに少しだけ顔を向けた。

――一瞬だけ。


「……違う」

陽咲が、ぽつりと呟く。

ほとんど反射みたいに。

私は少しだけ驚く。

「分かるの?」

「なんか……違う」

曖昧な言い方。

でも、迷いはなかった。


「そっか」

私はそれ以上は聞かない。

たぶん、それが正しい。

その“なんか”が、一番確かな基準なんだろうから。

陽咲はもう一度、店の中を見る。

でもさっきとは少し違う。

少しだけ、力が抜けている。


「……いないかも」

ぽつりと、言う。

「かも、ね」

私は返す。

断定しない。

できない。

「でも」

陽咲は少しだけ考えて、それから言った。

「“いるかもしれない”は、なくなった」

「どういうこと」

「さっきまでより、ちゃんと現実になった感じ」

私はその言葉を、少しだけ考える。

「ここにいるかどうかは分かんないけど」

「うん」

「ここに“いる場所”なんだなって思った」

それは、確かに一歩進んでいる。

曖昧な想像から、具体的な場所へ。

その差は大きい。


「じゃあ来た意味あったじゃん」

「……うん」

陽咲は小さく頷く。

その顔は、少しだけ疲れていたけど。

どこか、納得しているようにも見えた。

「帰る?」

私は聞く。

「うん」

即答だった。

迷いはない。

それが、少しだけ意外だった。


来る前よりも、ずっとはっきりしている。

店を離れて、駅の方へ歩く。

さっきまでいた場所が、少しずつ遠ざかる。

でも、その距離は。

もう、ただの距離じゃない。


「ねえ、美鈴」

「なに」

「今日さ」

「うん」

「ちょっとだけ、怖かった」

正直な声だった。

「何が」

「もし本当に見つけたら、どうなるんだろって」

私は少しだけ空を見上げる。

夕方の空は、少しだけ暗くなり始めていた。

「見つからなくてよかった?」

「……分かんない」

小さく笑う。

その笑いは、少しだけ軽い。


「でも」

少しだけ間があって。

「まだ、このままでいいかもって思った」

その言葉に、私は小さく頷いた。


それでいい。

無理に進む必要はない。

この距離のままでも、成立しているものがあるなら。

それは、それでいい。


駅に着いて、改札の前で立ち止まる。

いつもの場所。

でも、今日は少しだけ違う。

「ありがと」

陽咲が言う。

「何が」

「ついてきてくれて」

「別に」

軽く返す。

でも、それ以上は言わない。

言わなくても伝わる気がした。


「じゃあね」

「うん、またね」

手を振って、陽咲は改札の向こうへ消えていく。

私はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。


ガラス越しの現実。

見えたようで、見えなかったもの。

でも確実に、何かは変わった。

それだけは、はっきりしていた。

――この先、どうなるのか。

まだ分からない。

でも。

もう、ただの写真には戻れない。

そんな気がした。

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