寒い部屋に入れられて
営倉とはよく言ったものだ。
見張り台の個室は石造りのうえにストーブの設置も無い。
よって、室内は物凄く冷え冷えとして、外気の方が温かいのではないかと思えるくらいの寒さだった。
壁や床がアイスクリームが作れそうなほどに冷たいのだ。
「うそ、寒い。こんなに寒いのはエランが留守だったからなの?」
「ちがう。全員の部屋が寒いよ。だからさ、最近はみんなして会議室かラウンジで雑魚寝をしているの。」
ぴとっと私の横に体をくっつけてきたカイユーは、恋人だからではなく本気で寒いからと私に身を寄せてきたようだった。
唇が紫色に変色していた。
「まあ、可哀想に。」
「ノーラ!俺を温めて!」
カイユーが私に腕を回してきて、私をぎゅうっと抱きしめた。
彼に抱きしめられて嬉しいが、嬉しいけれど、ちょっと違う。
縛られている私の横には、ちょこんと体育座りしているカイユー。
そしてカイユーは上半身を伸ばして私を抱き締めているが、なんとなく恋人同士というよりも雑種の飼い犬に泣きつく子供という情景に近い気がするのだ。
部屋の主も私達に対して同じ感想を抱いたか、彼は私にひょいと右眉を上げて見せると、擦れた笑い声を立てながらその体をかがめて私に覆いかぶさった。
あ、腕が楽になった。
「ありがとう。縛った本人にお礼を言うのも変な話しだけど。」
「いいえ。あなたがシェーラを殴り返していればあなたが批判を受けるだけですから、あなたの俺へのお礼は正しいです。」
私はエランを眇め見た。
私に睨まれたエランはハハっと軽く笑い声を立てた。
「本当にあなたは悪たれだ。怪我は大丈夫ですか?それから、今すぐに第一城門前に一緒に行って欲しいのですが、いいですか。」
「どうしたの?」
私の横にいたカイユーが深い溜息を吐いた。
「シェーラのお姉さんが来ているの。城壁は彼女を認めない。ねぇ、ノーラ。何とかならない?」
「え?お姉さんって。」
シェーラの姉のミアはガルバントリウムの司教に売春宿に売られ、そして、そこで非業の死を遂げた筈である。
「し、死んでいたはずでしょう。」
エランは軽く首を振り、シロロ様でしょう、と言った。
「俺がすぐに彼女を骨に返すべきだったのですが。」
「そんなことをしたらシェーラこそ壊れてしまっていたのでなくて?」
エランは静かにうなずいた。
「あなたは良くやってくれたと、って、きゃあ!」
私はカイユーに引き寄せられた。
こんな時にカイユーに焼餅を焼かれたのかと喜ぶ自分がおり、私はカイユーを物凄く嬉しい気持ちで見返せば、彼は私に怒っているような顔を見せていたが、経験のない私でもわかる焼餅を焼いた人間の顔ではない。
「どうしたの?」
「こんなところで時間をつぶしていないですぐに動くべきなんだよ。だってさ、あんなの初めてなんだよ。エランもシェーラも自分の客人だと言い張っても門は開かない。彼女はこんな寒い中締め出されているの。」
「まあ!」
私はカイユーの言葉に驚いて立ち上がると、彼等を部屋に残してエランの部屋を飛び出した。
廊下を走り、ドアを叩きつける様に開けて、そして、見張り台の階段を下へと駆け下りた。
見張り台自体は第一城壁の第一城門に付随しているような建造物だ。
階段を降り切れば、そこは、第一城門。
私が門を開けずとも、門は私の意志を読み取れば門を開く。
私は差配人であるエレノーラが認めた代理人であり、この領地の領民の生活を監督する義務ある者だ。
城壁は私という存在に門扉を開け放ったが、開かれた外界には両目に憎しみだけを灯らせた小さな鬼の子供が立っていた。
ぼろ布を身にまとっている、頭のてっぺんに小さな角を生やした十歳ぐらいの幼い姿の小鬼だ。
彼女は私という存在に目にするや、挨拶代わりという風に殴りかかってきた。
ガシャーン。
しかし、彼女は下から突き出てきた柵によって行く手を遮られ、彼女が柵に弾き返されて地面に落ちると、再び門扉が音を立てて閉じた。
私は驚きだ。
幼い頃に私を害しようとした叔父はこの門扉によって指を失うことになったが、この門扉は閉じる事が出来なければ柵を突き出して侵入者を拒む事もできたという機能があったのかと初めて知ったのだ。
「すごいわ。あなた。ありがとう、守ってくれて。でも、あの子と話をしたいの。まず私が外に出るわ。いいかしら。」
門はゆっくりと再び開いた。
少女は私に対して殺気の籠った目を向けたが、私に再び飛び掛かってくることはないだろう。
この少女の目には狂気ではなく知性がある。
私は城門の外へと一歩踏み出した。
「さあ、お話をしましょうか。わたくしはダグド領を守る差配人代理人のノーラと申します。」




