コポポル国へ行く前に
旗魔法という友好国へと行き来できる魔法のために、ダグド領には他国の旗がはためいている場所があるが、それは第一城壁の門の外という場所だ。
旗魔法を通って来てもこれでは城門に入門を阻まれると思うかもしれないが、領民となることを希望ではなくダグドが認めた客人でしかないのならば入門することは可能であり、これは仕方が無い絶対に必要な処置なのだそうだ。
デレクが我が領土に来た時、七月中旬頃の話だが、その頃に通商云たらがダグドの領民を殺すために一個師団を旗魔法で送って来たからだ。
最初から通商を信じていなかったダグドは、敵の侵入を見逃すどころか私達が全く気付かない間にアルバートル達と対処していたから驚きだが、彼は今後の安全のために旗の位置を変えた。
フェレッカのような完全な友好国の旗は以前と同じ場所、第二城門手前でも良いのではと思うが、ダグド領への侵入狙いでフェレッカが侵略される可能性を考えたら、条件をどの国も一緒にする事が安全なのだという事だ。
それから、誰もが第一城壁をダグド領の国境線そのものと考えているが、実はダグド領の本当の範囲は西の森手前というか、西の森が始まるところまでがダグド領だ。
つまり第一城門の役割は、ダグドの民となれるかなれないかの判別するためのものであり、ダグド領に対して悪意のある者を拒む最初のラインともいえる。
そして、領民である人間は、この第一城壁の門をくぐる度にちょっとした、いや、大いなる恐怖心を抱く。
この門が自分を受け入れてくれなくなったらどうしよう、という恐怖だ。
手を繋ぎ合うシロロの手が私の手をぎゅうと強く握り、私は彼も脅えているのだと大事な小さな家族を見下ろしたら、彼は魚のように抱えられていた。
焦げ茶色の髪をした青年がシロロを真横に抱き上げているのだ。
「あら、何をしているの。エラン?」
「シロロ様をどこに連れて行くつもりです!」
「あら。コポポル国よ。ねぇ、一緒にお出掛けなのよね。」
シロロはわたしにうんうんと頷いたが、エランの腕の中なので体もびちびちと動いて本当に魚のようだ。
「さぁ、エラン。その可愛いお魚さんを下ろしてあげて。嫌だってびちびちしているじゃない。」
「だめです!」
シロロのコポポル国への移動には、やはりだがエランが制止をかけて来た。
ダグドとシロロ本人によってシロロのお付き兼遊び相手にされている彼は、それを嫌がるどころか完全にシロロの近衛兵として任務に当たっているのだ。
「ダメです。まずはダグド様に報告して許可を得てからです。」
私はエランに微笑むと彼の耳元に唇を寄せた。
彼は大きく息を吸い、顔を真っ赤にした。
先日の私のキスを思い出したのかと少々意地悪な気持ちになったが、もともとそれを当て込んでのキスをした頬のある左耳に唇を寄せたのだ。
私はなんて底意地の悪い女だろう。
「私が現在の差配人です。」
その一言だけで顔を戻した私に対し、頬を赤らめた彼は少々反発心のある眼つきで私を睨んで来た。
「では、俺は差配人様とシロロ様の安全を見守る任務につきます。これが俺の仕事ですから。」
「もちろんよ。ねぇ、シロちゃん。あなたはもともとエランと一緒にコポポルに行きたがっていたものね。」
エランに抱かれたままのシロロを見下ろすと、彼は私を見上げてにこっと、それはもうミルクを飲んだばかりの子猫のような笑顔を見せた。
「決まりね。シロちゃんは私を守る。エランはシロちゃんを守る。そして私はみんなの旅路が楽しいものであるように気を付ける。楽しみましょう。」
最後の楽しみましょうはエランにも言ったが、彼は笑い返すどころか私をけしからんものと思っているような目線で見下ろした。
「まぁ、笑ってくれないのね。せっかくの綺麗な目が台無しだわ。」
「そう!エランの目は綺麗だよね!僕も大好きなんだ。」
エランは再び真っ赤に染まった。
「かっかっか。お主は若いんじゃ。もーちとぐらい羽目を外してもワシはよいぞと思うぞ。」
エランは年長者の言葉に頭を下げ、しかし、顔を上げた時には両目には挑戦的な輝きも灯していた。
彼はにっこりとアスランに笑いかけ、大いなる飛翔の為には禁欲も必要です、なんて言い返して来たのだ。
「情熱のままの行動も若いころだけでしょうが、若いからこそ戒めを我が身に課すことでより高き飛翔を望めると思うのです。」
言い切ったエランは清々しいほどに凛としており、この修道士のような清廉さこそエランそのものなのだと、私はぽうっとしてしまった。
「それじゃあ、今日はつる草お化けを召喚します!ノーラも大好きでしょうつる草お化け。あれは呼び出すと生けとし生けるもの全ての生命力を吸ってしまうという楽しいお化け草なのです!エランは締め付けられるのが好きでも、お化け草に捕まったらすぐに逃げるようにしてくださいね。死んじゃいます。」
私はシロロの口を塞ごうと動いたが、生贄予定だったエランの方が早った。
彼は腕の中のシロロをひょいと持ち上げて肩に担ぐと、シロロのお尻をぱしっと一回だけ叩いた。
「シロロ様。やっぱり今日の俺は禁欲という言葉を忘れる事にします。ですから、そのお化け草の召喚も禁止です。いいですね。」
シロロはエランの肩の上で嬉しそうな声を上げて笑った。
「僕はエランが大好き。ちゃんと僕を叱ってくれるもの。」
「でしたら、お化け草は禁止です。いいですね。」
「うーん。楽しいのになぁ。」
「シロロ様。」
私達は笑いあい、そして、コポポルの旗が立つ台座にみんなで進み、それからみんなで声を上げて唱えた。
「ホームタウン。」
私にも唱えられるようになったダグドの札魔法。
彼の下着や服を手に入れても使えなかったのは、結局のところは、彼が幼い私達に制限をかけていたからなのだ。
十六を迎えた時に制限は解かれ、でも、その時は嬉しいよりも寂しかった。
結局の私はダグドの庇護のもとにいて、ダグドと繋がる糸をとにかく求めていたいだけの彼の子供なのだろう。




