第11話:死神が『死神』と呼ばれた理由
ルキウス様が、自分の過去を語ってくれたのは、よく晴れた満月の夜だった。
彼は、いつも肌身離さず持っている、針の止まった懐中時計を、私に見せた。
「これは、私が眠れなくなった日に、止まった」
「……眠れなくなった日」
「一年あまり前だ。正確には、四百二日前。私が、当主となり、この呪いを受けた日」
彼は、月を見上げながら、静かに語りはじめた。
「ノクターン辺境伯家には、古い言い伝えがある。我が一族は、かつて『眠りの巫女』を守る『夜の守人』だった、と。巫女が安んじて眠れるよう、その夜を守り、外敵から護る——それが、我が家の本来の役目だったらしい」
眠りの巫女。
私は、息を止めた。母様。
「だが、王家が眠りを『不浄』と退けたとき、当時の当主は——私の祖父は、保身のために、王家に従った。追われる巫女を、見捨てたのだ。匿ってくれと縋る彼女を、門前で、追い返した」
ルキウス様の声が、苦く沈んだ。
「巫女は、去り際に、こう言い遺したという。『夜を守る役目を捨てた者は、二度と安らかな夜を得られぬ。眠りの担い手と、再び心を通わせるその日まで』……それが、我が家にかけられた呪いだ。以来、ノクターンの当主は、代を継ぐごとに眠りを失い、皆、若くして狂い、死んでいった。私で、五代目だ」
眠りの担い手と、心を通わせるまで。
その言葉が、胸に深く刺さった。
「だから、君が来て、私は驚いた」彼は、私を見つめた。「君の隣でだけ、眠れる。最初は、ただの偶然だと思った。だが——違う。君は、あの巫女の血を引く人だ。私は、それを、君の歌を聞いた最初の夜に、悟っていた」
「……では、私たちは」
「そうだ」ルキウスは、私の手を取った。「千年、すれ違い続けた、眠りの巫女と夜の守人。その役目が、君と私で、ようやく巡り会った。これは、偶然などではない。——運命だ、セレネ」
運命。
その言葉に、私は、契約結婚という言葉が、もうとっくに意味を失っていたことを知った。
「私の祖先は、君の祖先を見捨てた」ルキウスは、深く頭を垂れた。「その罪を、私が代わって詫びる。だが、それとは別に——一人の男として、言わせてくれ」
彼は顔を上げた。月光に照らされたその顔は、もう死神ではなく、ただ一途な一人の青年だった。
「私は、君を愛している。役目ゆえでも、眠りのためでもなく。セレネ、君だから、私は君を離したくない」
胸の奥が、熱くなった。凍りついていた心が、すっかり溶けて、温かい水のように満ちていく。
「……私も、です」
気づけば、私はそう答えていた。震える声で、けれど、はっきりと。
「私も、あなたを、お慕いしています。閣下——ルキウス様」
その夜、止まっていた懐中時計が、かちり、かちり、と、ついに時を刻みはじめた。
四百二日ぶりに動き出した針の音は、どんな鐘の音よりも、優しく響いた。
すれ違い続けた、巫女と守人。二人の想いが、ようやく重なりました。
けれど物語は、ここで終わりません。眠りを失った王都は、いよいよ崩壊へと向かいます。
次回「泥を啜る元婚約者」。あの傲慢だった人々が、今——。
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