3
次は明日の20時に
エルディア魔法学院の第一訓練場は、熱気に包まれていた。
すり鉢状の広大な敷地の中央に、いくつかの石造りの標的が並べられている。
今日の授業は、各団合同の初等実技。
新入生たちが自らのマナを試し、競い合う最初の舞台だ。
「次、レオード・ブレイム」
担当教官の声に、金髪を揺らしたレオードが前に出る。
彼が軽く手をかざすと、大気中のマナが急速に凝縮された。
――炎閃・第一術式。
呪文の詠唱すらない。
放たれた紅蓮の火球が、一直線に標的の石柱へと着弾する。
激しい爆音と共に、頑丈な石柱が粉々に砕け散った。
「素晴らしい。やはり術位A、申し分のない威力だ」
教官の賞賛に、周囲の蒼炎団の生徒たちが歓声を上げる。
レオードは当然と言わんばかりに、傲然と胸を張って列に戻っていった。
すれ違いざま、彼は俺の肩に乗るルミナを一瞥した。
「おい、次はあの術位Fの番だぞ」
「最弱の幻獣を連れて、何をする気だ?」
ひそひそ話というには、あまりにも大きな声が鼓膜を叩く。
向けられるのは、侮蔑と、一握りの好奇の視線。
「次――レン・キリス。前へ」
教官の声に澱みはない。ただ、その目には早く終わらせたいという退屈の色が混じっていた。
俺は、静かに歩みを進めた。
左肩のルミナが、俺の首筋に小さなくちばしを寄せる。
かすかな体温が、緊張を心地よい集中へと変えていく。
「レン・キリス。お前のマナ量では、通常の攻撃術式は発動すらしないはずだ。……その幻獣に指示を出すか?」
教官の問いに、俺は短く頷いた。
「ルミナ、行け」
肩から飛び立ったルミナが、訓練場の中央、新たな石柱の前でホバリングする。
パサパサと白い羽をはためかせる姿は、猛者たちの集まる訓練場において、どう見ようと場違いだった。
「ハハッ、本当にあの小鳥で戦うつもりかよ!」
「せいぜい、石柱を明るく照らして終わりだな」
背後で、蒼炎団の笑い声が弾ける。
俺は、彼らの声を意識の端に追いやった。
ルミナをじっと見つめ、体内のマナを駆動させる。
6つの系統に等分された、極小の輝き。
それを、頭の中の数式に落とし込んでいく。
(ルミナの回路への接続。マナのパルスを同調――最適化シーケンス、開始)
昨日、寮の部屋で書き換えたルミナの魔法回路。
その未完成だった数式に、俺の散在型マナがぴったりと噛み合う。
パズルの最後のピースが埋まるように、ルミナの体内でマナの激流が生まれた。
「きゅい――」
ルミナの琥珀色の瞳が、鋭く輝く。
その小さな体から溢れ出たのは、昨日を遥かに凌駕する、圧倒的な光輝のマナだった。
訓練場全体の空気が、一瞬で凍りつく。
笑い声が、文字通り消え失せた。
「なんだ、あのマナの密度は……!?」
誰かの驚愕の声。
俺は、ルミナに向けて静かに命じた。
「貫け」
術式言語の詠唱はない。
ただ、最適化された数式が現実を侵食する。
ルミナの翼から放たれたのは、ただの光の球ではなかった。
極限まで圧縮され、レーザーのように収束した純白の熱線。
閃光が、訓練場を真っ二つに切り裂いた。
直撃。
音すらなかった。
次の瞬間、轟音と共に石柱が爆発する。
いや、爆発ではない。
熱線の通った中心部が、綺麗に円形に蒸発し、周囲の破片が衝撃波で吹き飛んだのだ。
もうもうと立ち込める白い煙。
その向こう側には、根元だけを残して完全に消滅した標記の残骸があった。
訓練場を、完全な静寂が支配する。
教官は手元の手帳を落としたことすら気づかず、口を開けたまま固まっていた。
レオードの顔からは、先ほどまでの余裕が完全に消え失せ、信じられないものを見る目で標記の跡を凝視している。
パサリ、と羽音が響いた。
役目を終えたルミナが、何事もなかったかのように俺の肩に戻ってくる。
「きゅい」と満足げに鳴き、俺の髪に頭をすり寄せた。
「……お疲れ、ルミナ」
指先で小さな頭を撫でる。
周囲の驚愕など、俺たちには関係ない。
「な、何かの間違いだ! あんな最弱の幻獣に、そんな出力があるわけがない!」
蒼炎団の列から、取り巻きの一人が悲鳴のような声を上げた。
「そうだ、幻獣の暴走か、あるいは何かの魔導具を隠し持っていたんだろ!」
現実を受け入れられないエリートたちが、口々に騒ぎ立てる。
レオードは何も言わず、ただ拳を血がにじむほど強く握りしめていた。
教官が我に返り、咳払いをする。
「……あ、足元の標的を破壊した。しかし、幻獣の制御に不審な点があるため、今回の評価は保留とする。レン・キリス、列に戻れ」
やはり、素直に認める気はないらしい。
この学園の評価システムは、底が浅い。
だが、それでいい。
俺は何も言わず、踵を返して黒根団の列へと歩いた。
そのとき。
周囲の喧騒から少し離れた場所で、一人の少女が俺をじっと見つめていることに気づいた。
蒼炎団の制服。
凛とした佇まいに、冷徹なまでの青い瞳。
レオードと並ぶもう一人の天才――シェラ・アムフォードだった。
彼女は、俺の肩のルミナ、そして俺の顔を、値踏みするような鋭い視線で射抜いていた。
――面白くなってきた。
俺は、視線を逸らさずに自分の位置へと戻った。




