第32話 リサの足跡
「はーい! このクラスを担当するエスベレッタでーす! 魔術のことで分からないことがあったら、私に聞いてみてください。性格は良い方だと思うので人生相談も自信ありますよー」
先生の雰囲気は春そのものを表しているようで、風の抜ける暖かさを感じる。ただ、化け物ばかりである、この学園は。あの先生も。
教室のアーチ型の大きな窓から風が吹いた。滑らかで、どこまでも駆け抜ける新たな風が。
彼女に一通り学園の仕組みを説明してもらった後、部活の見学時間、要は自由時間になった。部活というのは、学生たちが自ら立ち上げた課外活動を行う組合らしい。その組合が出した功績で進学に左右する場合もあるとか。イムはなんの部活に入るんだろう。
「チャンスね。部活見学のフリしてリサさんの痕跡を探しましょう。でも、闇雲に探しても分からないでしょうから……そうね。本名で活動していたわけもないし、そもそもリサさんは何故学園に来ていたの?」
それは、わたしにも分からなかった。女帝と隊長なら知っているだろうが、聞くタイミングを逃した。ヴァルターには何も言われていない。イムとわたしがうんうんと頭を悩ませていると、青い顔をしたフィアが駆け寄ってきた。
「イム様、絶対、絶対っ学費は返しますから!!」
フィアは入学に掛かる具体的な学費を知らなかったようだ。おおかた、エスベレッタの説明でちらりとでた金額に驚愕したのだろう。
……わたしの分は特務から出る、たぶん。
すいませんすいませんと、ペコペコと謝り続けるフィアを落ち着かせるイムにまた誰かが近づいてきた。
「イムグリーネ様、どうしてこの私を置いていかれたのですか!?」
中性的な見た目で、短い髪だったので分かりにくかったが、制服で女性だと分かる。フィアを見ると目が合った。どちらも記憶にこの人は居ないようだ。イムだけが、呆れたような面倒くさそうな顔をしているのだ。
「ミチル、黙りなさい」
「不肖ミチル。貴女様に生涯を捧げると決めたのです。それなのに! 私に何も告げずいつの間にか王都に行ってしまわれて……城に手紙を送り続けた私がバカみたいじゃないですか!」
「バカみたいじゃなくてバカなのよ」
「イム、この人誰?」
「なんだ貴様! 皇女様になんて口を、イムグリーネ様処刑しましょう!」
「名前はミチル。ただの一般人、私のファンよ」
「ファンではないです家臣です! イムグリーネ様、この無礼者は」
「特務よ。エクテレウ家の。無礼者はあなたね」
ミチルは腰を抜かした。
「ト、ト、トっトクムぅ!? エクテレウの……あの恐姉……私、死んだ……」
ミチルは卒倒した。
「リサさんのやろうとしたことを予測しましょう」
「あれほっとくんだ」
「無視でいいわ。潜入諜報だとしたら、やっぱり図書かしら、確実に触ったであろう場所から絞っていくしかないわね」
「でも、どんな部活があるのかも分からないよ」
「フッフッフ、私なら知っているさ」
復活したミチルがいつの間にか私の後ろに立っていた。
「立ち直るの早いね」
「特務すら腕のうちに収めるイムグリーネ様の手腕に感動しただけだ。私が怯えることなど有り得ない。お前もイムグリーネ様に感化されて忠誠を誓った口だろう? なら、同志じゃないか! ハッハッハ。そういうことは早く言え!」
なかなかおもしろいやつだ。
「リサさんとやらは知らんが、興味深い部活はいくつもあるぞ。美術部、魔術工学研究部、特異点研究部……」
「特異点研究部?」
「気になるか? だからこその見学だ。私は剣術部に入りたいから、少しの別れだな。イムグリーネ様、私は常に貴方様の味方ですからね!」
ミチルは高笑いしながらどこかへ行ってしまった。
「変な人ですね。私も、友達と回ってる時にそれとなく聞いてみます」
「ありがとう、フィア」
「そうね、それらしい所を順繰り回りましょう」
――特異点研究部
見てわかる、ここは違う。教室に入った瞬間にわかった。無意味に破れた黒いカーテン、おどろおどろしい謎の置物、処刑用の炎死椅子、蝋で描かれた円状の数式。降霊儀式のようなありさまだ。彼らは特異点を信仰しなければいけない何かだと思っているのかもしれない。
「どう考えてもここじゃないわね」
イムと逃げようとした時に一人の部員に見つかってしまった。「おい、待ってくれ」という声に振り返りその姿を見て、わたしの体がビクリと跳ねた。黒いローブを纏った、骸骨に皮のついた人間が後ろに立っていたからだ。彼か彼女かは分からないが、喉に硝子を突っ込まれた老人のような掠れた声だった。
「見学だよな、今から実験をするんだよ。それを見てからでもいいだろう」
「どうする?」
「私は絶対イヤだけど」
「待て、特異点については知ってるな? 魔術の極地。そこに人工的に辿り着く実験だ。瀕死の時に生存本能と結びついて、『何か』が起こるというのなら、この実験でそれが起こるはずだ」
「ちょっと気になるかも」
「嘘でしょ……まぁ、ちょっとだけなら」
彼は他の部員から部長と呼ばれていた。部長が処刑用の炎死椅子に座って、鉄の輪で両手両足を固定された時、わたしはもうこの後に起こることを察した。部長が震える声で指示を出すと、一人の部員が、油らしきものを大きなバケツでぶっかけて、その後にマッチの棒を投げ入れた。
「ウワアアアアアアアア!!」
案の定、炎死椅子は燃え上がり、蝋の数式に炎が走るその中心で、部長は打ち上げられた魚のように体を跳ねさせながら野太い声を上げ続けた。
どう考えてもリサがここに来るわけがない。そして特異点に到達するのも難しいだろう。必要なのは、瀕死ではなく、死だ。
殺人の現行犯を見る前に、わたし達は逃げるように部屋から出た。
――美術部
美術部はこの学園で一番部員が多く、人気らしい。あの研究部とは違って、何人も見学者がいた。教室は、ひとつの彫刻を大きいキャンバスが囲んでいたり、先輩が後輩に絵を教えているところなどが見えて、学生らしく、空気の良い爽やかな空間だった。
「美術部にリサねぇが来てるとは思えないけど」
「いや、技術や情報だけじゃなくて、特定の人物と接触しようとしてたかもしれない。人が多いここなら、誰か知ってるかもだし」
後輩に絵を教えていた一人がこちらを見た。見学していた同学年の女子たちがそわそわとして、身内で語り出した。どうやら有名な人のようだ。描いていた絵を置いて近付いてくる先輩との距離に比例するように黄色い歓声が上がった。
「君だろ。朝の」
どうやら、あの時に目をつけられたようだ。辺りの声がピタリと止んで、この先輩の一言一句を聞き逃さないような空気感が出来上がった。最悪だ。イムの方を見ると、「謝っとけ」と言うように目で促した。
「すいませんでした」と、頭を下げずに言った。
私は仕事上、千差万別の犯罪者を見てきた。誰一人として全く同じ人間はいないが、その千差万別に共通したものがある。それは、目の光だ。怪しく光る、人を害する悪意を持った舐めるような視線。
ヤる奴の目と、ヤらない奴の目。
この先輩は、前者だ。だから、目を離さなかった。
「ふーん。複雑な事情は虐殺者にだってある。言うだろ、同じことを。君、どこか……“違和感”がある。絵の歪みを見た時の違和感。似た感覚は、不気味の谷……か?」
名前も知らない先輩はブツブツと呟く、わたしの体を足から頭まで吟味するように見ながら。
「君、今すぐ、脱げ」
わたしが何かを言う前に、イムが間に入った。
「不敬。皇女の家臣に対して、言葉を間違えたわね」
「君、今すぐここで脱げば、朝の魔力開放は不問にして、先輩方に口を聞いてやる。そして、皇女様、敬意の強制は、ここでは推奨される行いでは無いね」
「同じ人間に対しての最低限の敬意から極端に逸脱した言葉に怒りを覚えただけよ。この学園は品行と秩序を重要視していたはずだけど」
突如発生した異様な雰囲気に、漣のように声がひろがる。その声はとても皇女に友好的なものとは思えない。間違っているのは先輩のはずなのに、帝国というだけでこの有様だ。両目に弧を描いたあの先輩を止めるには、こっちが譲歩するしかない。
「魔力開放の件も、先輩方の口利きも要らないです。あることを教えてくれたら、脱ぎますよ。先輩と二人っきりの場所限定ですけど」
先輩が嫌味なほど、にやりと笑った。
「ユウメ、ダメよ」
「いいよ。私はただ君の体が見たいだけだからね。なんだい」
イムから歯を食いしばる音が聞こえた。わたしよりもイムの方が嫌がっていた。
「わたしの、知り合いについて」
――図書部
「帰ったら説教」
「ゴメンって……」
先輩は、リサの事を知っていた。ミサという名で、魔術講師として活動していたらしい。半年前にいつの間にかいなくなっていた、とのことなので、間違いなくリサの変装先だろう。
「私に暇が出来たら、君を呼び出すよ」先輩はそう言っていた。わたしの体のどこに興味があるのかは知らないが、面倒なことになったのは間違いない。無視しようにも、あの場にいた大量の学生が全て証人だ。約束を敗れば、イムの悪評が更に悪化するだろう。王国の人間は見て見ぬふりする帝国の人間を冷徹だと罵るが、本質は一緒なのだ。
わたし自体は体を見せるだけなのでそこまで抵抗は無いが、イムは見た事ない苛烈さで怒り狂っていた。取り繕うつもりもないか、取り繕った下から溢れくるのか、トゲトゲしい返答と刺すような目が痛い。
「ごめん、何でもするから」
「帰ったら説教!」
美術部を出てからこの調子で、ずっと謝っているが全く許してくれなかった。そんな調子でずんずんと目的地まで進む。辿り着いたのは、図書室。リサ兼ミサがよくここに通っていたらしい。やはり、何か調べていたようだ。
図書室に入ると、理知的な雰囲気で妙齢の男性がカウンターで本を読んでいた。
「初めてご利用の方ですか、それとも、新入部員ですか」
「どっちも違います。ミサという人について聞きたくて、何か知ってませんか」
「あぁ、彼女のことなら知ってるよ」
「ホントですか。良かった」
「で、君は彼女とどういう関係だね」
返答に詰まった。個人情報を渡す以上、わたしの素性を確かめるのは当然のことだ。彼は詰まったところを見て、不審の光を強くした。素直に妹です、というわけにはいかない。彼女がユウメ・エクテレウの姉であることがバレて、諜報活動をしていたのが芋づるでバレるからだ。リサの名誉のためにも、わたしが姉の失敗を作り出した不出来の妹になる訳にはいかない。
なにか、なにか彼女に近しいことの証明……
無理だ! わたしはこういう他人の考えを測った上での一手を考えるのは向いていない。やっぱり、素直に、率直に行こう。
「『ユウメ』って名前、彼女の口から聞いたことありませんか」
表情を固くした老人が、目をぱちくりとさせて柔らかく笑った。
「君が、そうなのか。ミサは、俺に何も言わずに消えてね。ユウメさんは、何か知っているのか」
「ええっと、わたしも、その、ミサを探していて。彼女がここで何をしていたのか聞こうと思って」
「そうか、失踪、ということだね。大変だ。心配だろう。ガールフレンドなのに……」
「は? え? ガールフレンド?」
「あぁ、ミサは君のことをそう言っていたぞ。違うのか」
姉は基本真面目だが、悪戯好きでもあった。まさかここでも下手なことを言っているとは思わなかった。殺気がしたので振り向くと、イムが立っていた。不自然に笑っているのが恐ろしい、夢に出るかもしれない。
「ち、違います! 友達ですから、友達」
「そうか。彼女が調べていたのは、魔力生物だったかな。知ってるだろ、魔力を使える生物だ。人間もそうだな。名前は、確か、なんだったかな。ちょっと待っていてくれ、彼女のメモが残っているはずだ」
そう言うと、老人は裏に消えていった。今イムと二人っきりにするのはやめて欲しかった。
「違うからねイム冗談だから。ね、なんで何も言ってくれないの?」
借りた猫のように黙ってしまったイムをどうにか落ち着かせようとしていると、老人が少し皺のある、手のひらぐらいの紙を持ってきた。「見てみろ」と言われて渡されたメモ用紙には、『魔力生物』という題名で色々書かれていた。
熊型の特性やら鹿型の特性やら、多様な魔力生物の生態と特性がこと細かく書いている。そして、隙間なく書かれたメモの一番下に、書いた後に鉛筆で塗りつぶしたような跡を見つけた。小さい、ダンゴムシみたいな黒塗りだ。おじさんが本を読むのに使っていた瓦斯灯を持ち上げ、メモを透かすと、文字が浮かび上がってくる。
“アァ レウェ”
当たりだ。




