第27話:太陽が、沈まなくなった
ゼフィールは、壊れていた。
民の怒号に囲まれ、すべての権威を失った彼は、高座から崩れ落ちるように、聖堂の奥へと逃げ込んだ。そこには、覚醒派が代々祀ってきた、禁忌の聖具があった。
『黄金の日輪』。
太陽の加護を、極限まで増幅する古代の聖具。覚醒の力を、世界規模で解き放つ、危険な遺物。歴代の大司教ですら、扱いを禁じてきたものだった。
「猊下、なりません! それを使えば——」
止めようとする老聖職者を突き飛ばし、ゼフィールは、日輪に手をかけた。
「眠りなど、要らぬ……覚醒だけの、永遠の昼を……! 私が支配する、眠らぬ世界を……!」
彼の覚醒の加護が、日輪に注がれた瞬間。
世界が、白く焼けた。
聖堂の天窓から、灼熱の光が噴き出した。それは王都の空へと昇り、太陽の隣に、第二の太陽となって、燃え盛った。
——太陽が、沈まなくなった。
日輪の暴走は、王都全体を、終わらぬ昼で包んだ。夜は来ない。星も月もない。ただ、目を焼く白光だけが、街を照らし続ける。
その光の下で、人々は、悲鳴を上げた。
眠れぬ苦しみが、極限まで増幅されたのだ。覚醒の加護が暴走し、人々の意識を灼く。現実と悪夢の境が、完全に溶けた。街は、目覚めたまま見る地獄に変わった。
「これは……っ」
聖堂を飛び出した私は、その光景に、息を呑んだ。
倒れ伏す民。錯乱する貴族。灼熱に焼かれ、しおれていく街路樹。石畳が陽炎に揺らぎ、噴水の水さえ、じりじりと干上がっていく。空を見上げれば、二つの太陽が、容赦なく白光を降り注いでいた。
瞼を閉じても、その光は瞼の裏まで灼いてくる。眠ることも、目を休めることも、もう誰にも許されない。月見草を咲かせた、あの優しい夜は、どこにもなかった。
これが、ゼフィールの望んだ世界。眠りを失った、終わらぬ昼。誰も休めず、誰も癒えず、ただ冴えわたったまま壊れていく、覚醒だけの地獄。私が追放されたあの夜から始まった綻びが、今、極限の形で、世界を呑み込もうとしていた。
「セレネ!」ルキウス様が、私を庇うように立った。「日輪の暴走を、夜の力で抑え込む。だが、私一人では、王都全体は無理だ。この規模は——」
「いいえ。一人ではありません」
私は、胸元のペンダントを握りしめた。前半と後半、揃った夢織りの楽譜。完全な譜。
「母様が、言いました。世界の夜を織り直すには、眠りの力だけでは足りない。覚醒との『和解』が要る、と。月と太陽が、もう一度、手を取り合うことが」
私は、ルキウス様を見上げた。
「あなたの夜と、私の眠り。それを、この暴走した覚醒に、ぶつけるのではなく——溶け合わせるのです。日輪を、壊すのではなく、鎮める。眠らせる。これが、夢織りの、本当の使い方です」
ルキウス様の目に、理解の光が宿った。
「……和解、か。千年、できなかったことだな」
「ええ。でも、私たちなら、できます」私は、微笑んだ。「だって、私たちは、もう、千年のすれ違いを、終わらせたのですから」
彼の手が、私の手を、強く握り返した。灼けつく熱の中で、その手のひらだけが、ひんやりと、夜のように涼しかった。
灼熱の空の下、私とルキウス様は、手を取り合った。
月と太陽の、夜と昼の、眠りと覚醒の——千年ぶりの、和解のために。
奪い合いではなく、分かちあいで。壊すのではなく、鎮めることで。母様が遺してくれたその道を、私は今、この人とともに、歩こうとしていた。
暴走する黄金の日輪。終わらぬ昼に焼かれる王都。
それを鎮める鍵は、「壊す」ことではなく「和解」させること。
次回「夜の守人、本来の力を解く」。そして「銀の糸で、世界に夜を織る」。クライマックスです。
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