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眠りを呼ぶ追放令嬢は、不眠の死神辺境伯に溺愛されて夢見の都を築きます ~「眠りの不浄姫」と捨てられた私の力で、眠れぬ荒野が安眠郷になりました~  作者: 花菱エマ


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第25話:夜の守人と、谷を抜ける夜

「焼け」


 ゼフィールが、無造作に手を振った。

 聖騎士たちの掲げる炬火が、いっせいに祠へ向けられる。覚醒の加護で増幅された炎が、轟と燃え上がり、廃里を呑み込もうとした。


「させない」


 その時、私の前に、ルキウス様が立った。


 彼の全身から、夜の色をした魔力が、ゆらりと立ち上る。眠れるようになって以来、彼が決して解かなかった、本来の力。夜の守人としての、抑え込まれた力。


「セレネと、その書には、指一本触れさせん」


 ルキウス様が手をかざすと、燃え盛る炎が——ふっと、夜気に包まれて、鎮まった。

 轟々と渦巻いていた火柱が、見えない手で撫でられたように勢いを失い、夜露のしずくとなって、廃里の苔の上に静かに落ちていく。炎の熱が、夜の静寂に吸い込まれていく。

 彼の魔力は、攻撃ではなかった。あらゆるものを、鎮め、眠らせ、静める力。猛り狂う覚醒の炎すら、深い夜の底へと、溶かしてしまう。

 月の谷に、ひやりとした夜気が満ちた。母の生まれたこの地が、まるで守人の帰還を喜ぶように、しんと静まり返っていた。


「な……死神の力が、これほど……っ」


 ゼフィールの顔に、初めて、動揺が走った。


「夜の守人の力は、巫女を守るためにある」ルキウス様の声は、静かだった。「千年、すれ違ってきた。だが、もう違う。私の隣には、彼女がいる。守る理由が、ここにある」


 聖騎士たちが、剣を抜いた。けれど、その手は震えていた。眠れぬ彼らは、もう、満足に戦えない。


 私は、そっと歌った。

 例の子守唄を。銀の光が、騎士たちに降りかかる。彼らは抗えず、次々と膝をつき、眠りに落ちていく。


「ぐ……っ、おのれ……!」


 ゼフィールだけが、なお立っていた。覚醒の大司教。その加護は強大で、私の眠りでも、容易には沈まない。けれど、彼一人では、もう何もできなかった。


「大司教ゼフィール」


 私は、均衡の書を抱いたまま、彼に向き直った。


「この書を焼いても、真実は消えません。あなたが千年隠してきたものは、もう、私が知っています。ルキウス様が、ガイが、知っています。……逃げ場は、ありません」


 ゼフィールは、私を睨みつけた。その目に、初めて、焦りの色が滲んでいた。けれどすぐに、彼は、いつもの冷笑を取り戻した。


「……いいだろう。ならば、正式な場で決着をつけようではないか。三日後、王都にて、貴様の異端審問を開く。王侯貴族、聖職者、民——すべての目の前で、貴様が『世界を狂わせる不浄の魔女』であると、断じてやる」


 彼は、踵を返した。


「証拠の書とやらを、せいぜい持ってくるがいい。覚醒の加護を前に、眠りの戯言など、誰も信じはせぬ。——王都で、待っている」


 ゼフィールは、夜の谷から去っていった。


 残されたのは、眠る騎士たちと、静まった廃里、そして——私の手の中の、均衡の書。


「行きましょう」私は、ルキウス様を見上げた。「王都へ。あの人が用意した舞台で、すべての嘘を、終わらせます」


「あぁ」ルキウス様が、私の肩を抱いた。「君の夜は、私が守る。何があっても」


 ノクスが、私の足元で、「行こう」とでも言うように、ひと声鳴いた。


夜の守人の、本来の力。そして、決戦の舞台は王都の異端審問へ。

ゼフィールは、自ら真実を公開する舞台を、用意してしまいました。

次回「大司教の仮面が剝がれる日」。最大のざまぁ、決着の回です。

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