アールは憎めない
戸口に立つ私にアールは憧れと期待に溢れた表情で出迎え、私の両手を握ると素直に謝ってきた。
「すまない。君を愛しすぎてこんな誓いが出来てしまった事を申し訳なく思います。時々君を本当に近くに感じられると、君との素敵な夢が見れると驚いていたが、君とこんなことになっていたなんて知らなかった。本当にすまなかった。」
「え、あなたはご存じなかったの?」
「何を数秒で騙されているんだ、お前は。」
私はアールから引き剥がされるようにして後ろに引っ張られ、私を連行してきた男がアールを押しのける様にして家に入った。
ずんずんと歩いていく彼に、私とアールこそ驚きながら後ろを追い、アルバートルは居心地の良さそうな居間を目的地に決めたようだ。
「ああ、ここは居心地が良さそうだ。何度でも泊まりたくなるほどに。」
「君は。」
「すいませんね。俺は以前に申し上げた通りにダグド領の保安係ですので、ダグド様の子供の安全確保は俺の仕事なんです。子供が寝泊まりする場所には全部目を通しておきませんとね。」
「ここは君達の領土の家でしょう。それに、以前の君の安全確保など、ノーラの怪我を父親であるダグド様に伝えなかったという所業だった。今の行為どころか、あれこそ君の越権行為ではないのかな。」
「いいえ。ノーラが死ねばダグド様が世界を滅ぼしますから。俺はあの日世界も救ったという事にもなりますね。ええ、あなたのお国もそこに入るでしょう。あの日の俺には感謝をして頂かないと。」
「はは。私は君に借りがあるのか。」
「ええ、その通りです。それから、ああ、面倒臭ぇ。」
アルバートルはいつものガラの悪さを出すと、どっかりと応接間のソファに腰を下ろした。
下ろしただけでなく、足を大きく開いた座り方という、行儀が悪いどころか酒屋のごろつきそのものにも見える姿となった。
「君は?」
「すいませんね。これが俺です。では、正体を見せたところで腹を割って話しましょうか。俺は兵隊ですのでね、面倒な腹の探り合いは苦手なんですよ。」
アールはふっと微笑むと、アルバートルが座ったソファの向かいにゆったりと、いつもの王者の威厳を持ってアルバートルと対峙するようにして腰を下ろした。
「君の言いたい事は理解しているつもりです。私だってノーラを傷つける事など考えるどころかしたくはない。ですから、彼女が安全で、私に気を許しても大丈夫な気遣いは最初からするつもりですからご心配なく。」
アルバートルはハハハと大声で笑い、違うよ、と言った。
「気遣いなどいりません。指一本こいつに触れないでいてくれたらそれでいい。呪印?そんなのもの、右腕一本ぶった切れば終いのものだ。俺の言いたいことはそれだけです。こいつは俺の弟の嫁になるんでね、俺の妹と一緒なんですよ。では、楽しいご滞在を。」
目を丸くしたアールに言いたい事を言った男はソファから立ち上がると、その部屋に入って来た時と同じようにずかずかと足音高く出て行った。
私はアールに釘を刺してくれたアルバートルの背中にありがとうと声をかけるよりも、呪印が消えなかったら確実に奴に腕を切り落とされるだろうと恐怖に背筋を凍らせていた。
アルバートルが家を出ていくまで応接間の戸口から私は動けず、ふと横に影を感じたと見返せば、脅された自分自身よりも私を心配するような顔つきでアールが隣に立っていた。
「だ、大丈夫かな、ノーラ。私のせいですまなかった。」
「い、いいえ。本当にあなたはこんな事になっているとはご存じなかったのですよね。」
「ああ、勿論だ。転寝するたびに素敵な夢が見れると神様に感謝はしていたけれどね、知らなかったよ。それから、彼に言った通り、私は君をどうこうしたくはない。二日君と一緒にいて、君に振られてお終いだって覚悟もしている。」
「まあ。」
「私は君に振られる事を望んでもいるんだよ。私は永遠の命なのに、人間である君は老いて私を置いて死んでいくんだ。君の伴侶になって君一人を死出の旅路に送るなんて考えるだけで辛すぎる。私を嫌って貰えた方が楽なのかもしれない。」
アールの真っ黒な瞳、ダグドによく似た優しい輝きのある瞳から涙が一粒だけ流れて、私は彼が私に差し出していた右手を両手で握っていた。
「ああ、あなたを嫌うなんて。あ、ああ、泣かないでください。」
彼は私が自分に自信がないその時でさえも、私が素晴らしいと恋を語ってくれた人なのだ。
私は彼のお陰でダグドに執着する気持ちがほぐれ、カイユーへの恋心に気が付く事も出来たのかもしれないのだ。
「申し訳ないのは私の方です。あなたは、こんなにも素晴らしい方なのに。本当にごめんなさい。私はきっとあなたに会う前からカイユーを愛していたのだと思う。だから、あなたを素晴らしいと思っても恋心を抱けなかったの。」
「ああ、ありがとう。君はこんな私を素晴らしいと言ってくれるんだね。ああ、君は私を許してくれるんだね。」
私は彼に「あなたを許す」と言おうとしたところで、首根っこがぎゅっと捕まれて後ろに引かれた。
「お前は何を数分程度で誑かされているんだ。」
「あ、お帰りなさい。」
「忘れもので戻っただけだ。」
アルバートルは私達を押しのけて居間に入り込むと、居間のサイドボードから酒瓶を一本取り出すとそれを持って再び居間を出て行った。
今度は私に腕をかけて玄関口まで引っ張っていったが。
「アルバートル。」
「いいか、男が女の身体を求める時はな、女から、許す、いいわって言葉をとりあえず引き出すものなんだよ。お前はもう少し脳みそを動かせ。わかったな。」
玄関ドアは乱暴に閉められて、私は彼が残した言葉に笑い出していた。
「ノーラ、大丈夫かい?あれは嵐のように危険な男だな。」
「ええ。大丈夫。それから、あなたこそ危険な男でしょう。」
借りてきた猫の様だった男は被っていた猫を脱ぎ捨てると、私に対して豪快な笑い声を立てた。
「いいね。危険な男の方が素敵だ。君は頑張って私から逃げきるんだよ。」
褐色の肌をして真っ黒の髪に漆黒に輝く瞳を持った魅力的な男。
でも、私にはカイユーがいる。
白い肌に時々金色の光も帯びる琥珀色の髪色に瞳を持つ青年の笑顔を盾にして、ええ、逃げきってみせますとも!




