第20話:聖騎士団、夢見の都を囲む
旅立ちの朝、地平の彼方に、白銀の軍勢が現れた。
覚醒の聖騎士団。
太陽の紋章を掲げた、千を超える兵。その先頭に、巨躯の男が馬を進めていた。聖騎士団長ガルド。ゼフィールの剣として知られる、覚醒派の武人だった。
昇りはじめた朝陽が、白銀の甲冑に照り返し、地平が、ぎらぎらと燃えるように光った。眩しさが、刃のように目を刺す。その眩い軍勢を背に、夢見の都は、月見草の白い波を朝露に濡らして、ひっそりと静まり返っていた。眩しい刃と、静かな夜の名残。二つの世界が、地平で睨み合っていた。
城壁の上に立った私は、まだ夜着の上に外套を羽織っただけの姿だった。冷たい朝の風が、頬を撫でていく。背後では、目を覚ました領民たちが、不安げに身を寄せ合っている。あの子も、あの老人も、ようやく安らかな夜を取り戻したばかりの人たち。その夜を、また、奪わせはしない。
「眠りの巫女、セレネ・ド・ノクターン!」
ガルドの声が、朝の都に轟いた。
「大司教ゼフィール猊下の名において、貴様を異端として捕縛する! 貴様の撒く『眠り』は、人を堕落させる毒だ。おとなしく縄につけ。さもなくば、この眠りに腐った都を、焼き払う!」
眠りに腐った都。
その言葉に、私の中で、静かな怒りが灯った。けれど、声を荒げはしない。
「ガルド団長」私は、城壁の上から、静かに告げた。「あなたは、今、何日眠っていませんか」
「……何だと」
「あなたの兵も、皆そうです。覚醒の加護を持つあなた方こそ、もう何十日も眠れず、限界のはず。剣を握る手が、震えているのが、ここからでも見えます」
ガルドの顔が、わずかに歪んだ。図星だった。
覚醒派の兵ほど、眠りの喪失の影響を強く受けていた。彼らは皆、隈を浮かべ、馬上で揺れ、その目は虚ろだった。冴えわたるどころか、燃え尽きる寸前の蝋燭のように。
私には、わかった。眠れぬ者の苦しみが。瞼の裏が灼け、頭の芯が重く痺れ、それでいて意識だけが鋭く冴え続ける、あの終わらない覚醒の地獄。彼らは私を捕らえに来たのではない。本当は、ただ、横になって目を閉じたいだけなのだ。剣を構えるその腕の震えが、何より雄弁に、それを物語っていた。
憐れだ、と思った。憎しみよりも先に、その思いが胸に満ちた。彼らもまた、ゼフィールに夜を奪われた、被害者なのだから。
「黙れ! 総員、突撃——」
ガルドが剣を振り上げた、その時。
「待ちなさい」
私は、城壁の上で、そっと歌いはじめた。
いつもの、母の子守唄。けれど今日は、領民のためでも、ルキウス様のためでもなかった。
——おやすみ。
あなたたちも、疲れているのでしょう。
ほんの少しだけ、夜を、分けてあげる。
私の指先から、銀の光が、綿雪のように都の外へと舞い落ちていく。朝の眩しさの中で、その光だけが、やわらかな夜の色をしていた。月の欠片を、そっと撒くように。
その光を浴びた瞬間、最前列の兵たちの体から、ふっと力が抜けた。何十日ぶりかの、本物の眠気。張り詰めていた肩が落ち、構えていた剣の切っ先が下がる。彼らの瞼が、抗いがたく落ちていく。その顔から、敵意が、苦悶が、潮が引くように消えていった。あとに残ったのは、ただ、安らかな寝顔だけ。
「な……何を……っ」
ガルドが、愕然とした。
彼の兵たちが、馬上で、地面で、次々と眠りに落ちていく。攻撃ではなかった。ただ、限界まで眠りを奪われた者たちに、私が、ほんの一夜を、分け与えただけ。
眠れぬ軍は、剣を握れなかった。
眠れぬ兵は、戦えない。
攻撃ではなく「眠りを分ける」ことで、千の軍を無力化する——これが、与える魔法の戦い方です。
次回「眠らぬ兵は、剣を握れない」。ガルドとの決着、そして彼の口から漏れる、ゼフィールの真意とは。
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