第16話:死神辺境伯夫人として、初めての夜(第1部・完)
結婚式は、満月の夜に挙げられた。
夢見の都の中心、月見草に囲まれた古い礼拝堂で、私とルキウス様は、永遠の誓いを交わした。
純白のドレスは、領の女たちが、夜なべして縫い上げてくれたもの。銀糸の刺繍は、私が母様の子守唄をもとに描いた、月と夜の文様。胸元には、母様の月のペンダント。そして、ポケットには、あの子どもがくれた、押し花のしおり。
私を捨てた国の、豪奢な大聖堂ではなかった。けれど、ここには、私を心から祝福してくれる人々がいた。それだけで、世界中のどんな式よりも、温かかった。
「セレネ・ド・ノクターン」
誓いの言葉のあと、ルキウス様が、私の名を呼んだ。もう、ソレイユではない。私は、彼の家族になった。
「私は、千年、すれ違い続けた。だが、ようやく、君に巡り会えた。これからの一生をかけて、君の夜を守る。君が安らかに眠れるよう、私が、君の夜の守人になる」
彼の銀灰の瞳が、月光に潤んでいた。
「愛している、セレネ。役目ゆえでも、眠りのためでもない。君だから、私は、君を愛している」
私も、彼を見上げた。
凍りついていた私の心は、もう、どこにもなかった。痛みも、悲しみも、すっかり溶けて、温かい光になっていた。
「私も、お慕いしています。ルキウス様」
私は、微笑んだ。生まれて初めて、心から。
「私の眠りが、あなたの夜になれて、本当に、幸せです。これからは——奪われるためではなく、あなたと分けあうために、私は眠ります」
領民たちの歓声が、夜空に響いた。月見草が、一面、銀色に揺れた。
その夜。
二人きりの寝室で、ルキウス様は、私をそっと抱き寄せた。
「もう、子守唄は、いらないのか」
私が問うと、彼は、ふっと笑った。
「いや。歌ってくれ。君の声がないと、私は、やはり眠れない。……いや、それは口実だな」彼は、私の額に唇を寄せた。「ただ、君の声を、聞いていたいだけだ」
私は、彼の腕の中で、子守唄を歌った。
いつもの、母様の歌。けれど今夜は、悲しみの歌ではなかった。これは、愛する人を眠らせる、幸せの歌だった。
——おやすみ、わたしの夜。
もう、こわいものは、なにもない。
あなたの眠りを、わたしが、ずっと守るから。
歌い終える頃、ルキウス様は、穏やかな寝息を立てていた。
その安らかな寝顔を、私は、いつまでも見つめていた。
窓の外、夢見の都に、満月が冴え冴えと輝いていた。
止まっていた懐中時計は、今、確かに時を刻んでいる。
遠い王都には、まだ、眠れぬ夜が続いている。覚醒の大司教ゼフィールの影も、いつか、この夜を脅かすだろう。
けれど、今夜だけは。
今夜だけは、この幸せな夜を、ただ、抱きしめていたかった。
捨てられた不浄姫は、もういない。
ここにいるのは、愛され、必要とされる、ノクターン辺境伯夫人——セレネ。
私の、本当の人生は、この夜から、始まったのだ。
——第1部「眠れぬ荒野に夜が降りる」・完。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
第1部、完結です。
捨てられた令嬢が、疎まれた力で死神と荒野を救い、本当の居場所を見つけるまでを描きました。
けれど物語は、まだ半ばです。第2部では、いよいよ「覚醒の大司教ゼフィール」との対決が始まります。母が遺した「夢織りの秘術」の完成、そして眠りと覚醒の均衡をめぐる世界の真実が、少しずつ明らかになっていきます。
二人の夜の物語を、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
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なお、本日より『氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~』(https://ncode.syosetu.com/n7862lz/)の投稿を再開しました。こちらもどうぞご覧ください。




