表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠りを呼ぶ追放令嬢は、不眠の死神辺境伯に溺愛されて夢見の都を築きます ~「眠りの不浄姫」と捨てられた私の力で、眠れぬ荒野が安眠郷になりました~  作者: 花菱エマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話:眠れた朝の、世界で一番優しいおはよう

 翌朝、ルキウス様は別人のようだった。


 墨のように濃かった隈は、まだ残ってはいたものの、ずいぶん薄らいでいた。掠れていた声には張りが戻り、何より——その銀灰の瞳に、生きている者の光があった。


「セレネ嬢」


 朝の食堂に現れた彼は、私を見るなり、まっすぐに歩み寄ってきた。そして、私が止める間もなく、その場に片膝をついた。


「閣下……!? どうか、お立ちください」


「いや。これは、私が一生忘れぬための姿勢だ」


 彼は私の手を取り、額に押し当てた。まるで、聖遺物にでも触れるように。


「私は昨夜、四百二日ぶりに眠った」


 四百二日。

 その数字の重さに、私は言葉を失った。


「目を閉じても、いつも闇しか来なかった。眠りの代わりに、ただ瞼の裏で過去が暴れ続けた。気が狂わなかったのが不思議なくらいだ。……君が来て、初めて、闇が『夜』になった。星のある、休める夜に」


 彼の声が、わずかに震えた。


「君は、私の命を拾った。誇張ではない。あと幾日かで、私は魔力の暴走に呑まれて死ぬか、領民を巻き添えにして化け物に堕ちるかの、どちらかだった」


「……私は、ただ、子守唄を歌っただけです」


「その『ただ』が、誰にもできなかった」


 ルキウス様は顔を上げ、私を見つめた。その眼差しの強さに、私は息を止めた。


「だから——逃がさない」


 低い声が、はっきりとそう言った。


「君がくれた一夜の眠りを、私は一生かけて返す。衣食住も、安全も、欲しいものも、すべて与えよう。君を不浄と呼んだ国も、二度と君に触れさせない。その代わり……どうか、私の傍にいてくれ」


 それは、求婚というには、あまりに切実で、あまりに重い言葉だった。

 縋るような、けれど決して放さないという、執着のにじむ声。


 私は、捨てられてばかりの人生だった。要らないと言われ、消えろと言われ、眠りの不浄姫と笑われてきた。


 なのに今、この人は、私を「いてくれ」と言う。私の、一番疎まれた力を、命綱だと言う。


「……私で、よろしいのですか」


 声が掠れた。


「私の力は、人を眠らせます。あなたを楽にできても、いつか、あなたの大切な刻を奪うかもしれない。それでも——」


「君以外に、誰がいる」


 即答だった。迷いの欠片もなかった。


 その瞬間、長いあいだ凍りついていた私の胸の奥に、温かいものがじわりと滲んだ。痛みでも悲しみでもない、もっと別の——たぶん、生まれて初めて感じる種類の温もりだった。


「では」


 私は、できるだけ落ち着いた声で答えた。けれど、唇の端が、少しだけ震えていたと思う。


「ふつつかですが、よろしくお願いいたします。閣下」


「ルキウスだ」彼は、ほんの少しだけ表情をやわらげた。笑い方を忘れていた人が、思い出そうとするような、不器用な綻び方で。「これからは、名で呼んでくれ」


 窓の外では、昨夜咲いた月見草の隣に、二輪目の蕾が膨らみはじめていた。


 ——契約結婚。

 それが私たちの始まりだった。けれど、後から思えば、あの朝の彼の眼差しは、契約なんて言葉では到底足りないほど、もう、まっすぐに私だけを見ていたのだ。


眠れた死神は、想像以上に一途で、重い人でした。

さて——一方その頃、私を捨てた王都では、ある「異変」がひっそりと始まっていました。

次回「王都に、初めての眠れぬ夜が来た」。

評価・ブックマーク、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ