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エピローグ(黙っていられない男)

 俺、八丈渡はちじょうわたる。某旅行会社で海外ツアーの企画をやっている。前の会社では、秘境のツアーガイドをやっていたんやけれど、新しい会社では企画。企画やからデスクワークが多いんやけど、現地調査で海外に行くこともある。これがまた結構きついんや。


 水上碧みなかみみどり、俺の女と言いたい所やけど、彼女や。俺よりかなり頭がええ。え、女と彼女の違い? そら、言わんでもわかるやろ。

 碧はなかなか堅いヤツや。某電気屋でシステムなんとかっちゅう仕事をしている。なんでも屋とアイツは言っているけど、いろんなことやってるのは確かや。この間なんか、仕事の余り物とか言って、オレンジもどきを三つ持ってきた。『これが酸っぱいもの、これが甘いもの、これが普通』と言って、俺の前に並べたんや。三つとも外見は全く同じやったから、酸っぱいか甘いかなんて、食べる前から分かるわけない、と思うてた。食べてみたら、碧の言う通りやったから、ビックリしたわ。ホンマに理系の女は怖ろしい。


 今日、12月24日。クリスマスイブ、でもって碧の誕生日や。30歳になる。いやいや、この一年間はホンマにヒヤヒヤやったで。何がヒヤヒヤやったかって? そら~ ま、大人には色々あるんや。ゆっくり聞かしたるから、あわてんといて。


 現在、午後2時50分。待ち合わせの時間より10分も早い。俺の記憶では、碧との待ち合わせで俺の方が早いんは初めてや。もっとも碧に言わせれば、俺の記憶はかなりいい加減らしい。


 場所、新橋駅の機関車前。俺のそのいい加減な記憶によれば、ここで待ち合わせるのは3回目や。

 1回目、初めて会った時、俺は、かなり遅刻したらしい。目を吊り上げて怖い顔した女やと思ったのが第一印象や。その日、碧は足挫いて、ついでにトマトジュースこぼして、血染めのようになった。あれはインパクトあったで。でも、ホンマのとこ、あの日、俺は碧に惚れたんや。なんでかって言われても…… やっぱし、かわいかったんやろうな。よう泣くし、ドジやし、要領悪いし。いや、要領悪いっちゅうのは、正確やない。恐ろしく頭の回るヤツで、相手が物、組織とかルールとか、堅い物が相手の時は、きっちり計算して、要領よく行動できるんや。ところが、相手が人の場合やと、不器用きわまりないんや。それが自分でもようわかってるから、遠慮して何もできんのや…… 俺が惚れたんはそんな所かなあ。


 プレゼント、うてない。いや、プレゼントは、買うもんやなくて借りるもんやと言った方がええかなあ。

 去年は、最後の切り札やと思って、奮発して高い結婚指輪を贈ったんや。そしたら、ライバル、その時のライバルは大学の先生やけれど、同じこと考えてて、やっぱり指輪を贈ったんや。碧はどうしたと思う。今は決められんっちゅうて2つとも没収したんや。没収した指輪をどうするかと思うたら、2つとも鎖に通して首にぶら下げたんや。勲章みたいにな。まあ、知らん奴が見たら、男の数を自慢しとるイヤミな女に見えるやろう。本人は、十字架を背負うやような悲壮な顔しとったから、言わんかったけどな。

 まあ、あの時は俺もショックやったけれど、その後のことを考えたら、まだましやったと思う。2個やった指輪は春には3つになりえ、夏には4つになった。増えたうちの1つは牛飼いの贈ったもので、もう1つは巨人の贈ったものらしい。まるでどこかの神話みたいやけど、二人とも実在するらしい。さすがに俺も、指輪が4つになった時は、もうダメかと思たで。それで、俺もせこい手を使ったんや。いや、せこいかもしれんけれど、本人たちが納得しとるから悪いことをしたわけやないで。

 実は、最初のライバルの先生とは、何故か、うまがあって友達になったんや。その先生がある時、仕事でシナイ山ちゅう珍しい所に行くことになった。で、俺は職権利用して、うちの窓口の一番の美人を紹介したんや。いつの間にかいい関係になって、碧の胸の指輪が1個減ったんや。あの先生、女性アレルギーちゅう冗談みたいな病気を持っていて、女なら誰でもいいわけやない。で、紹介した窓口の美人が碧の次の例外、つまり、アレルギーの出ない女やったから、先生も相当な強運やと思う。ま、冗談みたいな病気のおかげで、冗談みたいな絶世の美女を射止めたんやから、人生何が起こるかわからんわな。

 秋には、3つだった指輪が1つに減って、先日、胸の指輪はとうとうゼロになった。最後の1個は、今、碧の薬指にはまっている。ホンマのとこ、指輪がキツキツやったり、ユルユルやったら、どないしようかと心配したんやけれど、ピッタリやった。この時が、この一年で一番、ヒヤヒヤした時や。高い金出して買うた指輪が、1年たって、合わんことが分かったら笑えんもんな。俺も、案外、強運やで。


 お、今話してた彼女が来たわ。遠くから見ると妖精みたいやろ。近くで見ると怖いで。それでも、この一年で随分、顔がやわらこうなった。つっぱてた所がなくなったんやな。

 そろそろ、独り言もおしまい。俺の独り言につきおうてもろうて、ありがとな。ホンマ、黙ってるのは死ぬより辛いから、聞いててくれて助かったわ。あ、言い忘れとったけれど、彼女に用意したプレゼントは、賃貸の新居の鍵や。これで、明日には、碧は俺の女や。多分な。

これで完結です。読んでいただきありがとうございました。

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