第26話:大司教の仮面が剝がれる日
王都の大聖堂は、人で埋まっていた。
異端審問。眠りの巫女セレネを裁くという触れに、王都じゅうの貴族、聖職者、民が押し寄せていた。皆、目の下に濃い隈を浮かべ、痩せ、苛立っていた。眠れぬ国の、疲れ果てた人々。
高座には、大司教ゼフィール。その傍らに、傀儡となったユーリス。そして、群衆の片隅に、窶れたアウレリアの姿もあった。
「眠りの巫女、セレネ・ド・ノクターン」
ゼフィールの声が、堂内に響いた。
「貴様は、人々に『眠り』という不浄を撒き、世界の覚醒を乱す異端である。この王都の混乱も、すべて貴様の呪い。皆の者、見るがよい。この女こそ、我らの夜を奪った元凶だ」
群衆が、ざわめいた。憎悪の視線が、私に集まる。けれど私は、臆さなかった。ルキウス様が、すぐ後ろにいる。ガイが、均衡の書を抱えている。
「大司教ゼフィール」
私は、静かに、しかしよく通る声で、口を開いた。
「一つだけ、皆様に、お尋ねしたいことがあります」
私は、群衆を見回した。
「この一年、眠れずに苦しんでこられた皆様。——私が、この国を去ったのは、いつでしたか。私が、眠りを『撒いた』のではなく、この国から眠りが『消えた』のは、いつからでしたか」
堂内が、静まった。
誰もが、思い出していた。不眠が始まったのが、ちょうど、私が追放された後だったことを。
「私は、眠りを撒いてなどいません。むしろ、この国は、眠りを『追い出した』のです。私という、眠りの担い手を。覚醒と眠りは、月と太陽のように、一対です。片方を捨てれば、もう片方も、いずれ朽ちる」
「世迷い言を!」ゼフィールが遮った。「証拠もない戯言を——」
「証拠なら、ここに」
ガイが、進み出て、『均衡の書』を高く掲げた。
「これは、千年前の記録。覚醒の一族自らが、焚書しようとして焼き損ねた書。そこには、こう記されています。『眠りは世界の半身なり。これを排せば、世界は傾き、朽ちる』——大司教猊下。これは、あなた方の祖先が、自ら記し、自ら隠した、真実です」
堂内が、大きくどよめいた。
古語に通じた老聖職者たちが、書を検め、顔色を変えた。本物だ、という囁きが、波のように広がっていく。
「ゼフィール猊下! これは、まことか!」
「眠りは、不浄ではなかったのか!?」
「では、我らの不眠は……貴公が、巫女を追ったせいではないか!」
民の声が、怒号に変わっていく。
ゼフィールの顔から、冷笑が、剝がれ落ちた。
「黙れ……黙れ! 眠りは弱さだ! 覚醒だけの世界こそ——」
「あなたは、知っていたのでしょう」
私は、静かに、とどめを刺した。
「眠りを消せば世界が傾くことを。それでも、覚醒の加護を独占し、唯一の支配者になるために、千年、嘘をつき続けた。あなたの兵が、自ら、そう証言しました。——あなたが守ろうとしたのは、世界ではなく、ご自分の玉座だけ」
ゼフィールは、何も言い返せなかった。
仮面が、完全に剝がれた。高座の上で、彼はただ、わなわなと震えていた。千年の嘘を、すべての民の前で、暴かれて。
私は、復讐の言葉は、何ひとつ口にしなかった。
ただ、真実を述べただけ。けれどそれが、何よりも重い、裁きだった。
千年の嘘が、すべての民の前で剝がれ落ちました。主人公は、ただ真実を告げただけ。
けれど——追い詰められた者ほど、最後に、最も恐ろしいことをします。
次回「太陽が、沈まなくなった」。ゼフィール、禁断の聖具に手をかける。
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