第18話:悪夢に沈む王都と、贖罪の妹
王都は、もはや夜を持たなかった。
眠れぬ人々は、闇を恐れて、街じゅうに魔導灯を灯し続けた。けれど、その明かりは安らぎを与えなかった。煌々と照らされた夜の街は、昼よりも白々しく、どこか狂気じみていた。
眠れぬまま見る幻覚——白昼夢のような悪夢が、人々を蝕んでいた。路地の隅で虚ろに笑う者、ありもしない影に怯えて叫ぶ者。覚醒の加護が暴走し、現実と幻の境が溶けはじめていたのだ。
かつて太陽の都と謳われた王都は、今や、眠れぬ亡霊たちのさまよう街と化していた。
その中心で、最も深く沈んでいたのが、アウレリアだった。
覚醒の加護を完全に失った彼女は、眠ろうとすれば悪夢に襲われ、起きていれば幻覚に苛まれた。かつての美貌は痩せ衰え、瞳には怯えだけが残っていた。
ある夜、彼女は、震える手で一通の手紙を書いた。
——夢見の都の、お姉様へ。
宛名を書くのに、何度もペンが止まった。どの面下げて、と自分を責める声が、頭の中で鳴り止まなかった。それでも、彼女は書いた。
その手紙が、密使の手を経て、私のもとへ届いたのは、数日後のことだった。
『お姉様。
こんな手紙を書く資格が、私にないことは、わかっています。
私は、お姉様の力を奪いました。お父様が儀式でお姉様から「眠り」を抜き取り、それを私の「覚醒」として植えつけた——そのことを、私は薄々知っていながら、見て見ぬふりをして、勝ち誇っていました。
今、その報いを受けています。私には、もう加護のかけらもありません。毎夜、悪夢に飲まれて、自分が誰かもわからなくなりそうです。
でも、これは当然の罰だと思っています。
ただ、一つだけ。
大司教ゼフィールが、お姉様を「異端」として裁こうとしています。彼は、覚醒の加護を独占し、王家すら操っています。ユーリス殿下も、もはや彼の傀儡です。
どうか、お気をつけて。
そして——本当に、ごめんなさい。
アウレリア』
手紙を読み終えて、私はしばらく、動けなかった。
「妹君からか」ルキウス様が、静かに問うた。「敵の罠かもしれん。覚醒派が、君を王都へ誘い出すための」
「いいえ」私は首を振った。「この字は、震えています。罠を書く人の字ではありません。……本当に、後悔している人の字です」
私は、妹を許したわけではなかった。けれど、憎むこともできなかった。
彼女もまた、覚醒の加護に縛られ、父に利用され、王家の都合で「奪う側」に仕立て上げられた、一人の駒だったのだ。
「ガイ」私は、老執事を呼んだ。「妹に、返事を書きます。それから——夢織りの術について、もっと詳しく教えてください。あの楽譜の、残り半分の在処を。私は、王都の夜を、取り戻したい。妹のためにも」
ガイは、深く頷いた。その目に、かすかな涙が光っていた。
「奥方様。あなた様は……本当に、イレーネ様のお嬢様でございますね」
窓辺で、城の眠り猫ノクスが、ふと顔を上げた。
まるで、何かを感じ取ったかのように、北の——いや、母の故地のある、西の空を、じっと見つめていた。
奪った妹と、奪われた姉。けれど主人公は、復讐ではなく「王都の夜を取り戻す」道を選びます。
そして、眠り猫ノクスの不思議な仕草——これが、次の手がかりに。
次回「眠り猫ノクスが告げる、均衡の傾き」。
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