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「おい、そこで止まれ」
放課後、黒根団の寮へと続く薄暗い森の小道。
前方を塞ぐように、三人の影が立っていた。
昼間の訓練場にいた、レオードの取り巻きたちだ。
その目は一様に血走り、手にはすでに剥き出しの杖が握られている。
「実技での不審な点について、少し詳しく聞かせてもらおうと思ってな」
リーダー格の男が、じりじりと距離を詰めてくる。
その背後で、別の男がすでに術式言語を呟き始めていた。
大気中のマナが、急速に熱を帯びていく。
警告も、前触れもない。本気の【炎閃】だ。
「消えろ、不正のゴミが!」
放たれた火球が、容赦なく俺の顔面へと迫る。
俺は動かなかった。
肩の上のルミナも、羽一つ動かさない。
ただ、脳内でクロックを限界まで跳ね上げる。
迫り来る火球。その周囲に展開されている、稚拙で、無駄だらけの魔力数式を凝視した。
(【炎閃】・第一術式。構成変数、二十四。……熱量の維持にリソースを割きすぎて、構造がスカスカだ)
現代日本の理系高校生として培った、論理的思考。
俺の目には、その火球が「バグだらけの欠陥プログラム」にしか見えない。
俺は右手を伸ばし、人差し指を火球の先端へと突き出した。
体内の、6つに等分された極小のマナ。そのうちの【水流】のパルスを、ほんの一滴だけ、相手の数式の「脆弱性」へと流し込む。
パチン、と。
乾いた音が響いた。
「な……っ!?」
男たちの目が驚愕に染まる。
俺の指先に触れた瞬間、猛烈な勢いだった火球は、まるで最初から存在しなかったかのように霧散した。
熱風すら残らない。ただの、不発だ。
「魔法が……消えた? 何をした!?」
「出力係数の設定ミスだ」
俺は静かに歩を進める。
「魔力を込める位置が三歩早い。だから、外部からのわずかなノイズで全体の均衡が崩れて自壊する。……基礎からやり直せ」
「ふざけるなッ!」
リーダーの男が逆上し、杖を振り上げる。
だが、遅い。
「ルミナ」
短く呼ぶ。
肩から飛び立ったルミナが、男たちの頭上で翼を広げた。
キィィィン、と。
鼓膜を刺すような高周波の音が森に響く。
次の瞬間、視界のすべてが純白の光で埋め尽くされた。
ルミナの光輝マナを、光の「波長」と「振幅」を最適化して放った、超高出力の閃光弾。
「ぎゃああああああっ!?」
「目が、目があああっ!」
男たちが悲鳴を上げ、杖を取り落として地面に転がった。
涙を流し、視界を奪われてのたうち回っている。
容赦をする気はなかった。実戦なら、すでに全員首が飛んでいる。
俺は、転がる男たちを踏み越えるようにして、歩みを再開した。
ルミナがパサリと肩に戻り、何事もなかったかのように首をすり寄せてくる。
「そこまでにしなさい、黒根団の」
冷徹な声が、木々の間から降ってきた。
立ち止まり、視線を向ける。
大樹の影から姿を現したのは、蒼炎団の制服を着た少女。
昼間の訓練場で、俺を凝視していたもう一人の天才――シェラ・アムフォードだった。
彼女の足元には、一頭の巨大な狼型の幻獣が控えている。
【グレイファング】。
荒々しいマナを放ち、鋭い牙を覗かせて俺を威嚇していた。
「……見ていたのか」
「ええ。彼らがあなたを待ち伏せするのを見かけたから、止めに入ろうとしたのだけれど……。どうやら、余計な世話だったみたいね」
シェラは、地面で悶絶する男たちを一瞥し、すぐに俺へと視線を戻した。
その青い瞳の奥には、隠しきれないほどの警戒心と、底知れない好奇心が揺らめいている。
「あなた、何をしたの?」
「何もしない。自滅しただけだ」
「嘘を言わないで。私の目は誤魔化せないわ。あなたは、詠唱も術式言語の展開もなしに、彼の魔法を『消した』。……そんな芸当、ただの術位Fができるはずがない」
シェラが一歩、前に踏み出す。
それに連動して、グレイファングが低く唸り声を上げた。
漂う緊張感が、さっきの取り巻きどもの比ではない。本物の強者の気配だ。
「これ以上、詮索するな」
俺は、感情を排した声で告げた。
これ以上の目立ちは、今の俺にはリスクでしかない。
シェラは、俺の態度にわずかに眉をひそめたが、すぐにふっと冷たい笑みを漏らした。
「いいわ。今は引いてあげる。でも、覚えておきなさい、レン・キリス」
彼女は、俺の肩のルミナへと視線を走らせる。
「学園の頂点にいる蒼炎団の連中は、プライドの塊よ。今日のあなたの『バグ』を、レオードがいつまでも黙って見過ごすと思わないことね」
シェラはそれだけ言うと、グレイファングを伴って森の奥へと消えていった。
静寂が戻った小道で、俺は自分の手のひらを見つめた。
(レオード、か)
受けて立つさ。
この世界の歪んだ常識ごと、俺の数式で叩き潰してやる。
翌朝、学園の掲示板の前で、これまで以上の大きな人だかりができていた。




