アールとの再会と家族という重荷
旗魔法で辿り着いた先は緑が溢れているが王宮の庭でもなく、砂漠の中のオアシスと呼んだ方が良いような風景だった。
乾燥した風にダグドの旗ははためき、大きなヤシの木陰には王様であるアール自らが私達を待ち受けていた。
けれど、私は再会した彼に違和感を感じた。
アールの王宮では嗅いだことのない、生ごみのような臭いが一瞬だけでも鼻をくすぐったような気がしたからだろうか。
生成りの日常着でもある民族衣装に絨毯の模様のついた布でトリミングされたローブを肩にかけた姿で、笑顔もにこやかでいつもの気さくそうな雰囲気であるはずなのに、私は彼への一歩が出ないのだ。
「どうしましたか?あぁ、私の後ろの護衛が怖いのですか?旗を領土内でも領民から離れた場所に立てろとのダグド様のアドバイスに従いますと、どうしても、こんなにも離れた寂しい所になってしまいますから。あなたの安全のためにです。さぁ、お疲れでしょう。すぐにサロンにご案内しますよ。」
アールが私の方へと数歩進み、そして彼の右手を私に差し出した。
「まぁ、アール。嬉しいわ!」
私も一歩前に出て彼の手を取ろうとしたところで、私はアスランによって後ろに引っ張り下げられた。
「アスラン様!」
「ノーラ。あれは私じゃない。すぐに戻るんだ。」
「え?アール?」
私は私を後ろから抱き締めるアスランに振り返り、ダグドの旗が燃えている事を目にするしかなかった。
そして、一緒に来たはずのエラン達の姿も無い。
「シロちゃん?エラン?」
「彼らは砂漠に落とされました。」
私を抱きしめるアスランの手はもちろんのこと老人の皺だらけの手で、しかし、私の耳元に囁く声は若々しいアールのものでしかない。
「何が起きたの?」
「それは……。」
「それは、わしの馬鹿娘がわし達を誘拐したって話じゃな。おここー。ほんに情けないじょよ。あぁ、アールの言う通りに散らしておくべきだった。情をかけてしまったばっかりに。」
声はアスランのものに戻っており、私は彼が娘と言った相手へと振り返り、そこにアールなどおらず、男物の服を纏った四十代ぐらいの女性がニヤつきながら私を見返している、という現実を目にする事となった。
周囲を見渡せばここは緑あふれるオアシスどころか、ところどころに亀裂が入る瓦解した石造りの廃墟でしかなく、昼間であるのに私達を照らす太陽も捜す事が出来ないとは、地中深くの地下室のようだ。
ダグドの城の地下、最近はダグドが製作した飛行機などの不思議な乗り物が収納されている格納庫とやらには臭いオイルの匂いも感じたが、ここはダグド城でどころか私が今までに嗅いだことも無い臭いにおいで充満していた。
「うふふふ。ここはダグドが壊したあたしのお家だった場所。あたしが大好きだった、あたしの遊び場だった場所よ。ザワークローゼンの王宮の秘密の場所。」
「こんな、臭い所が?」
「あたしが臭くしたんじゃない。あなたたちのようなみんなが、あたしの部屋を臭くしたのよ。でも、仕方が無いわね。あなた方には、ふふ、あなたのような綺麗な顔をした女でも、皮をむけば汚物がぎっしりと詰まっているのだもの。みんな、男も女も、偉そうな奴だって、きゃあと騒いで粗相をするのよ。」
デレクの妻は美しさゆえにデレクから奪われて無理矢理に王の妾にされ、妬んだ他の妾達に濡れ衣で投獄されて拷問を受けていたと聞いている。
だからダグドはザワークローゼン王国を襲い、かの国を滅ぼしたのだ。
私は暗い周囲を目を凝らして見回し、ここが何なのか理解して喉元に吐き気を感じた。
「拷問部屋。……初めて見たわ。」
石の壁には様々な人を苛むための道具がぶら下り、棘のついた檻や拘束具のついた石のベッド、棘だらけの棺桶など、悪趣味でしかないものが床に設置されているのだ。
私はぐいっと再び強い力で後ろに引っ張られ、私は私と同じぐらいの身長であるコポポル前王の背に守られる格好になった。
「ノーラ殿にはすまないどころの話じゃないだぎゃ。あぁ、わしはどうしてお前という娘を作ってしまったんじゃろ。これが女房を殺してしまったわしの罪じゃろうか。女房を完全に散らしたくないと、プルーデンス、お前という子供を作り上げたというに、お前は残酷なだけの化け物だぎゃ。」
「アスラン様?」
「ハアッハハハハ。お父様、そうよ、全部お父様が悪いの。そして全知全能だったお父様はいまやただの人間。ここは魔法防御もあるから魔法なんか使えない。デミヒューマンだって生きたまま解剖できる、秘密の秘密の誰も入って来れない場所。私が出ることも出来ないように封もしたの。さぁ、楽しみましょう!あなたはどれだけ生きていられるのかしら!」
私はアスランの背中で次に起こるだろう事を考えていた。
私は三人の兵士に捕まえられ、適当な所で拘束させられるのは確実だ。
アスランは最初に殺されるか、私の拷問を見せつけられるかされるだろう。
私は壁にかかる拷問器具をもう一度眺めた。
「すまないだぎゃ。ほんとうにすまないだぎゃ。ノーラ殿のようなこれからの子供を、こんな馬鹿な親子げんかに巻き込んでしまって。」
「アスラン様。」
「プルーデンス。殺したければわしをやればいいぎゃ。この娘さんには手を出すな。全く関係のないお嬢さんだろうぎゃ!」
「ダグドの娘じゃないの!あたしのザワークローゼン王国をこんなにしたダグドの娘じゃないの!あたしが馬鹿なマホーレンにプラタナス鉱石を教え、豊かになって、それなのに、あたしが年を食ったらババア扱いよ。」
「だから辛いならば帰って来いと言うたじゃろ!」
「いやよ!あんな貧乏な暮らしなんかできるものですか!それにね、あたしは絨毯から織った女の顔だってわかる。美しい女がいたらマホーレンに教えてやれば、褒美の宝石だって貰えた。あの女がマホーレンの子供さえ宿さなければね!あいつは、あの女と子供に全部を捧げると言ったのよ。妾は全部捨てるって。だからね、あたしは言ってやったのさ。お前の抱くその赤ん坊は、その女の前の亭主の子種だって。うふあははは。信じて、はは、それで初めての、もう、一生抱くことも出来ないだろうに、赤ん坊を、自分の赤ん坊をマホーレンは殺したの。」
「お前は、お前は何という残酷なことを!」
アスランは短い呪文を唱えると右腕を大きく振ったが、だが、ダグドの起こすような突風どころか一陣の風も起こらず、アスランの娘の後ろにいた兵士三名が私達に襲いかかるサインに皮肉にもなったようだった。
私は、どうする?
もちろん、動けるだけ動く、だ。




