第30話:眠りと覚醒の、夜明けの盟約
夜が明けた。
暴走の収まった王都に、久しぶりの、穏やかな朝が訪れた。東の空が、淡い薔薇色に染まり、本物の太陽が——ただ一つの、優しい朝陽が、ゆっくりと昇っていく。
一晩、安らかに眠った人々が、すっきりとした顔で、目を覚ましていく。伸びをする者、隣の家族に微笑みかける者。何ヶ月ぶりかの、本物の睡眠。彼らの目から、隈が、苛立ちが、狂気が、消えていた。
眠りが還るとは、こういうことなのだと、街じゅうの安らかな顔が、静かに語っていた。
聖堂の奥では、黄金の日輪が、静かに鎮まっていた。
その傍らに、大司教ゼフィールが、力なく座り込んでいた。彼もまた、夢織りの夜に、眠りに落ちていた。千年、覚醒を独占し、眠りを拒んできた男が、生まれて初めて、眠ったのだ。
目を覚ました彼は、もう、抗う気力を失っていた。
「……眠りとは、こんなにも……」
彼は、虚ろに呟いた。憎しみも、野望も、その眠りの中に、溶けてしまったかのように。
ゼフィールは、覚醒派の長老たちと、目覚めた民の手によって、その地位を剥奪された。世界を傾け、玉座のために数百万の夜を奪った罪により、彼は、遠い修道院へと幽閉されることが決まった。皮肉にも、そこは、彼が静かに「眠る」ことを学ぶための場所だった。
高座に立ったのは、私だった。
眠りの巫女として、夜の守人ルキウスとともに。
「皆様」
私は、目覚めたばかりの民に、静かに語りかけた。
「覚醒と眠りは、敵ではありません。月と太陽が、昼と夜を分け合うように、二つは、世界の半身どうしです。これからは、どちらかを排するのではなく、互いを敬い、分かちあいましょう。——それが、千年前に失われた、本当の均衡です」
私は、ルキウス様と、手を取り合った。
「ここに、盟約を結びます。覚醒の王国と、眠りの夢見の都。昼を司る者と、夜を司る者。二度と、片方が、もう片方を、不浄と呼ばぬように。世界が、再び傾かぬように」
民が、歓声を上げた。涙ながらに、夜を取り戻した喜びを分かち合った。
眠りと覚醒の、夜明けの盟約。それは、千年の過ちを正す、新しい世界の始まりだった。
その時。
ルキウス様が、ふと、懐から、あの懐中時計を取り出した。
四百二日、止まっていた時計。私と出会った夜から、少しずつ動きはじめていた、その針が——
今、なめらかに、力強く、時を刻んでいた。
「……動いている」彼は、それを見つめて、静かに微笑んだ。「完全に、時が、戻った」
ノクターン家の、千年の呪い。眠りの担い手と心を通わせるまで、安らかな夜を得られぬという呪い。それが——均衡の回復とともに、完全に、解けたのだ。彼の代だけでなく、これから生まれる、すべての子孫のために。
「ルキウス様」私は、彼を見上げた。「あなたの夜は、もう、永遠にあなたのものです。誰にも、奪わせません」
「あぁ」彼は、私の額に、そっと唇を寄せた。「君がくれた夜だ。一生かけて、君と守る」
ノクスが、二人の足元で、満足げに、丸くなって眠った。
均衡の番は、その役目を、ようやく終えたのだった。
千年の呪いが、完全に解けました。眠りと覚醒の盟約が、新しい世界を開きます。
止まっていた時計が動き出す——第2話から続いた、長い長い伏線の回収です。
次回「太陽の都に、千年ぶりの夜が降りる」。決着の余韻と、それぞれのその後を。
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