6
「死ね、ゴミクズがぁ!」
ガイルの絶叫と共に、リングの半分を埋め尽くすほどの火炎が押し寄せてきた。
――【炎閃】・第二術式《炎蛇》。
昨日よりも数倍重いマナの圧力。
おまけにガイルは、もう片方の手で小盾のような形の魔導障壁を展開していた。
こちらの直線的な熱線を完全に警戒している。
「今度は消させん! 防がせん! 正面から焼き潰してやる!」
炎の蛇が、牙を剥いて俺へと殺到する。
俺は一歩も動かなかった。
肩の上のルミナが、低く身を沈める。
(【光輝】展開。座標固定、軸修正。――【風翼】プログラム、インポート)
脳内が、一瞬で二つの領域に分割される。
並列処理。
左脳で光の出力を計算し、右脳で風のベクトルを制御する。
体内のマナが、美しく二つのストリームに分かれてルミナへと流れ込んだ。
「ルミナ。いけ」
ルミナが、白い閃光となって飛び立つ。
その翼から放たれたのは、拳大の純白の光球だった。
ガイルがそれを視認し、歪んだ笑みを浮かべる。
「正面だな! そんな小さな光、この障壁で――」
ガイルが障壁を構えた、その直前だった。
直進していたはずの光球が、空間の何もない場所で、鋭角に「折れた」。
「な……っ!?」
ガイルの、間の抜けた声。
光球は障壁の完全な死角――ガイルの右側面に回り込み、そこからさらに直角に曲がってその脇腹へと突き刺さった。
ドン、と。
重い衝撃音が闘技場に響き渡る。
ただの光ではない。【風翼】の並列処理によって、極限まで圧縮された空気の質量弾が、光の速度で叩き込まれたのだ。
「が、はっ――」
ガイルの体が、くの字に折れ曲がった。
そのまま自らが放った炎の蛇を巻き散らしながら、リングの床を何回転も転がっていく。
石造りの床を派手に削り、リングの端にある防護壁に背中から激突して、ようやく止まった。
ガイルの杖が、手元から離れてカラカラと音を立てて転がる。
男は白目を剥き、ピクリとも動かなくなった。
一撃。
それだけだった。
闘技場を、水を打ったような静寂が満たしていく。
ガイルの放った炎の残滓が、パチパチと虚しく消えていく音だけが響いていた。
「……う、嘘だろ」
「今、曲がったか? 魔法が、途中で折れたぞ?」
観客席から、堰を切ったようなざわめきが湧き上がる。
それは、驚愕というよりも、恐怖に近い動揺だった。
この世界の魔法は、直進する。放った弾道が変わることはない。それが、エルディアの『常識』だからだ。
「しょ、勝者、黒根団――レン・キリス!」
審判の教官が、震える声で告げた。
パサリ、と肩に心地よい重みが戻る。
ルミナが誇らしげに胸を張り、「きゅい」と短く鳴いた。
その小さな頭を、人差し指でそっと撫でる。
俺は一瞥もくれず、気絶したガイルの横を通り過ぎた。
見上げる観客席。
最前列のレオードは、手すりの大理石を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がっていた。
その顔は屈辱と、信じられないという拒絶で歪みきっている。
その少し隣。
シェラ・アムフォードが、組んでいた腕をゆっくりと下ろすのが見えた。
その青い瞳は、もはや警戒ではなく、獲物を定めるような鋭い光を帯びていた。
「おいおいおい! なんだよ今の!」
リングを降りるなり、紅牙団のガイが勢いよく駆け寄ってきた。
「魔法を曲げやがったな!? あんなの見たことねえぞ! お前、本当に術位Fなのか!?」
「さあな。測定器がそう言っただけだ」
「ハハッ、最高だな! あの蒼炎団の鼻をへし折りやがった!」
ガイが楽しそうに笑う。
その周囲では、他の生徒たちが遠巻きに俺を見つめ、怯えたように道をあけていく。
昨日までの「ゴミを見る目」は、どこにもなかった。
[* * *]
その日の夕方。
学園の事務局から、一通の書状が黒根団の寮へと届けられた。
ミア先輩が、それを手渡しながら顔をしかめる。
「レン君、これ……」
受け取って中身を開く。
上質な紙に、魔法評議会の紋章。
そこには、簡潔にこう記されていた。
『レン・キリスの術位を暫定Dへと変更する。それに伴い、次週、蒼炎団のシェラ・アムフォードとの合同演習を命ずる』
シェラ・アムフォード。
あの、グレイファングを従えた天才少女か。
俺は、書状を机の上に放り投げた。
肩の上のルミナが、不思議そうにそれを突ついている。
学園の上層部も、いよいよ焦り始めたらしい。
だが、誰が相手だろうと関係ない。
「……面白くなってきたな」
窓の外、夕闇に沈むエルディア魔法学院を見つめながら、俺は静かに笑った。




