そして、意図せずに決戦
私達が下世話な酒盛り参加者を募っていると、やはりだが、エレノーラはこの領土の責任者として公序良俗から外れたこの行為を咎めかけた。
「ちょっと、あなたたち!」
かけたで終わったのは、エレノーラも右手を上げたからである。
「だ、ダグド様を参加させてみる。」
「私達が彼のプランプランを見てもよろしいの?」
「う。」
リリアナの的確な攻撃に、エレノーラは返答に詰まった。
「ねぇ、何の話なの?」
真っ赤な巻き毛をユラユラさせて、頬を幸せそうに染めているモニークは本当に憎らしいほどに幸せそうで可愛らしく、私は意地悪心が湧いてしまった。
「リリアナの音楽室で酒盛りの計画。女だけの秘密の会よ。あなたも参加する?」
わたしは発案者であるリリアナにぐいっと引っ張られた。
「おバカさんね。イヴォアールがそんなバカ騒ぎに参加していると思うの?他の男の裸を見て喜ぶような女性は、そんな男性からは見下されちゃうんじゃない?」
「あ、そっか。モニークの幸せを壊しちゃうわね。それにしてもイヴォアールはあの隊の中では一番真っ当な男だったのね。」
「ねぇ、イーヴがどうかしたの?」
私とリリアナの内緒話に不安そうになったモニークが、おどおどと尋ねてきて、私達はモニークの幸せを壊すものかと、首をぶんぶんと大きく横に振った。
そのせいで、私は久しぶりのカイユーの姿と、仲睦まじく会話をしながら廊下を歩いてきたシェーラとエラン、という二つの情景を同時に目にする事となった。
シャワールームからフェールと出て来たカイユーはシャツにズボンという気軽な格好で、濡れた髪の毛を後ろに撫でつけているからか、額が出ているという彼の顔を初めて見た。
よく知っている顔なのに、額が出ているだけでなんて素敵に見えるのだろう。
しかし彼は私に気が付くや目元を引くつかせ、そして、走り出した。
私に向かって走り出した彼は私を通り過ぎ、シェーラと一緒のエランへと突進していったのだ。
彼は殴りかかったが、エランは簡単にカイユーの拳をいなした。
「お前はノーラなんだろう!」
カイユーは廊下で大声を上げ、エランがカイユーに何かを言い返す前に、私はカイユーの背中に叫んでいた。
全く眼中にない私だ。
さぁ、玉砕だって気持ちで。
「私はカイユーなのよ!」
カイユーはゆっくりと私に振り向き、魂が消えてしまったかのような茫然とした表情を私に見せつけた。
「ごめん。あなたはシェーラ。うん諦める前に告白したかった。忘れて。」
踵を返したそこで、私は先に進めなくなった。
私の腕はカイユーががっちりと掴んでいるのだ。
「カイユー。」
「も、もう一回、言って。言ってくれ。君は誰を想っているって。」
「わ、私はカイユーを。」
「アールは?」
「断った。私はずっと見守りたい人がいるからって。」
彼は落ちて来た前髪を乱暴にかき上げ、そして、私達が話している内容が頭にようやくしみ込んだのか、キっと私を睨みつけると大声で怒鳴りつけた。
「バカ野郎!俺は見守るって言っただろ。ずっと見守るって。俺は何も持っていないんだよ。俺はお前に何も上げられないんだよ。」
ダグドの門が開くのは、未来のない何も持たない人間に対してだけだ。
未来のない青年だから、彼はダグド領にいる。
「俺は空っぽの、何もない人間なんだよ。俺はノーラを幸せにできない。でもさ、見守るから。見守り続けるから、頼むから幸せになってくれ。幸せになる道だけを選んでくれ。」
「でも、でも私は、あなた自身という特別が欲しいの。」
彼はつっと涙を零し、けれどその涙を頭を横に振って堪えた。
そしてごくりと涙も決意も飲み込むと、彼はまっすぐな目を私に向けた。
「俺が死んだら君は俺を諦めてくれるか?」
――戦場に出れなければ、俺は心が死んでしまう。
「そうか。わかった。諦める。諦めるから死なないで。私をずっと、何があっても見守ってくれるなら、私はあなたを諦める。」
彼は笑顔を私に向けた。
ありがとう、と。
戦死した彼が棺桶の中で見せるような笑顔だとぼんやりと考えて、考えてしまったからか、私は勝手に体が動いていた。
カイユーを殴りつけていたのだ。
彼は避けることなく私の拳をまともに受け、驚いた事に廊下の壁にぶつかるぐらいに吹っ飛んだ。
壁にぶつかった彼は血反吐を吐き、そのまま壁からずりずりと血の筋を作りながら床に転んだ。
私どころかカイユーの真後ろにいたエランもシェーラも、そして、周囲で私とカイユーの言い合いを眺めていたエレノーラ達全員が、下あごが床にくっつきそうなほどに驚きに大きく口を開けている。
私の後ろでぱちぱちと拍手が起こり、振り向けばフェールが手を叩いていた。
「うわあ、姐さん。最高だよ!俺と付き合って!」
「フェール。私に肉体強化魔法を勝手にかけたわね!」
童顔で何の癖も無い表情をいつもしているフェールが、私に初めて見せたのであろう底意地の悪い表情を作ってニヤリと笑った。
「すっきりしたでしょう。馬鹿は死ななきゃ治んないんだ。気にしない。」
エランがカイユーにヒールをかけているという状況を視界の隅に捕えながら、いたたまれなくなった私は取りあえずその場を逃げ出した。




