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第31話 三英五騎士

 以前、父が魔力開放した時、城の防衛システムが反応したように、魔力開放は攻撃の前動作だと捉えられる。その攻撃の前動作だが、そもそもの魔術師の頭数が少なければ、魔力開放を感じ取れる者も必然的に少なくなるため、ここが、王都の真ん中ならば、誰も目を向けなかったかもしれない。しかし、ここはあの、学園である。


 魔術師にとってそれは周囲一体の森に虎が紛れること変わりなく。わたしは、事情があるとはいえども入学初日から、学園の魔術師ほぼ全員を挑発したことになる。


 数人の魔術師に警戒の視線を向けられ、それでも堂々と学園に歩くイム。わたしはその一歩後ろを歩く。会話は無かった。


 彼女はなにか考え事をしている。怒っているのかもしれない。呆れているのかも。名に相応しい振る舞いを持つ彼女の感情を推測するなんて、あるがままだったわたしに出来るはずも無い。人の感情が気になっているのに、何を考えているのか聞けばわかるのに、何かを行動するのに怖いと思うのは、はじめてなんだ。嫌いって思われたら嫌だなって。


「ヘイ! 目に光がないゾ。未来の英雄達ヨ!」


 妙に語尾の跳ね上がった声がわたしの顔を上げさせた。気づけば、わたしは学園の門前にいた。今まで幾多の歴史を作った先人達を排出した魔術学園。その威厳ある佇まいがわたしを見ている。まだ門前だというのに、戦前から建てられたとは思えない恐ろしく大きく先進的な建物だった。


 その歴史を作る者の入口とも言える門に、仁王立ちした男。妙な声を発したのは男で、その目は聳える学園そのものを代弁するかのようにわたしを見ている。人目で王国出身ではないと分かる日焼けでは到底出せない黒い肌。過酷な環境で鍛え上げられた屈強な肉体は砂漠の民のそれだった。


 この場合は皇女が何か挨拶をするのかと思えば、彼女は何も言わず、無視して歩き去る。わたしのことなんて忘れてしまったのか? そうだ。わたしは取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。怒らせてしまったのなら早く謝ればよかった。わたしだってこの男を無視してイムに謝りたかったが、目が合ってしまった。これ以上、イムの敵を作りたくは無く、そして、直ぐに彼女を追いかけたいがために、わたしは自分でも驚くくらい無駄にへりくだった。


「すいません」


 わたしが見ず知らずの人間に謝ることなんて十年に一度も無い。彼は光を遮るような黒い眼鏡をつけていた。砂漠の強烈な日光を避けるためだろうか。だが、それに遮られていても分かる眼力がグッと近づいてきて、わたしを目の中に入れるのかってくらい覗き込んだ。


「真っ黒な目だナ! 目に希望が見えないぞ。悲願の入学じゃないのカ。もっと学生らしく、未来に希望を持テ、少年」


 わたしはもう彼に何も喋って欲しくはなかった。励ましてくれているのは分かるが、イムの近くで他人と喋りたくない。なんと返せばいいかも分からない。


「ユウメ? 行くよ」


 助け舟はイムが出してくれた。振り向いた彼女の表情は作り物でも笑顔でも無い。本当に不思議そうな顔をしている。イムは怒ってない! 良かった、彼女はただいつも通りなだけだった。


「うん! そういうことなんで、ごめんなさい!」


 こういう経験をすると、イムをひと月も無視したのは本当に良くなかったなと思う。


「なんダ……いい目、持ってるじゃないカ」


 返事はしない。


 五百人の生徒。第一学年、教師群、生徒会執行部、そして、三英五騎士。二度と一堂に会さないであろう面子が、この講堂に集まっていた。


 三英五騎士とは、王国の特務。一人一人が戦争のやり方を変えたゲームチェンジャーであり、戦術兵器にあたる、王国の最大最強の矛であり、盾。彼らは、この世界の未来を担う若者たちへの祝福という名目でこの入学式に登壇していた。


「なんで、三英五騎士なの? 五騎士じゃだめなの」


  わたしはひそひそと隣に座るイムに聞いた。


「私も詳しくは知らないけど、上三人は格が違うのよ。わざわざ名称で下二人と分けるくらいね」


「では、三英五騎士の方々から、未来の先人たちへ、祝福の言葉を」


 最初に演壇に立ったのは目隠しをした女性だった。それ以外、これといった特徴は無い。白紙のノートのような人だ。


「五騎士の末端を務めてさせていただいています。ポスティと申します」


 よく通る声だったが、なんだか、それだけだ。彼女は簡単な挨拶と社交辞令を述べると、目隠しをしているというのに迷わず自身の席へと戻った。


「彼女は『聖別(デュアル)』の名前を持つ学者兼魔術師よ。王国の図書、管理の大元はあの人らしいから、探り回る時は目をつけられるかもね。覚えときなさい」


 イムが聞こえるか聞こえないかの声量で言った。覚えておけと言われたが、あの目隠し以外に何も特徴がない。まるで、ヴァルターのような人間だ。


 次に演壇に上がったのは、公園で子供と遊んであげてそうな優男。少し曲がった背筋と目元の濃い隈から見るに、なかなか苦労してそうな人。女帝と特務の間に挟まれて死にそうになっている法務の人もあんな顔つきだった。


「えぇっと、第四席のドゥデ・ロッカーと申します。どうか学園生活をお楽しみください。学生の皆様は、それが“義務”ですから」


機艦(スチーム)ドゥデ・ロッカー。彼は直接関わることは無いし、覚えなくていいわ。彼と会う時は、法廷に上がる時よ」


 次は、第三席。ここからは、先のふたりとは格の違う、“英”の文字が与えられた傑物たち。演壇に上がったのは、軍帽に抑えられた白髪の髪、一般的に戦闘の許される歳と位ではないというのにそれでも戦場に立ち向かい、負けることなく勝ち続けた老練。


「王国軍総帥クロゾットーレ。私たちが守った未来の上に立つ君たちを誇りに思う。以上だ」


「『軍母(サー・マム)』クロゾットーレ。知ってるでしょ? 前線に立つ総帥。化け物よ」


 前に立つだけ姿勢を正させるような老婆。老婆と呼ばれる歳のはずなのに、そんな雰囲気は全くない。実物を見るのは初めてだが、どことなく、父に似ている。


 次は第二席。彼の噂はよく聞いていたし、実物を見た。一人であのふたりの英雄に追いつくかもしれないと言われる次世代の英雄。


「第二席のラスト・リンクス。暇になったら遊びに来ると思うから、その時はよろしく。みんなには期待しているよ、少しね」


「『次期英雄(ネクスト)』戦争が始まりでもしたら、真っ先に前線に来るのは彼でしょうね」


 あのカッツィを手玉にとった相手。


「わたし、あの人に勝てるかな」


「勝つのよ」


 最後の第一席は、実はわたしもよく知らない。下二人の話は色々な人に散々聞かされたが、第一席の話題はどこにいても聞いたことがなかった。演壇に上がったのは、無精髭を生やした老人だった。だぼだぼでくたびれた服を着ている。そのだらしのない格好に対して、飢えた狼のようなギラギラと睨めつける瞳が印象的だった。傍若無人を絵に書いたような人である。


「えー、第二王子、第二皇女、ローレアンの姫、あぁ? 俺の嫌いな奴に似てる女もいるなぁ。なんか色々いるけどよ、俺より強くなってから卒業しろ。以上」

 

 変な人だ。でも、他の騎士たちは何も注意しない。変な国だ。教師たちも頭を抱えてる人もいれば笑う人もいる。あの黒肌黒眼鏡も笑っていた。


「何あのひと、やばくない?」


「やばいわよ。『老練(ヤンガー)』ムサシ。彼の話が全くないのは闘いを見た人間が全員切り捨てられているからって言われてる。……ここに来ると思わなかった」


「ぶっ壊れてるね」


 彼は王子や皇女を呼ぶとき、一人一人の目を見ていた。『俺の嫌いな奴に似てる女』と言った時、わたしの方を見たのは気のせいだろうか。目を逸らしたから分からない。気のせいであって欲しい。


 入学式は長々と偉い人達が話して終わった。その後は五百人が三組に分けられ、三つの教室に王国、帝国、諸外国と、出来るだけ同じ組に分けられた。もちろん、わたしとイム、フィアは同じ組。


 教室は百人後半を収容できるだけあって広い。教壇を中心に扇状に広がった生徒の机が、教壇から離れるほど高くなる。自由に座ることが許されたので、わたしとイムは適当に端っこの、離すぎず、遠すぎずという位置に座った。フィアは友達と前の方に座っていた。


「早く自由に動きたいね、やっと敵の喉元まで来れた気がする」


「焦ってもいいことないわよ。またやらかしちゃうよ?」


「うぅ、ごめんね……」


「では、自己紹介をさせて頂きます。歴史学と進化学を担当しているリッジ・ケンブです」


 教壇に立ったのは蛇のように鋭い目をした妙齢の女性だった。笑顔の筋肉が死んでいるのかと言うほど厳しい表情をしている。その横にはわたしたちとそんなに歳の差が見られない、にこにこと笑う暗い髪色の女性がいた。


「私はこの新学年を受け持つ、いわば学年教師です。相談事は私かこちらの貴女方の担当になるエスベレッタに。

  ……ひとつだけ、肝に銘じておきなさい。

 私は、知識と進化を切り開いた先人達に敬意を評し、全てを明かし尽くしたその時だけに笑おうと決めました。だからと言って、あなた方に笑うなとは言いません。思想の強制は、何人たりとも許されないからです。

 貴族という概念も、いわば思想の上に成り立つ地位。歴史あるものとはいえど、その地位への敬意を他人に強要することは、思想の強制に当たります。貴族、平民、王族、隔てなく関わり合いなさい。今は全員が等しく馬鹿者です。しかし、その自覚があなた方の知識成長に向かうでしょう」


 そう言って、リッジは学生の拍手に包まれながら退室した。さっきまでにこにことしていたエスベレッタが話の途中で真顔になったのが面白かった。


 イムは皇族だし、嫌がりそうな話かと思えば、彼女は平然としていた。曰く、「向こう側が勝手に敬うようになるわ」らしい。さすが皇族だった。


 そうして、わたしたちの学園初日が始まった。

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