7
エルディア魔法学院の裏手に広がる森は、昼なお暗い。
大樹の隙間から差し込むわずかな光が、湿った土を斑に照らしている。
「遅いわ、黒根団」
入り口の警戒石の前に、シェラ・アムフォードが立っていた。
蒼炎団の制服を乱れなく着こなし、腕を組んでこちらを睨みつけている。
その足元には、大柄な狼型の幻獣――【グレイファング】が伏せていた。
俺が近づくと、グレイファングはのそりと首を上げ、琥珀色の目を細めて低く唸る。
「約束の五分前だ。遅刻はしていない」
「時間を守るのは当然でしょう。私が言っているのは、その緊張感のなさのことよ」
シェラは、俺の肩に乗るルミナへと冷ややかな視線を走らせた。
「今回の合同演習は、ただの授業じゃないわ。魔法評議会の一派が、あなたの『不正』を暴くために仕組んだもの。分かっているの?」
「不正などしていない。数式通りにマナを動かしただけだ」
「数式?」
シェラは不審そうに眉をひそめたが、すぐにフンと鼻を鳴らした。
「まあいいわ。ガイルを倒したあの変則的な術式、確かに目新しかったけれど……。あんなのは実戦では通用しない手品よ。軌道が見えなくても、魔導障壁を全方位に展開すれば防げるわ」
流石は蒼炎団の天才。一晩で対策の結論を出してきたらしい。
だが、俺の並列処理が、二系統の融合に留まると思っているなら、まだ浅い。
「手品かどうかは、これから分かる」
俺は歩き出し、森の境界線を越えた。
[* * *]
演習の課題は、森の中層に生息する野生の獣の捕獲、あるいは討伐。
教官の立ち会いはなく、この演習の成果はすべて魔導具を通じて記録される。
木々の間を静かに進む。
シェラのグレイファングは、鋭い嗅覚で周囲の気配を探っていた。
流石は戦闘特化の幻獣だ。無駄のない足取りで、シェラの斜め前を維持している。
それに比べて、俺の肩のルミナは、時折「きゅい」と小さく鳴くだけだった。
「レン・キリス。本当にそのルミナを連れていくつもり?」
後ろを歩くシェラが、硬い声で話しかけてくる。
「ルミナはⅠランクの幻獣。索敵にも戦闘にも向かないわ。野生の魔獣に襲われたら、真っ先に肉塊になる。……私に守ってもらえるなんて、思わないことね」
「守ってもらうつもりはない。ルミナは俺の相棒だ」
「強がりね。術位が暫定Dに上がったからって、調子に乗らない方がいいわ。学園の常識は、そんなに甘くない」
シェラは強気な言葉を並べるが、その視線はこまめに周囲を警戒している。
口は悪いが、油断はない。エリートとしてのプライドに、確かな実力が伴っている証拠だ。
俺は何も言い返さず、ただ前を見据えた。
歩きながら、脳内ではすでに次の「数式」の構築を始めている。
(【光輝】と【風翼】の並列処理。そこに、さらに【土壁】の質量付与を干渉させる――)
三系統の同時並列処理。
脳が焼けるような負荷がかかるが、思考の手は止めない。
そのとき、前方を歩いていたグレイファングが、ピタリと足を止めた。
背の毛を逆立て、深く、地響きのような唸り声を上げる。
「――来るわ」
シェラが素早く杖を構えた。
その青い瞳が、一瞬で戦闘のそれへと切り替わる。
鬱蒼とした茂みの奥から、嫌なマナの臭いが漂ってきた。
ただの野生の獣ではない。
――ガサリ。
巨大な影が、俺たちの前に姿を現した。
――見ていろよ、学園の上層部。
俺は、肩の上のルミナの羽に、静かにマナを巡らせた。




