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「おい、あれを見ろよ」
「黒根団のFが、なんで蒼炎団のDと……」
早朝の大講堂前。掲示板を取り囲む人だかりから、いくつもの視線が俺へと突き刺さる。
人混みを掻き分けて前へ出た。
白大理石の壁に貼り出されていたのは、一枚の羊皮紙だった。
『新入生術位選定戦・対戦組み合わせ』
その最下段に、俺の名前があった。
レン・キリス(黒根団・F) 対 ガイル・マッカート(蒼炎団・D)
ガイル。昨日、森の小道でルミナの閃光を浴び、地面を這い回っていた男の名前だ。
手元の手帳に目を落とす教官たちの姿が脳裏をよぎる。評価は保留、と言っていたはずだ。
(なるほど。表向きは不審点の調査。本音は、蒼炎団の面子を潰した俺を合法的に叩き潰すための舞台、か)
あからさまな仕込みだった。
だが、俺の胸に湧いたのは、冷ややかな怒りだけだった。
「おいおい、初戦から蒼炎団のDランクと一騎打ちかよ。不運だな、お前」
背後から、不意に快活な声が飛んできた。
振り返ると、赤髪を短く刈り込んだ少年が立っていた。
胸元には、体育会系と幻獣戦闘に特化した紅牙団のバッジが光っている。
「俺はガイ。ガイ・ラングレーだ。昨日の訓練場の閃光、後ろで見てたぜ」
ガイは白い歯を見せて笑い、俺の肩のルミナを見た。
その目に、周囲の連中のような蔑みはない。ただ純粋な、戦いへの熱だけがある。
「あのガイルって奴、素行は最悪だが【炎閃】の扱いだけは一丁前だ。Fランクのまま挑めば、大怪我じゃ済まないぞ」
「忠告、感謝する」
「ま、お前がただのFだとは誰も思ってないけどな。期待してるぜ、黒根団の異邦人」
ガイは俺の肩をぽんと叩き、人だかりの向こうへと去っていった。
周囲の囁き声を背中で受けながら、俺もまた、掲示板の前を離れた。
[* * *]
黒根団の寮に戻ると、ミア先輩がリビングの古書の山から顔を覗かせた。
「あ、レン君。掲示板、見たよ。学園の上層部も陰湿だよね。実質、レオードたち蒼炎団からの『お仕置き』みたいなものだよ、あれ」
「想定内だ。むしろ、公式に術位を上げる機会ができて都合がいい」
「相変わらず肝が据わってるなぁ。……で、何か策はあるの?」
ミアが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。
「数式の最適化を、もう一段階進める」
俺はそれだけ言い残し、二階の自室へと引きこもった。
ベッドの上にルミナを下ろす。
ルミナは「きゅい?」と首を傾げ、俺の手のひらにすり寄ってきた。
「ルミナ。次は、ただ出力を上げるだけじゃ足りない」
ガイルは昨日、俺に術式を妨害された。当然、次は対策を練ってくる。
直線の光線だけでは、魔導障壁などで防がれる可能性がある。
俺は指先をルミナの額に触れ、意識をその体内へと潜らせた。
脳裏に展開される、ルミナの魔法回路。
最適化された【光輝】の数式。
そこに、俺自身のマナからもう一つの系統を割り込ませる。
全系統に微適性を持つ、散在型の真価。
(【光輝】の数式を展開しつつ、同時に【風翼】の数式を並列で走らせる)
前世の言葉で言えば、マルチスレッド処理。
一つのプロセッサで、二つのプログラムを同時に、かつ干渉させずに実行する。
この世界の魔法使いは、一つの系統を極めることに終始する。だから、異なる系統を同時に、それも数式レベルで融合させるという発想がない。
【光輝】のエネルギーに、【風翼】のベクトル制御を上書きしていく。
光の弾道に、質量と指向性を与えるための計算。
脳の芯が熱くなる。
前世の、深夜までプログラミングに没頭していたときの感覚。
(定数を固定。変数の同期、完了。……いけ)
俺のマナが、ルミナの体内で二つの異なる回路を同時に駆動させた。
ルミナの翼から、小さな光の球が放たれる。
それはまっすぐに飛んだ後、空間の何もない場所で、直角に軌道を曲げた。
パシッ、と部屋の木製の標的に命中する。
ただの光ではない。風の圧力を伴った、目視不可能な速度の変則弾。
「きゅいっ!」
ルミナが、自分の成し遂げた現象に羽を震わせて喜んでいる。
「よし。これなら、どんな盾も意味を成さない」
指先でルミナを撫でる。
手応えはあった。数式は、今回も完璧に機能している。
[* * *]
午後。新入生術位選定戦の会場となる、第二闘技場。
周囲の観客席は、蒼炎団を筆頭とする上級生や新入生で埋め尽くされていた。
その大半が、黒根団の落ちこぼれが惨敗する瞬間を見物しに来た連中だ。
「これより、黒根団所属レン・キリス、対、蒼炎団所属ガイル・マッカートの試合を行う」
審判の教官の声が、拡声の魔導具を通じて響き渡る。
対面。石造りのリングの上で、ガイルが杖を構えて待っていた。
その目は赤く充血し、隠しきれない殺気が漏れ出ている。
昨日の屈辱を、大衆の前で晴らす。その硬い決意が、杖を握る指先の白さから伝わってきた。
「おい、ゴミクズ。昨日はよくもやってくれたな」
ガイルが低く、濁った声で囁く。
「今日は手加減なしだ。お前とその肩の生意気な小鳥を、灰も残さず焼き尽くしてやる」
俺は何も答えず、ただ静かに右手を下ろした。
肩の上のルミナが、低く羽音を立てる。
観客席の最前列。
レオードが、冷ややかな笑みを浮かべてこちらを見下ろしているのが見えた。
その少し離れた場所には、シェラが腕を組み、鋭い視線をこちらに注いでいる。
誰もが、俺の敗北を疑っていない。
――それでいい。
「――試合、始め!」
審判の手が振り下ろされた。
ガイルの杖の先端が、爆発的な紅蓮の炎に包まれる。




