終わりは突然来るものだ
私とアリッサに見下ろされたリリアナは、針を刺しながらなんてことないような口調で私達へ事の次第を打ち明け始めた。
「うん?正体不明の恐ろしい化け物がこの領地に近づいて来ているんですって。ダグド様では確実に敵わないからと、領民全員に避難命令が出たわ。」
「それはシロロよ!カイユーとフェールも!あの子たちはクラーケンさんをこの領土へ連れて来ているの。」
「あら、そのシロロちゃんとダグド様が会話もできないそうよ。シロロちゃんの存在も確認できないようだってアルバートルが言っていたわ。」
私は吐き気がこみ上げていた。
血が一気に下がった貧血のようになっていたのだ。
いや、死んだ心が体をも殺したのかもしれない。
「うそ、だって。あの子たちは大丈夫だって。ついさっき、ううん。朝はあんなにも元気で楽しそうにしていて。」
私は戸口へと身を翻そうとして、しかし、私の服はリリアナに捕まれていた。
普段だったら彼女に捕まれることは無いが、私の体は自分で思っているような動きなど出来ず、石で出来た様な重たいものになってしまっていたからか簡単に捕まれ、そして彼女に捕まれたそこで動けなくなった。
いや、真実を知りに私は動きたくなかっただけかもしれない。
――それじゃあ、俺達は行くから。
――わかった。
――あっさりしすぎだよ。
「あ、あんなのが、私達の別れになるの?最期の言葉になるの?」
「ノーラ、聞いて。私達は終わりなの。この領地はダグド様の死を持って崩壊する。だから、アルバートルとエレ姐が必死に領民に避難を呼びかけていた。でもね、誰も逃げないの。私もそうだってエレ姐に伝えた。エレ姐はダグド様の所に戻るから、死ぬ気ならば私にも一緒に来いと言ったけど、うん、あなた方に声をかけるからって嘘をついて遠慮させてもらった。だって、ダグド様とエレ姐が手に手を取って死ぬのに、私は一人ぼっちよ。だったらここにいる。友人達と一緒にいる。馬鹿な刺繍をして明日も続くのだと考えながらここで死にたい。あなた方もそうでしょう。」
私とアリッサは顔を見合わせて、そして、すとんと椅子に落ちた。
骨が無くなってしまったかのようだったが、私の手は意外としっかりと動くようだ。
「やっぱり、も、もう少し刺繍に手を入れるわ。」
「いいんじゃない?私はオタマジャクシにも挑戦してみる。」
「人生最後にオタマジャクシを刺繍したい子はあなただけよ。」
「悪魔を召喚できそうな刺繍しか出来ない人が何を言うの。」
「ふふ。それじゃあ私はバラに挑戦してみる。」
「モニークはバラが得意だったわね。あの子も、もう。」
「モニークは城門前でイヴォアールと一緒だそうよ。イヴォアールが助からない傷を負っているって。」
「そう。でも。最期の時を恋人と一緒って素敵なのかもね。」
「そうよねぇ。恋人もいない女は、女だけで額を突き合わせて、こんな洗濯室でオタマジャクシを縫い付けるしか無いんだものね。」
私はアリッサの言葉にわざとらしく笑い声を立てたが、涙が次から次へと零れることを止めることは出来なかった。
だって、甲板の真ん中で一人ぼっちで座る魔王の姿を思い出しからだ。
一人ぼっちの哀れな幼い子供。
それに、ああ、カイユー。
クラーケンの出現の際、大きく傾くほどに揺れた甲板の上、波にさらわれかけた私の身体を支えようと手を伸ばしたカイユーは死んでしまったのか。
目を見開いた彼は必死で、絶対に失うものかと決意したかのような表情だった。
惚れた女は守る。
俺は兵士だから見守るだけにするんだ。
「ああ、カイユーが惚れた女って、私だったの?」
「今更?」
「まあ、なんて鈍感。」
これから死ぬというのなら、オタマジャクシをせっせと刺繍する女や、バラという名のチューリップしか刺繍できない女と一緒にいるよりは、一人ぼっちでも城門へ行こうかしら。




