十月一日
素晴らしき日。
我が姉であり母替わりともなってくれたエレノーラが晴れてダグドの妻となる式を挙げ、私達はブライズメイドとして彼女に心からの祝福を捧げた。
ドレスに悩んでいたエレノーラは、カーラの花のような美しいドレスを作り上げ、そこかしこに飾ったレースの美しさに私達はうっとりとさせられた。
ダグドとエレノーラは幸せな花嫁と花婿そのもので、私は披露会場の隅から彼らの幸せそうな姿を眺めていた。
「泣くなんて、やっぱり辛いのか。」
いつの間にか私の横に来ていたカイユーが、私にそっと彼のハンカチを差し出してきた。
「ありがとう。でもこれは喜びの涙よ。感動の涙でもあるわ。」
私はそっと彼のハンカチを目頭に当てた。
彼の体温が感じられる、少しだけあったかな柔らかいハンカチ。
「エレノーラさん以外はダグド様の嫁になるのを許せないって、怖い姐さんだものね。でもさ、思い切れたってことはあの王様とそういう事になったのかな。」
「どうしてそう思うの?」
「……ノーラは、いなかっただろ。一週間くらいいなかっただろ。」
たったそれだけ、私の不在をカイユーが気付いていてくれたそれだけで、私の胸の中は凄くほんわかと温かくなった。
一生、私達は姉と弟で、私は彼の結婚をこうしてエレノーラ達にするみたいに祝福する未来なのかもしれないが、今の私はカイユーが横にいることがただただ嬉しかった。
――あなたを待っています。
急にアールの言葉と口づけを思い出し、私はぞくりとしてしまった。
怯えから来るゾクリではなく、口づけを受けた時に感じたゾクリの方だ。
「はぁ!」
「どうしたの?」
「え、あ、いいえ!」
「足が痛むのか?」
カイユーと私の間からエランが身を乗り出して来た。
「いえ、大丈夫。ほら、十月なのにこんな格好でしょう。ちょっと寒気が。」
ブライズメイドの私達は皆でお揃いのドレスを作ったが、タンクトップのロングドレスの袖をチュールにしてスカート部はチュールを重ねただけというシンプルなものなのである。
涼やかなブルーとデザインで気に入ってはいるが、この季節に長袖でもチュール袖は寒すぎたと、ぞくりとした言い訳をしながら、言い訳も必要なく実は本気で寒かったと凍え始めていた。
広場にストーブを置いても寒いと知ったダグドが、結局は城の謁見の間を開放して急遽そこを披露宴会場にしてくれたが、石造りの天井の高い城内は太陽のある広場の方が暖が取れたかと思うくらいにやっぱり寒い。
寒いと震えはじめた体が、ふわっと急に温かいもので覆われた。
私は脱いだばかりの軍服を肩にかけられたのであり、私を温めたのはエランの軍服だった。
真っ黒な軍服の下は真っ白なシャツ姿であったエランは、その白く輝くシャツでいつもの二倍増しに清潔感溢れるパリッとした男に見えるエランは、軽く私に片眼を瞑って見せただけではなく、私の肩を抱き寄せるという事までしてきた。
「えっと、エラン?」
「寒くない?俺は少し肌寒くなった。」
「さ、寒いんなら、か、返すわよ。」
「平気。肌寒いだけだから。これで十分。」
ぎゅうっと再び肩を強く抱かれ、私はひゃっとなってしまった。
すると、どさっと頭の上に暑苦しいものが置かれ、私はエランに引き寄せられているのと逆方向に引っ張られたのである。
「ひゃあ!」
何が起きていると頭から被せられた軍服を捲り上げ、エランから私を引き剥がそうと引っ張っている男を見れば、フェールだった。
彼は私に向けて目玉を大きくぎょろりと回した。
「何をやってんの?」
「え、普通に助け舟。君は今日という日を台無しにしたくないでしょう。ダグド様が殺気の籠った目をエランに向けていたよ。俺のお陰で無罪放免だ。今日の副団長なんかさ、団長様からモニークちゃんに接近禁止命令が出ているからね。可愛いモニークちゃんに近づけなくってとってもブルーよ。ほら、あそこ。」
フェールの指さした方角には砂漠の王子様のような雅な外見のイヴォアールが、砂漠に取り残されて死にそうになっているような顔をして一人寂しく立っており、彼の視線の方角を見ればモニークが寂しそうな目をしてやっぱりイヴォアールを見つめていた。
「もう!せっかくの日なのに!」
私は頭の上の軍服をフェールに返し、肩にあるエランの軍服もエランに返し、会場の誰でも使える様に置いておいた毛布を一枚取り上げると、モニークのいる場所へと急いだ。
「モニーク、寒くない?」
「え、うん。寒い。あぁ、毛布。その手があったのね。」
「そうよ。よし、イヴォアールの所に行くわよ。」
「え、ノーラ。」
私はモニークの手を取るとイヴォアールのいるそこに向かい、毛布を広く広げて、料理の並ぶテーブルを前にして、私、イヴォアール、モニークと並んで全員で一枚の毛布を肩にかける様にして包まった。
私とモニークの肩の位置ならばイヴォアールの肩には毛布はかからず背中に当たるだけだが、私達に挟まれた彼は嬉しそうな笑い声を会場に響かせた。
「素晴らしい。両手に花だ。ノーラ、君は俺の為にあそこの可哀想なフェールとエランを振り払って来てくれるなんて最高だよ。お陰で俺は最愛の人の隣に堂々と立てる。」
イヴォアールの隣のモニークはぽっと顔を赤らめた。
小さな鼻の頭のそばかすと頬の赤みが、同性の私にさえぐっとくるような可愛らしさを醸しているのだ。
こんなに可愛い女の子に惚れない男がいる筈は無い。
「あら、両手に花じゃ無いわよ。私達は毛布を掴んでいるの。両手が自由なあなたが私達に食事や飲み物を取ってくれなきゃね。ねぇ、モニーク。」
「ふふ。ノーラって本当に次々新しい事を考え出す天才ね。」
「ええ、本当に。女性を褒めたことが無いあの団長が、毎日のようにノーラの事を褒めているくらいですからね。」
「あははは。それは違うでしょう。絶対に私の事を毎日愚痴っている、が正しいでしょう。馬鹿、考え無しって、罵られてばかりだもの。」
イヴォアールとモニークは、え?と真ん丸な驚きの目で私を見返してきて、なにが驚くほどの事なんだろうと思ったら不機嫌な声が横やりを入れて来た。
「罵られたくなかったら、罵られない事をすればいい。」
私が掴んでいた毛布の端はぶっきらぼうな物言いをしてきた大男に奪われ、毛布を奪った男は無遠慮に私の隣に立ち、私は大男二人に挟まれてぎゅうという狭苦しい感じだ。
「狭いわよ。あなたのおかげで私は隙間風で寒くなったし。」
アルバートルは私に左眉を揶揄うように上げてから、私の耳に彼の声としては初めて聴く甘い声で囁いた。
「俺が温めてやるよ。」
「うん。点数としては三十点。」
私はアルバートルにどんっと彼の左肩を打ち当てられ、私の左側のイヴォアールとモニークは物凄く楽しそうにしてくすくすと笑っている。
「おい、毛布を持っていない者が毛布を持っている奴に飯を喰わせる係って話だったよな。そこの骨付き肉を俺に食わしてくれ。」
私はアルバートルの足を踏んづけるか蹴ってやろうかと考えたその時、きゃあ、とモニークが嬉しそうな叫び声をあげた。
「どうしたの?」
「うん?ねぇ、イーヴ、私がノーラの横になる。毛布当番交代して!」
「うんうん。さぁ、俺に手渡して。」
モニークは毛布の角をイヴォアールに手渡すと、いそいそとそれはもう嬉しそうにしてイヴォアールの前を自分の背中を彼につける様にしながら私の真横に移動してきて、そして、物凄く嬉しそうにイヴォアールと私の間にぴたっと納まった。
「ふふ。」
ああ!モニークってなんて可愛いのだろう。
「ねえ、イーヴ。どれが食べたい?」
「もちろんモニークよね。」
私はアルバートルに頭を叩かれた。
イヴォアールとモニークは笑いさざめき、私は叩かれた頭を撫でながら顔を上げて、アルバートルに叩かれたことを感謝していた。
シェーラはカイユーの軍服を羽織って、白シャツ姿の彼と楽しそうに毛布にくるまっている。
胸がズキンと痛んで、私は少し涙目なのである。
「俺が可愛がってやろうか?っつ。」
脛は蹴ってやった。




