第21話:眠らぬ兵は、剣を握れない
聖騎士団は、一兵も傷つかなかった。
ただ、眠っただけだった。
城外の野に、千の兵が、安らかな寝息を立てて横たわっている。朝の光の中、白銀の甲冑を脱ぎ捨てるように、誰もが地に身を投げ出し、子どものように丸くなって眠っていた。
何十日も眠れなかった彼らにとって、それは天罰でも攻撃でもなく——むしろ、長く焦がれた、救いだった。張り詰めていた殺気は、もうどこにもない。ただ、草いきれと朝露の匂いの中で、千の魂が、束の間の安息に包まれていた。
最後まで抗っていたガルドも、ついに膝をついた。巨躯が、ぐらりと傾ぐ。
「ぐ……っ、こんな……こんな、馬鹿な……」
「ガルド団長」
私は、城門を開け、彼のもとへ歩み寄った。ルキウス様が、警戒しながら付き従う。
「あなたは、強い人です。これほど眠りを奪われて、なお最後まで立っていた。……でも、もう、十分でしょう」
「巫女よ……」ガルドの声が、掠れた。彼の目には、もう敵意よりも、混乱と疲弊だけがあった。「なぜだ……なぜ、眠りが、こんなにも……心地よい……。我らは、これを、不浄だと、教えられて……」
「眠りは、不浄ではありません」私は、しゃがんで、彼の目を見た。「疲れた者を癒やす、世界の半分です。あなた方は、ずっと、半分の世界で、無理をしてきただけ」
ガルドの瞼が、重く落ちていく。眠りに落ちる、その直前。彼は、譫言のように、呟いた。
「……猊下は……ゼフィール猊下は……知っているのだ……。眠りを消せば、世界が……傾くことを……。それでも……『覚醒だけの世界』を……作りたいのだ……。自分が、その唯一の……支配者と、なるために……」
その一言で、すべてが繋がった。
ゼフィールは、知っていたのだ。眠りが世界の半分であることを。それを消せば均衡が崩れることを。
彼の「真理」も「進化」も、すべて方便だった。本当の狙いは——眠りという半分を消し去り、覚醒の加護を独占することで、世界でただ一人の「眠らぬ支配者」となること。
「……そういうこと、ですか」
私は、立ち上がった。胸の奥が、冷たく静まっていた。
「狂信ではなく、簒奪。彼は、世界を半分にしてでも、王になりたかった」
「許せん話だな」ルキウス様が、低く言った。「数百万の民の夜を、己の玉座のために売り渡すとは」
眠りに落ちたガルドの寝顔は、不思議と穏やかだった。
目覚めたとき、彼は何を思うだろう。生まれて初めて知った、夜の心地よさを。自分が仕えてきた男の、本当の顔を。
「ガイ」私は、振り返った。「兵たちが目覚めたら、水と食事を。捕虜ではなく、客人として。彼らもまた、夜を奪われた被害者です」
「……御意」
ガイは、深々と頭を下げた。
城下の女たちが、眠る兵たちに、そっと毛布をかけて回りはじめた。敵だったはずの者たちに。それが、夢見の都の、流儀だった。
血を流さぬ勝利。
けれど私は知っていた。本当の戦いは、これから。月の谷で夢織りを完成させ、ゼフィールその人と、対峙するときに始まるのだと。
ゼフィールの真の狙いは「世界を半分にしてでも、唯一の支配者になること」でした。
聖騎士団を客人として遇する夢見の都の流儀も、どうか心に留めていただけたら。
次回「母の生まれた、月の谷へ」。いよいよ、夢織りの後半譜を求める旅が始まります。
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