お姫様を奪還
強化月間は伊達じゃない。
私の目の前にはエランが立ち塞がり、私は思いっきりスカートを捲し上げた。
真面目な彼は私の足から目を逸らすはずだし、そして、私の太ももにあると考えるだろう鞭に対処しようと少しは下がるはずなのだ。
持っていないけれどね!
しかし、彼はひるまず、私は出来うることをした。
大きな男が立ち塞がるなら、小さな女は下を潜り抜けろ!
川に飛び込むようにしてスライディングしてエランをやり過ごすと、私は彼に捕まる前に立ち上がって再び走り出した。
立ち上がってもいないので虫みたいな動きだっただろうが、とりあえず動いた。
みっともなくたって構わない。
私はカイユーに会いたいのだ!
さあ、彼の部屋だ。
大きく扉を開ければ、そこにはカイユーがいた。
彼はにっこりと私に笑いかけ、私は彼に縋りついた。
「あ、あの。どうしました?具合でも悪いのですか?」
「え、何を言っているの。もう、あなたは冗談が……。」
カイユーは本気で困った顔をして、まるで私が初対面な顔をしているのだ。
「カイユー?」
「あ、ああ、僕を知っている人ですね。すいません。僕は何も思い出せなくなってしまって。すいません。」
とっても申し訳なさそうな彼の顔は幼くて、あの夜のシロロを抱き締めて私にごめんと言った時のように頼りなくて、私は彼をもう一度抱きしめた。
「え、あの?」
「心配しなくていいの。私はあなたの婚約者です。忘れてしまっていてもかまわないわ。とりあえず荷物を纏めて。私の部屋が駄目なら迎賓館で過ごしましょう。ここは寒いもの。温かい部屋でゆっくりあなたは休むべきなのよ。」
「え、でも。ここは僕の部屋だし。」
私は初めて入ったはずのカイユーの部屋をようやく見回して、そして、ここに何もないという事に愕然とした。
旅に出た時のエランの部屋でさえエランの匂いがあったというのに、カイユーの部屋にはダグドが支給したものしか無いだろう、カイユーの匂いが無い部屋なのだ。
いや、あった。
箪笥の上に皺の残った下手糞に畳まれているシャツがあった。
――美しきノーラ様の畳んでくれた服だって、男どもは大事に箪笥にしまい込むはずよ。
私はアリッサの言葉を思い返しながら、幸せな気持ちでカイユーに指で箪笥の上の服を指し示していた。
「見て、あのシャツ。私があなたに畳んだのよ。」
彼は私の指先を見て、そして顔を戻し、私にごめんなさいと言った。
「いいのよ。」
あなたは病気なのだもの、きっと。
「ごめん。あの、あんなにぐしゃぐしゃにシャツを畳むぐらい僕は君を怒らせていたんだね。ごめんなさい。」
「そうきたか!」
思わず叫んだ私の後ろで空気の漏れる音が複数起こり、戸口へと振り返ればアルバートルはニヤニヤしており、フェールもイヴォアールも、うわ、品行方正なエランさえも、私とカイユーを心配するよりも吹き出す自分自身を抑え込むのに一生懸命のようだ。
私はカイユーだろうと、見張り台の強化月間主張者達だろうと、一切話しを聞くものかと腹を決めて、彼を連れて見張り台を飛び出すべく勝手にカイユーの荷物を纏めはじめた。
「おい!何をしている。こいつをどこに連れて行く気だ!記憶がない事を良い事にこいつを喰うつもりか!」
「煩いわね!小さな弟が心配ならついてきなさいよ!いいわよ!共同生活しましょうか。カイユーと結婚したらあなたという舅が付いてくるのは想定済みだもの。構やしないわよ。泊まりたかったんでしょう、げ・い・ひ・ん・か・ん。」
彼はすっとカイユーの戸口から消え、私がカイユーを連れ出すそこで荷物を持った彼と合流する事になった。
「ほんっきで来るとは思わなかったわ。ふらふら団長。本気でふらふらね。」
「うるせえな。カイユーをお前の好きにさせてたまるか。」
「あら、お泊り会なんて楽しそう。私も参加することにする!」
アルバートルはリリアナの出現に面倒そうに眼玉をぐるりと回し、そして、私に腕を掴まれているカイユーは、うそ、なんということ、リリアナをほわっとした顔で見つめているのだ。
うわあ、もしかして、リリアナが好み?
だから、一応は応援してくれているアルバートルは私に色気づけって毎日のように言っていたの?
私はカイユーの腕を引くと、とにかく迎賓館へと向かうことにした。
ちょっと猫っぽい歩き方で。
でも、やっぱり三歩も歩かないうちにアルバートルに後頭部を叩かれた。
「男の前でケツを振るんじゃない。」
彼はそういえば道徳心が残っているろくでなしだった。




