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落ちこぼれ転生者の幻獣日誌 ~術位Fの異邦人、エリートどもの常識を塗り替える~  作者: じょな


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2


 エルディア魔法学院の敷地は広い。

 大講堂から離れ、整備された石畳が途切れる頃には、周囲の建物の質が明らかに落ちていた。


 向かう先は、学園の最果て。

 鬱蒼とした森の手前に佇む、蔦の絡まった古い洋館が黒根団(くろねだん)の寮だった。


 パサリ、と肩の上で羽音がする。


 ルミナが、俺の首筋に小さなくちばしを寄せてきた。

 くすぐったい。指先で軽く突つくと、嬉しそうに目を細める。


「お前、本当に物好きだな」


 話しかけても、ルミナは「きゅい」と短く鳴くだけだ。

 だが、その体温は確かに温かい。


「おい、待ちやがれ。術位F」


 背後から、不躾な声が飛んできた。


 振り返ると、そこには見覚えのあるローブを着た男が三人立っていた。

 胸元には、誇らしげに蒼炎団(そうえんだん)のバッジが光っている。レオードの取り巻きたちだ。


「何の用だ」


「用があるから呼んでんだよ。おい、その肩に乗ってるルミナをこっちに渡せ」


 中央の男が、顎でルミナを指さす。


「それは学園の備品だ。測定の補助用として管理されているものを、お前みたいな灰人一歩手前が私物化していいわけがないだろ」


「測定官からは何も言われていない。不服なら、魔法評議会(まほうひょうぎかい)にでも書類を出してくれ」


 俺は、足を止めずにそう返した。

 まともに相手をするだけ時間の無駄だ。


「てめえ、誰に向かって口を利いてる!」


 男の一人が、色めき立って懐に手を伸ばす。

 マナの気配が、わずかに膨らんだ。


 俺は歩みを止め、彼らをまっすぐに見据えた。

 手のひらに、体内のマナが集まる。

 6つの系統に等分された、極小に見えるマナ。

 しかし、その本質は――。


 ピシリ、と空気が張り詰める。


「……チッ、やめとけ。こんなゴミを相手にして、こっちの術位が下がったら割に合わん」


 リーダー格の男が、連れの肩を掴んで抑えた。

 彼らは俺を蔑むような目で見捨て、吐き捨てる。


「どうせ明日からの実技授業で、自分の身の程を知ることになるんだ。せいぜい、その最弱の小鳥とおままごとでもしてろ」


 男たちは、嘲笑を残して去っていった。


 俺は、引いた右手の拳を静かに開いた。

 奥歯の裏に残る不快感を、息と一緒に吐き出す。


(今に見ていろ)


 感情を言葉にする必要はない。

 ただ、結果で黙らせる。それだけだ。


[* * *]


 黒根団の寮の扉は、きしんだ音を立てて開いた。


 中は、外観以上の惨状だった。

 床から天井まで、溢れんばかりの古書や壊れた魔導具の山。

 整理整頓という言葉は、この寮には存在しないらしい。


「うわっ、ちょっと待って。そこ、踏まないで」


 本の山の陰から、一人の少女が飛び出してきた。


 大きなとんがり帽子を斜めに被り、衣服のあちこちにインクのシミをつけている。

 黒根団(くろねだん)の先輩、ミア・ソルテだった。


 ミアは俺の顔を見ると、すぐにその視線を俺の左肩へと移した。

 その瞬間、彼女の大きな目がさらに見開かれる。


「嘘……ルミナ。それも、完全に絆結び(きずなむすび)の一歩手前じゃない。なんでそんなにべったり懐いてるの」


「さあ。測定のときに、勝手に乗ってきた」


「勝手にって、あり得ない。ルミナは警戒心が強くて、普通はマナの量が多いエリートにしか興味を示さないのに。君、名前は」


「レン・キリス。今日からここでお世話になる」


「レン君ね。私はミア・ソルテ。一応、ここの先輩。……ねえ、そのルミナ、ちょっと触らせて」


 ミアがにじり寄ってくる。

 だが、彼女の手が近づいた瞬間、ルミナは威嚇するように小さな羽を逆立てた。


「きゅーっ」


「ほら、やっぱり。私にはあんなに怒るのに、君の首にはすり寄ってる。……不思議。君、マナの系統は何」


「散在型だ。術位はF」


 その言葉を聞いた瞬間、ミアは一瞬だけきょとんとした。

 しかし、すぐに納得したように顎に手を当てる。


「あー、なるほど。散在型。すべての系統にマナが散らばってるから、測定器には極小としか出ないやつね。でも、だからこそ幻獣には――いや、これ以上は私の研究領域か」


 ミアは一人でぶつぶつと呟くと、ぽんと俺の背中を叩いた。


「歓迎するよ、レン君。ここは変わり者の集まりだから、術位なんて誰も気にしない。部屋は二階の突き当たり。好きに使って」


[* * *]


 案内された部屋は、狭いが最低限の家具は揃っていた。

 窓からは、学院の裏に広がる深い森が見える。


 俺はベッドに腰掛け、ルミナを木製の机の上に下ろした。

 ルミナは机の上をトコトコと歩き、こちらをじっと見つめている。


「さて。お前の構造を見せてもらうぞ」


 俺は指先を伸ばし、ルミナの小さな額に触れた。


 意識を集中させる。

 前世の理系知識、そのすべてを脳内に展開する。


 この世界の術式言語(じゅつしきげんご)は、ただのプログラムだ。

 ならば、幻獣の体内にある魔法回路もまた、一種の数式として翻訳できるはず。


 じわり、と俺のマナがルミナの体に流れ込む。

 6つの系統に等分されたマナが、ルミナの持つ【光輝】の回路と接触した。


 脳裏に、複雑に絡み合った光の数式が浮かび上がる。


(――ひどいな、これは)


 一見して、無駄の多さに頭痛がした。

 定数の設定が不正確で、マナの伝達効率が著しく悪い。

 この世界の人間が「最弱の幻獣」と呼ぶ理由が分かった。

 ルミナが弱いのではない。ルミナの持つ初期の数式が、あまりにも未完成なのだ。


(ここをこうして、変数を最適化すれば……)


 俺は、脳内の数式を書き換えていく。

 前世で学んだ、論理的で最も美しい最適化のアルゴリズム。


 書き換えた数式に沿って、俺の微弱なマナをルミナの回路へと滑り込ませる。


 その瞬間。


 ルミナの体が、小さな太陽のように輝いた。


 ただの明かりではない。

 大講堂でレオードが見せた蒼い光とは異なる、どこまでも透き通った、純白の光。

 部屋の隅々までが、昼間よりも鮮やかに照らし出される。


「きゅい……っ」


 ルミナが、驚いたように自分の羽を見つめている。

 その瞳に、知性の光が宿るのが見えた。

 マナの出力が、先ほどまでの数倍に跳ね上がっている。


 光が収まると、ルミナは勢いよく俺の指先に飛びつき、嬉しそうに甘噛みを始めた。

 チクチクとした痛みが、心地いい。


「……これなら、いけるな」


 確信が、胸の中で形になる。


 エリートどもがゴミと笑った散在型のマナ。

 そして、最弱と見下したⅠランクの幻獣。


 この組み合わせが、どれほどのバグを引き起こすか。

 それを証明してやる。


 翌日、学院での最初の実技授業が始まろうとしていた。

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