第13話:並べている時間
夜は、もう知っている。暗さも、冷えも、音の少なさも。それでも同じ夜ではない。ハワーは横になっている。呼吸が浅い。速い。アダムはそばにいる。動かない。位置を変えない。
ハワーが、小さく。
「……来てる。前より早い。でも騒がない。何が来るか分かってるから、その分怖い。前は分からないまま流れたけど、今は先に見える感じがする」
アダムはすぐ返す。
「……分かる。でも今回は違うな。前みたいに慌てなくていいし、何するかも見えてる。準備はいらない。ただここにいる。動かない。それでいい」
ハワーが息を整えながら。
「……うん。そばにいて。離れないで。今はそれだけでいい。前は触れなかったけど、今は触れるし、自分で確かめられる。でも全部は分からない」
アダムが低く。
「……全部分からなくていい。分かるところだけで十分だ。前はそれもなかった」
ハワーが、かすかに笑う。
「……そんなこと、前は言わなかったわね」
「……言えなかった」
呼吸が強くなる。ハワーが、息の合間に。
「……前も怖かった。でも今は違う。何が起きてるか分かる分、逃げ場がない感じがする。でも一人じゃないのも分かってる。途中で分からなくなって止まる感じはない。ただ、見えたまま進むのが、少し怖い」
アダムは視線を外さない。
「……ああ。でも今回は違うな。前は分からないまま受けてたけど、今は見えてるし、そのまま受けてる。さっきのも短かったし、すぐ収まった。間も空かなかったし、片方だけ長く引くこともなかった」
ハワーが呼吸を整えながら。
「……うん。同じじゃない。でも同じにしなくていい。二回目だから、体も動きも前のままじゃない。今のほうが無理がない。このほうが続く」
アダムが、ゆっくりうなずく。
「……ああ。二度目だな。受け方も、動き方も、もう前とは違う」
静けさが戻る。夜は同じように過ぎていく。でも二人は、もう同じ場所にはいない。同じことが起きているのに、受け方も、動きも、全部変わっていた。
夜は途切れず、そのまま続いていた。終わったとは言えない。でも一つは、確かに越えている。ハワーの呼吸が戻っていく。浅いが、乱れてはいない。
アダムは動かない。ただそこにいる。
「……大丈夫か。さっきのは越えたな。呼吸も戻ってるし、もう乱れてない」
ハワーが少し遅れて。
「……うん。終わった。でも終わりじゃない感じもある。まだ続く気がする」
静けさが落ちる。その直後。
「あ」
高い声。今までと違う位置。すぐ、もう一つ。さらに別の場所からも重なる。
「あー……」
「あ」
「あー……!」
アダムが顔を上げる。
「……待て、これさっきの二つじゃないな。増えてる。場所も違うし、声も別だ」
ハワーが一瞬で見る。
「……うん。さっきの二人に、もう二人来てる。今、四人になってる」
泣き声が重なる。ずれて、ぶつかる。アダムが両手を見る。
「……手、全然足りないな。二人でもギリギリだったのに、四人は回せない。順番決めても、その間にもう一つが強くなる」
ハワーが即座に。
「……順番じゃない。一組ずつ取る。今強いほうから拾って、一つ落ち着かせてから次に回す。全部一気には無理」
泣き声が一段強くなる。
「あーっ!」
「あー……!」
「あ!」
「あー……!」
アダムが動く。
「……抱く。まず一つ止める。全部じゃなくていい、強いのから一つずつ減らす」
一人を抱き上げる。すぐもう一つに手を伸ばすが、止まる。
「……重いな。前と同じじゃない。持った瞬間に、もう次が来る」
ハワーがもう一人を引き寄せる。
「……こっち取る。声違うでしょ。こっちは強く泣いてる、あっちはつられてる。今は強いほうから落とす」
アダムが苦笑する。
「……そんな見分けてる余裕あるのか」
ハワーは短く。
「……見ないと取り違える」
泣き声がぶつかる。アダムが状況を見ながら。
「……一つ止まった。でもすぐ次が来るな。全部は無理だ。同時に止めるんじゃなくて、一つずつ減らすしかない」
ハワーがうなずく。
「……うん。一つ落ち着けば、その分手が空く。その手で次を取る。それを繰り返すだけ」
少しずつ、ずれ始める。
「あー……」
「……あ」
アダムが息を吐く。
「……前は二人だったよな。それでも回すの必死だったのに、今は四人同時に来る。止めてもすぐ次が来るな」
ハワーが短く。
「……うん。しかも初めて。やり方もまだ固まってない」
一瞬、間。アダムが笑う。
「……初手で四人はきついな。でもやるしかない。順番じゃなくて流れで拾うしかない」
ハワーも、わずかに笑う。
「……笑わないと持てない。焦ると全部外す」
また重なる。
「あーっ!」
「あー……!」
泣き声は止まらない。でも少しずつ、ずれていく。一つずつ拾う。一つずつ減らす。全部は無理でも、一つずつなら回る。家の中は、初めて、完全に、いっぱいになっていた。
泣き声は消えない。ただ、重なり方だけが変わる。さっきまでぶつかっていた声が、ほどける。同時じゃない。もう重ならない。手前の二人は、交互に声を出す。一人が泣くと、もう一人は止まる。奥の二人は、眠りきらないまま、浅く呼吸を刻んでいる。
アダムは息を整えながら、一人を抱いたまま、ハワーを見る。
「……今、揃ってないな。さっきみたいに四人が一度に泣いてない。手前は交互で、奥はまだ半分起きてる。全部が一緒に来てないなら、今が一番整えやすいだろ。ここで触りすぎると、また四人とも起きて、声が重なって止められなくなるな」
ハワーは腕の中を見たまま、小さくうなずく。
「……うん。今は触らないほうがいいわね。さっきは泣いた順に拾うしかなかったけど、今は一度落ち着いてるのよね。ここで手を出すと、寝かけてる子まで起きて、また四人とも泣き出すわ。このまま落ち着くのを待つほうがいいわね」
泣き声が短く、切れていく。アダムが視線を落とす。
「……並べるか。このままだと抱きっぱなしで動きが見えないだろ。少し離して寝かせて、動き方見たほうが分かりやすいな」
「……うん。近づけすぎないでよね。体が触れると、片方が動いたときにもう一人も引っ張られるわよ。手が当たらないくらいでいいわ」
二人は、そっと二人を床に寝かせる。距離を少しだけ空ける。触れない。近すぎない。上から、同じ高さで見る。
アダムが、少し息を抜く。
「……似てるな。同じ日に生まれてるし、並べるとほとんど同じに見える。でも見てると違うな。泣き方も止まり方も揃ってない。同じ抱き方して同じように待ってるのに、返ってくる動きが違う」
ハワーが視線を動かす。
「……うん。こっちは短く出してすぐ止まるのよね。こっちは少し溜めてから出す。一回泣き出してから止まるまでの流れも違うし、落ち着く速さも違うわ。今の時点でももう同じじゃないのよね」
アダムが少し前に寄る。
「……同じやり方してるのにな。抱き方も待ち方も変えてないのに、返り方だけ違う。これ、あとでかなり差出るな」
「……出るわね。だから今は決めないのよ。名前も順番もまだいらない。今は並べて見るだけでいいのよね。違いはそのまま出てくるわ」
奥の二人が、ずれて動く。声は出ない。でも目は開いている。アダムが、ふと笑う。
「……じゃあ、お前が先に気づく役だな。こういう細かい違いは全部そっちが拾うだろ。俺はあとでまとめるほうだな」
ハワーも、わずかに笑う。
「……うん、たぶんそうね。私は先に気づくほうで、あなたはあとで整えるほうよね。今はそれでいいわ。同じ見方しなくていいのよ」
四つの体が、それぞれ動く。速さも、間も、全部違う。アダムが、ゆっくり息を吐く。
「……同じ日に生まれても、同じにはならないな」
ハワーが、そのまま続ける。
「……うん。最初から、もう違うのよね」
二人はそれ以上言わない。ただ、二組を、同じ距離で、同じ高さから、見ていた。




