第7話:独占欲は、子守唄より甘く
ルキウス様は、毎晩、私の子守唄で眠るようになった。
最初は、寝室の扉ひとつ隔てて。やがて、同じ部屋の長椅子で。彼は決して無理をしなかったし、私に触れることもなかった。ただ、私の歌う声が聞こえる距離で、静かに目を閉じる。それで、彼は眠れた。
けれど、ある夜のことだった。
子守唄を歌い終えても、ルキウス様は眠らなかった。じっと、暗がりの中で私を見つめていた。
「……閣下。眠れませんか」
「眠れる。君がいれば、いつでも眠れる」
彼は静かに言った。
「だが、今夜は、眠るのが惜しい。眠れば、朝まで君の声が聞けない。君の顔が見られない。……目を閉じている時間さえ、惜しいと思うようになった。これは、おかしなことか」
私は、どきりとした。
彼の言葉には、いつもの「眠りへの渇望」とは違う熱があった。もっと別の、私自身を求めるような——
「セレネ」
ルキウス様は身を起こし、私の傍へ来た。手を伸ばし、けれど触れる寸前で止める。許しを請うように、私の目を見る。
「触れても、いいか」
私が小さく頷くと、彼は私の頬に、そっと手を添えた。長い指が、こわれものを扱うように、私の輪郭をなぞる。
「私は、欲深い男だ」彼は囁いた。「最初は、ただ眠りが欲しかった。だが今は——君の眠りも、君の声も、君のすべてが欲しい。誰にも見せたくない。王都の連中にも、領民にも。私だけの、夜にしておきたい」
重い独占欲。
けれど不思議と、それは私を縛る鎖ではなく、温かな繭のように感じられた。生まれて初めて、誰かに「欲しい」と言われている。要らないと言われ続けた私が、今、まるごと求められている。
「……閣下は、ずるいです」
私は、思わず呟いた。
「私、ずっと、誰の役にも立てない不浄姫だと思って生きてきました。なのに、あなたは私を全部欲しいと言う。そんなふうに言われたら、私……あなたを置いて、どこにも行けなくなってしまう」
「行かせない」
即座に、彼は言った。低く、甘く、揺るぎなく。
「もう、どこにも行かせない」
その夜、私は彼の腕の中で、彼に子守唄を歌った。
歌いながら、ふと思った。この歌は、母様が私にくれた、たった一つの宝物だ。意味もわからず覚えていた、不思議な節回しの歌。
——夜は、こわいものではないよ。
銀の糸を、こうして織れば、悪い夢も、よい夢に変わる。
その一節を歌ったとき。
ルキウス様の寝顔の上で、私の指から零れた銀の光が、ふわりと、まるで糸のように、何かの形を描いた気がした。
「銀の糸を、織れば」。
母様は、なぜこんな歌を、私に遺したのだろう。
胸元のペンダントが、月明かりを受けて、かすかに光った。
死神閣下の独占欲は、子守唄よりも甘いものでした。
そして、母の子守唄に隠された「銀の糸を織る」という一節——これがのちに、世界の運命を変える鍵になります。
次回、再び王都へ。「枯れゆく王都と、眠れぬ王太子」。ざまぁが、加速します。
評価・ブックマーク、よろしくお願いいたします。




