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やっと仕事が落ち着き新しく書いてます。
「レン・キリス。マナ量――極小。……術位、F」
測定官の、ひどく平板な声が大講堂に響いた。
壇上に据えられた巨大な魔水晶は、かすかに濁った灰色に煤けている。
まばゆい光を放つ他の生徒たちのときとは、明らかに違っていた。
周囲から、忍び笑いのようなざわめきが降ってくる。
「Fだってよ。そんな奴、本当にいたんだな」
「マナ極小って、一般人と何が違うんだ?」
「灰人の一歩手前だろ。よくエルディア魔法学院の門をくぐれたな」
向けられる視線は、どれも一様に冷たい。
憐れみすら混じらない、ただの「異物」を見る目だ。
俺は、魔水晶から静かに手を離した。
手のひらに残る、かすかな冷気。
奥歯を噛み締めた。それだけだった。
「下がれ。時間の無駄だ」
測定官が、手元の書類に短くペンを走らせる。
名前の横に、大きく『F』の文字が刻まれるのが見えた。
歩を進め、階段を降りる。
すれ違いざま、一人の少年が俺の肩を強く叩くようにして壇上へ上がっていった。
レオード・ブレイム。
整った金髪を揺らし、仕立ての良いローブを翻す。
この世代の筆頭、蒼炎団の首席候補だ。
「……フン」
すれ違う一瞬、彼が鼻で笑うのが聞こえた。
言葉すら交わす価値がない。その背中が、そう語っていた。
彼が魔水晶に手を触れた瞬間、大講堂が割れんばかりの蒼い光に包まれる。
測定官の顔色が一変した。
「マナ量、極大! 術位、A! 系統は――【炎閃】!」
地鳴りのような歓声が沸き起こる。
さっきまでの冷ややかな空気は、跡形もなく吹き飛んでいた。
俺は、壁際に身を寄せ、その光景をただ眺めていた。
胸の奥が、冷たい水に浸されたように冷えていく。
だが、視線は外さなかった。
[* * *]
転生したときから、この世界の仕組みには違和感しかなかった。
前世は、日本のしがない理系高校生だった。
事故か病気か、気づいたときにはこの「エルディア」という世界で、レンという名の子どもになっていた。
魔法がある世界。
それに胸を躍らせなかったと言えば、嘘になる。
古びた本を開き、術式言語と呼ばれる呪文を必死に学んだ。
だが、この世界の人間が「神の奇跡」と呼ぶその言語は、俺の目にはまったく違うものに見えていた。
(あれは、呪文じゃない。ただの数式だ)
マナを燃料とし、特定の現象を引き起こすための、極めて論理的なプログラム。
この世界の住人は、それをただの「丸暗記」で使っている。
構造を理解せず、感情や血筋に頼って魔法を放っている。
だから、俺の体質についても、誰も本質を見抜けなかった。
(俺のマナは、少なくなんてない)
前世の知識を総動員して、自分の体内を解析した。
俺のマナは、一箇所に集まっていないだけだ。
【炎閃】【水流】【土壁】【風翼】【光輝】【幻影】。
この世界の魔法を構成する6つの系統、そのすべてに、俺のマナは完全に等分されて散らばっている。
専門用語で言えば、散在型という希少体質。
一つの器に注げば並み以上の量になる。
しかし、一つの系統だけを測定する今の魔水晶では、6分の一の数値――つまり「極小」としか出ない。
(等分されているから、どの系統の術式も出力が足りずに発動しない。だから、術位F)
納得はしている。
理屈は分かっている。
だが、それで納得してやるほど、俺のプライドは安くない。
[* * *]
全員の測定が終わり、配属のための時間が始まった。
エルディア魔法学院には、4つの寮が存在する。
エリートが集う蒼炎団。
協調を重んじる白翼団。
戦闘特化の紅牙団。
そして――。
「レン・キリス。お前は黒根団だ。……荷物をまとめて移動しろ」
通告は、それだけだった。
黒根団。研究肌と言えば聞こえはいいが、要するに落ちこぼれや変わり者の隔離部屋だ。
「おい、見ろよ。やっぱり黒根団だな」
「お似合いだ。あそこなら、灰人と変わらない研究でもしてればいい」
通り過ぎる生徒たちの陰口が、耳を刺す。
俺は何も言わず、ただ前を見て歩いた。
そのときだった。
講堂の天井近く、測定官の机の横にとまっていた一羽の幻獣が、突然羽音を立てた。
【ルミナ】。
手のひらに乗るほどの小さな、光を放つ鳥型の魔法生物。
初心者向けの、最もありふれたⅠランクの幻獣だ。
学園が測定の補助用として飼育しているものだろう。
「おっと、どうしたルミナ。大人しくしていろ」
測定官が手を伸ばすが、ルミナはそれをすり抜けた。
小さな白い翼をはためかせ、講堂の空をまっすぐに滑空する。
「おい、こっちに来るぞ!」
「綺麗だな……。ほら、おいで」
蒼炎団の生徒たちが、競うように手を差し伸べた。
幻獣に好かれることは、それだけで魔法使いとしてのステータスになる。
レオードすらも、わずかに目を細めて片手を差し出していた。
だが、ルミナはそのすべてを無視した。
エリートたちの頭上をまたぎ、一直線に向かってくる。
その軌道の先には――俺がいた。
「え……?」
誰かの、間の抜けた声が聞こえた。
パサリ、と。
かすかな羽音と共に、俺の左肩に柔らかな重みが加わった。
ルミナだった。
小さな爪で俺のローブをしっかりと掴み、首をすり寄せてくる。
じわりと、温かい体温が伝わってきた。
講堂全体が、水を打ったように静まり返る。
「なぜ、あいつに……?」
「幻獣が、術位Fのゴミに懐くなんて、あり得ないだろ」
ざわめきが、戸惑いと不快感に変質していく。
俺は、肩の上の小さな命を見つめた。
ルミナの、つぶらな琥珀色の瞳が、じっと俺を見返してくる。
その瞳の奥に、確かな意志を感じた。
(お前には、視えているのか)
この世界の人間には分からない、俺の体内のマナの「構造」が。
6つの系統が美しく循環している、その流れが。
「……フン、馬鹿馬鹿しい」
静寂を破ったのは、レオードの冷笑だった。
彼は俺を一瞥し、吐き捨てるように言った。
「ただのルミナだ。戦力にもならない、明かりを灯すだけの最弱の幻獣。落ちこぼれには、その程度の雑魚がお似合いだということだろう」
その言葉に、周囲の生徒たちが同調するように笑う。
張り詰めていた空気が、一気に弛緩した。
なんだ、ただの気まぐれか。そんな安堵が講堂を満たしていく。
俺は、何も言い返さなかった。
ただ、ルミナの背を、指先でそっと撫でた。
ルミナは、心地よさそうに目を細め、小さく鳴いた。
言葉なんて、今は必要ない。
黒根団の寮へ向かうため、俺は歩き出した。
背後に残る、エリートたちの嘲笑を置き去りにして。
胸の奥で、静かに、だが確実に熱いものが灯っていた。
前世の知識。6つの系統に分散したマナ。そして、俺を選んだこの幻獣。
(数式は、嘘をつかない)
この世界の「常識」がどれほど強固でも、関係ない。
すべてを解析し、書き換えてやる。
――見ていろよ、レオード。
俺の、異世界での戦いは、ここから始まる。




