失恋しても毎日は続く
十一月ともなれば、ダグド領はいつ雪が舞ってもおかしくないくらいの気候となる。
ダグドは結婚してから朝食を自分で作って新妻に捧げ、嫌々ながらもエレノーラの電気自動車に乗せられて領内の朝の挨拶に付き合わされてもいると聞く。
破壊竜は模範竜となって領民に日々幸せを振りまいているようだ。
そして私は彼等の幸せを目にするたびに暗い気持ちになる。
だって、見守ると決めたカイユーは見守るどころか私の視界にこの一か月入ることは無く、私も積極的に彼の姿を目にしないようにして生活しているのだから。
好きな相手が別の人を一途に思う姿を目にする事がこんなにも辛いものだったと私は知り、胸が痛くなる度にアールの事を考えてしまっていた。
失恋は辛いが思い続ける幸せという彼の言葉の意味が、私には身に染みるどころではないのである。
彼が別の人を愛する事実は凄く辛いが、誰かに恋をしているというこの自分の心を捨てたくも無いのである。
「好きになるには理由など無い、か。私はいつ彼を愛してしまったのだろう。」
「こんこん。そんな台詞がノーラ様の言葉になるなんてね。そろそろ本気で世界の崩壊の時を迎えそうで嫌なんだけど。」
「アリッサ。私の台詞を今すぐ忘れて。なんでもあげるから。」
「うーん。じゃあさ、真珠のネックレスを頂戴。」
「いいわよ。」
私は机の引き出しを引き出すと、真っ黒のビロードで装飾された宝石箱を取り出してアリッサにハイと手渡した。
「って、何よそれ。それはダグド様からの頂き物でしょう。大事な十六歳の時のお祝いの品。」
「うん、そうだね。でも、いらないの。全部、何もかもいらないって感じ。本当に欲しいものが手に入らないのなら、持っている物何もかもいらないって、そんな感じなの。」
「うわ。私の大嫌いな臆病者の物言いだ。あなたは自分を壊したく無いだけじゃない。当たって砕けろって人に言うくせに、自分は壊れちゃいたくないの~なんて、ダブルスタンダードって奴よね。」
「でも!壊したら二度と彼と話せなくなるじゃない!」
「今だって一か月も会話が無いじゃない。顔だって忘れたんじゃない?」
私は頭をがっくりと下げた。
「そうだね。本当にそうだ。」
「じゃあね。アルバートルかエランにしちゃおうよ。今日この日にカイユーをきっぱりと諦めてね、あなたは別の男を見ることにするの。」
「どうしてアルバートル?彼はちょっといやよ。」
「ええ!あんなに仲良しのくせに!」
私は首を傾げてうーんと考え込んだ。
「仲良し?」
「仲良しじゃない。あいつは最近ノーラはどうしているって常に聞くわよ。どうして最近姿を現さないんだって。拾い食いでもして腹でも壊したのかって。」
「それ、仲良し?広場にいた野良犬の姿が最近見えないんだけど君は知っている?って感じじゃないの。あの野郎。なにが拾い食いだ。」
「じゃあ、殴りに行こうか。私もね、知りたいのよ。あなたを前にするとあの男がどんな物言いをするのかってこと。私にはね、やりたければついてこい、とか。そんな台詞ばかりよ。カイユーとフェールの言っていた誰でも落とせる口説きを一度くらい聞きたいじゃない。」
私はアリッサに真実を見ろと言ってやりたくなっていた。
いや、口の軽い私は普通に言ってしまっていた。
「それが奴の口説きだと思う。あいつが言いそうじゃない。やるかやらないかそれだけだって。俺は明日戦場に向かう。今夜いい思いがしたい。俺の部屋に来る気がないなら俺の前から消えてくれ。そんな台詞。」
「ああ、そうだぁ。そんな感じ。なんだぁ、追いかけまわして損した感じ。」
「じゃあ、解決ね。」
「じゃあ、エラン。」
「アリッサ。エランは私の事を黒くてろくでなしで尊敬しているって言っている男よ。もしかして、彼の褒めているんだかけなしているんだかわからない台詞を聞きたいってだけの悪趣味かしら?」
「いえーす。ねぇ、行こうよ。行って玉砕しよう。玉砕してもノーラにはアールがいるじゃない。」
「いないわよ。断ったもの。」
アリッサは大きく目を見開いて、うそ、と呟いた。
「うそ。どうして。あなたの事を惚れている男の中で一番条件がいい男じゃないの。どうしてよ。勿体無い。」
「ねぇ、アリッサは本当はアールの事が好きなんじゃないの?」
驚いた。
彼女はじわっと両目に涙らしきものを浮かべたのだ。
「ちがう。違うの。そんなんじゃないの。」
「違うの?」
アリッサは私から目線を逸らし、しかし、きゅっと唇をかみしめると再び私を挑むような目で見返して来た。
「私はノーラが好かれる秘密が知りたいのよ。私もノーラみたいになりたいの。」
驚いたのは私だ。
美しく華やかで、それだけでなく何でもできて賢いという、才色兼備という言葉そのものの存在であるアリッサが、私のようになりたいと言ったのだ。
「私は口先だけだわ。私も愛される存在になりたいのよ。」
「あなたを愛さない男なんていないでしょう。」
「いるでしょう。ここ最近出会った結婚適齢期の男達は、全員がノーラノーラってノーラ教の信者じゃないの。」
「大丈夫?あなたはアルバートルに野良犬扱いされたいの?エランに黒くて素晴らしいって言われたいの?フェールは脛を蹴って下さいってふざけるし、カイユーは、あぁ、カイユーは違うじゃないの。」
「カイユーこそ、じゃないの!」
「あなたはカイユーが好きだったの?」
「違うって。カイユーはおバカすぎるから応援していただけよ。トレンバーチからずっとノーラ一筋じゃないの。常にノーラばっかり目で追っているじゃないの。もう、可哀想で可哀想で、もう、私にこんな可哀想って相手を思う気持ちがあるんだって気が付くくらいに可哀想で。ねぇ、私はね、売られたって言ったでしょう。売られた子供はね、奴隷市場で全裸にされて家畜みたいにして売られるのよ。私は人間も商人だって大嫌い。全員の財布を空にして、全員を破産させて行き倒れにしてやりたいと考えていたの。憐憫の情は捨てた筈なの。それなのに、カイユーが馬鹿で可哀想で。」
私はアリッサを抱きしめていた。
彼女は何て私よりも辛い目に遭って来たのに、こんなにも優しいいい子なんだろうと、臆病な自分が恥ずかしく、数分前までの自分を殴りつけたいくらいだ。
「ありがとう。アリッサ。やるわ、私。玉砕する。しなきゃノーラじゃない。」
私は今日カイユーに告白して終わりにする。




