相談室でのろくでなし
――俺は君の記憶にいられるだけで充分だから。
私への別れの言葉というよりも、彼が今すぐ死んでしまうような言葉だった。
だから、尚更に私は彼が許せなかったのだろう。
でも、彼は私が一番で、私の命が一番大事だからと、私達の未来を諦める選択をしたのだ。
そして、その選択をした事はそういうことだからと私との婚約破棄を撤回したくせに、その舌の根も乾かぬうちに彼は、やっぱりごめん、と私に言った。
あのモフモフさんを抱いていた時のようにあの夜の彼はシロロを抱き締めていたが、その行為自体が彼が彼自身の拠り所を求めているように見えてもいた。
そんな姿の彼は、私にごめんと言ったのだ。
私の心臓は脅えてどきんと鳴った。
「ごめん、て?」
私に向けて顔を上げた彼は血の気が引いているように青白く、両目には決意と言えるような何かが浮かんでいた。
「カイユー。」
「取りあえず。ごめん。俺は実は職務中なんだ。一先ず団長の所に戻らないと俺は今夜のうちに死体になってしまうかも。」
私は自分を揶揄っただけのカイユーに雪玉をぶつけていた。
彼は嬉しそうに笑い、そして、私に後でと言った。
言ったはずだった。
彼はここ、二、三日ほど姿を見せなくなっていた。
そして彼の不在を心配する私は、私の相談部屋となりつつある第二城壁の厩で、私のいつもの相談相手の相談を聞く羽目になっていた。
嫌だが仕方がない。
目の前の男には恩義はあるし、何よりも彼の相談事はカイユーの事らしいのだ。
しかし私に相談をしたいらしい男は、人に相談するような態度ではない。
誰も使わない厩でありながらダグドによって厩に馬さんが入れられた時の為にいつも新鮮なイグサに交換してあるのだが、腐れ爛れた男は相談を口にするどころか、今日も新鮮なイグサをベッドのようにして転がっているだけなのだ。
「困ったよ。俺はこの領地で身を固めなければいけないらしい。」
カイユー事案は何処消えた!という衝撃よりも、アルバートルの言葉に領民の誰かの危機があると領民の安寧を守る立場の人間として私は焦ってしまっていた。
「え、あなたはこの領地の女性に手を出していたの!何をやってんのよ!」
「ばか。この領地で俺が手を出せる妙齢の女はいないだろうが!」
「え?暴力旦那から逃げてきたシェリルもパメラも、それから酔いどれの父親に殴り殺したと思われて捨てられたキャロルも、ああ、それから、子供が産めないって理由で離縁されたジョアンナも妙齢じゃ無いの!身を固めなければいけないって、手を出していたの!ブランデーを貰いに行ったそのまま、彼女達に手を出していたの?」
彼はむくりと上半身を起こすと、私をおいでおいでと手招きをした。
「え、どうしたの?」
近づいて屈んだ途端に奴は私の頭を叩き、そしてまたイグサの上に転がった。
「痛い!何をするのよ!」
「遊びで手を出せない相手ばかりだろうが!お前は鬼畜か!」
意外とアルバートルは道徳心を持っていたらしい。
領地の女性が彼に喰われていなかった事実に、私は領民の生活管理者として少々安堵をしていた。
だって、ブランデーを貰いに行く彼のせいで噂にもなっていた彼女達だし。
彼は自分の素晴らしい外見を知っているのか知らないのか、誰にでも気さくに振舞うために領民の老齢女性達のアイドルでもあるのだ。
アルバートルと噂になっている女性達は若いからこそやっかみもあるのだろうが、少々聞き捨てならない悪口も言われていたりもしていたのだ。
最近はぱたりとそんな悪口を言う人もいなくなったが。
ダグドの言う通りに、人の噂は七十五日なのだろう。
どうして彼が七十五日と言い張るのか知らないが。
「ああ、困ったよ。ダグド様に落ち着けと言われてもね、俺はまーだ遊びたいし、結婚だって自由恋愛をしてからって夢もあるだろ。ああ、どうしたもんだろ。」
「まあ!恋愛しての結婚だなんて。そんな可愛い夢をあなたは持っていたのね。」
アルバートルはむくりと起き上がると私を手招きした。
誰が行くか!
私が近づかない事にむすっとした顔をした男は、再びごろりとイグサに寝転び、今度は私に背を向けるという横寝の姿を取った。
「ねえ、起き上がりなさいよ。あなたは私に相談がしたいんじゃなかったの?」
「お前に相談なんか誰がするかよ。あぁ?自分に惚れた男を諦めさせなきゃいけないのに、あーるさぁあんって、何それ。え?誰が戦いごっこですか?ごっこって何だよ。お前は俺の愚痴を黙って聞いていればいいんだよ。」
私はどうして鞭をアリッサにあげてしまったのだろうと唇を噛んだ。
今こそこの男に使うべきではないのか?
「大体さ。男を繋ぎとめるエロさがお前には足りないんだよ。いっつもグリズリーのようにカイユーを追いかけまわしてるだけじゃねぇか。あれで逃げない男はいないぞ。カイユーはよくもまあ挫けずにいると思うよ。あいつこそ男の中の男なのかね。いやいや、ああ、そうか。それであいつは俺から離れたがらないんだ。お兄さん!怖いお姉さんから僕を助けてって奴だね。」
私は厩の隅にとことこと歩いていくと壁に立てかけてある熊手を掴み、それでこの領地の保安部隊長らしき偉い男を葬ってしまおうと考えた。
「俺はお前のそんな所が好きだよ。」
私の背中にはいつのまにか張り付くようにして大男が聳え立ち、熊手の柄を握りしめる私の両手をその男は自分の両手で包み込んで押さえつけてきた。
「あんたは何がしたいのよ!」
「男と女のすることかな。」
耳たぶにアルバートルの吐息が掛かり、彼の手の中で私の手がびくりと震えた。
「あ、あんたは私をそんな目で見ていたの?」
「いや。恋人以外の男に呼び出されてノコノコやってくるお前にこれから説教だよ。お前はちょっとさ、反省しようよ。何を二度あることは三度ある的な行動を取ってんだよ。俺以外の男だったらな、……。大丈夫か。お前はぜんっぜん、色気が無いものな。ああ、時間の無駄だった。説教終わり。」
「え、って、きゃあ!」
アルバートルは私を解放するや思いっきり私の尻を平手打ちをした。
それはもう馬にするように!
そして、私が振り向いて彼に仕返しをするどころか、私を痛めつけた彼はかなり私から離れていた。
私は痛む尻を両手で抱えながら、意味が分からないとアルバートルの後ろ姿を眺めているしかなかった。




