第一章9 『悪性一目惚れ』
―「まただ....」
入学した初日からそれは始まってしまった。
妹とは対極的に、内気で、湿気めいていて、弱々しくおどおどしい所が一人のとある生徒からソレの対象となる要因を占めていた。文具や教材がなくなっているのは今になっては慣れが訪れはじめている。手元にある方が珍しいほどに。今この状況は、自身の上靴がロッカーからすっからかんになった様に『まただ』と何回吐露したかも分からない3文字がその空気に乗った。
陽が出始める時間帯に一人でただ上靴がなく途方に暮れて困っている内気な少女が涙ぐむ。
それでいる内気な少女に一人がまたコツコツと音を立ててやってきた。
「あれぇ〜?テオちゃんじゃん。どしたのぉ?空っぽのロッカー見つめてさぁ」
恐怖という印象のみがテオに焼き付くほどに聞き慣れた声が昇降口に放たれた。小柄でお嬢様とでも思い込んでいるような生意気な一人の少女が小馬鹿にしたような声色で涙を堪える少女をおちょくる。今のテオにとって、もっとも恐怖とする対象が目の前にいる。震えた声で上靴の所在を尋ねてもおちょくりながらとぼけるばかりだった。
「今日も、わかってるよね?」
白髪の前髪から垣間見える蒼の瞳には間違いなくドスが染み付いている。
「ぁ、あの...今は少し急がないといけなくて...」
「は、何それ。アタシとの友情より自分の都合を優先すんの?」
「そ、そんなつもりは...」
「なんて?聞こえないんだけど?もっと人と話すのに適した声量で喋ってくんない?」
「ご、ごめんなさ..」
「もっとヤな事されたいわけぇ?」
「い、ャです....」
「なんて?」
「いやです...チイレちゃん....」
白花チイレの動機はただ一つ。『悪性の一目惚れ』である。
――――――――――――――
旧校舎の2階トイレはチイレにとっての好都合の場。清掃員がくるのは月に1回にも満たない。
ただ声を押し殺してコワイ人に慰みモノにされるのを我慢するしかなかった。ただ物を隠されたり、トゲのないからかいや冷やかしと違って旧校舎での行為は苦痛の3文字が身体の至る所に巻きつけられるほどに胸が傷んでいた。
「や、ゃめてください....」
ベタベタと身体の至るところを触られる。嫌悪感と恐怖がこの人物と共に顔を見せる。
彼女はそんな制止をムシして貪る手つきで身体を慰めた。放課後の活動に勤しむ学生たちの黄色の声が旧校舎のトイレにいる二人にも把握できるほどに届いている。チイレはしばらくコトを終えて先程の制止に対する遅い返答をした。
「あんた。んな事言ってダイジョウブ?この前の写真。どーしよーかなぁ?」
「ぁ..ぅう...」
「アタシ以外にもあんたと遊び相手になりたい娘いっぱいいるんだよ?あの写真の需要は計り知れないね」
「....ぁれはただの盗撮です...」
「うるせぇよ」
「ゔッ!!....」
腹部に拳という返答がきた。彼女は蒼くも赤い目つきでテオの苦しむ表情を見つめた。その表情を見て彼女は少し口角を上げて歓喜の目つきでまた腹部に拳を振り下ろす。
「ペットが飼い主様に歯向かっちゃだめでしょ?んー躾が足りなかったかなぁ?」
「ご、ごめんなさ....ゔゥぅ..ひっぐ.....」
「泣いちゃった」
「ゔぐ...ッ!!!」
苦しむテオの様とその泣き顔にさらに狂気を含めた喜びをテオに吐きつける。テオはただ6文字を小声で震えながらにして返し続けてコトの終わりをはやくはやくと血に染めて待ち望んだ。
「潔白を謳うサンクチュエール生なんだから、アタシとの友情も潔白のままで保とうよ!ねー!テオちゃん。じゃ、また明日」
個室に腹部を抱えて涙を流して啜り泣く少女が一人取り残された。歩く音が遠ざかる中で通知音が耳に入る。スマホを見返すと「どうしたの?」「何かあった?」のメッセージが並んでいる。送り主は妹と別の先輩。去り際にトイレのゴミ箱に目をやると自身の上靴があった。
――――――――――――――
「おねぇちゃん?お腹いたいの....?」
「だ、大丈夫...気にしないでテオ...」
「テオ、何かあった?」
「大丈夫です...すみれさん...」
3人が対面したあの駅のホームで腹部を摩るテオをみて二人が心配の声をかけた。すみれ以上に妹のアヨはより強い心配を見せていた。腹部を摩るテオよりも深刻で怪訝な顔つきで何があったかを尋ねるもアヨは同じ返答しかしなかった。すみれは正直に話して欲しいとだけ言ってホームから去っていった。
「おねぇちゃんてさ...もしかしてだけど...なんか嫌がらせとかされてたりしない?....クラス別だからそこでのおねぇちゃんの様子とかわかんないし...」
「ほんとに...大丈夫だから....心配..しないで...ごめんね」
「でも...やっぱり、何か隠してる事あるよね...」
「ないよ...アヨ...本当に...なにもないから...」
「おねぇちゃんに隠し事なんてできる訳ないよ...しかもウチに...だから正直に話して...!」
「...ないから....!!!!」
「おねぇちゃん....?」
「あ、そその...ごごめん...とにかく隠し事なんてしてない...ただ腹痛だから...わ、わたし先に帰るね.....」
「おねぇちゃん....」
おねぇちゃんがあそこまで声を張る事はほとんどなかった。
基本はか細くぼそぼそと喋るのがあのおねぇちゃん。
でもあそこで声を張ったってことは。やっぱり隠し事があったんだ。話して欲しいのに....ウチがおねぇちゃんの一番の味方になってあげられるのに、どうしてそれが分かってくれないの.....。
あんなに苦しそうにしてるおねぇちゃん見たくないよ..
ホームの物陰から一人がこう呟いた
「....テオ」
―――――――――――――
「あんたに頼み事があるんだけどさ」
「え!!す、す、すみれちゃんがわ、わわ、わたしに頼み事?!?!?!」
「私の後輩の一人を助けてあげて欲しい」
「コーハイ?前言ってた娘達?いーけど何かあったの?」
「それを知るためにあんたの事象が必要」
「ふーん?ま、いーよ!すみれちゃんの頼みだから喜んで!!すみれちゃんも困ったことあったらいつでもわたしに頼ってね♡」
「頼むとしたら死後になるかな」
校門前の噴水に座って"トモダチ"にこう伝えた。
彼女に隠し事を見つけ出せる確証は本音を言うとなかった。だがあのまま双子を放ってはおけないすみれの薄い良心がそうさせたのかもしれない。あの双子と共に過ごす内にすみれの無気力さが少しづつ豊かになっているような気がしていた。
「すみれちゃんは何で助けてあげたいの?」
「え?」
思いもよらない疑問がミユリから投げかけられた。
不思議なことに何故助けようとしたのか自身でもその理由だとか訳、心当たりが見当たらなかった。
はっきり言ってしまえば双子間の問題で自身は蚊帳の外で無関係。介入する義理なんてないはずなのに。
噴き出る噴水の水と共に考え込む時間が流れる。
ミユリは何となくで訊いてみただけと言うもすみれにとっては何となくではとどまらない疑問だった。
必死に辻褄をキライな考え事をして探った。
あの双子に不仲になって欲しくないとか、可哀想とか、仮の理由を立てるもなんだか納得はいかない。
間違いではないけど、それが助けたい理由のドンピシャではない。
「すみれちゃんも同情心とかあったんだねぇ」
「私もイヤでも人間だし」
談笑する中で噴水から立ち上がりとりあえずの助けたい理由をミユリに向けて「また明日」と共に言い放ってお家に帰る道へ足を向けた。ミユリは一瞬ボケっとした表情を見せてから「また明日」を王蟲返しして笑顔ですみれの後ろ姿を見届けた。
―これも『目的』の一つだと思ったから。
また、なんとなく心でそう呟いた。




