第一章10 『狂愛のジャブ』
暴力表現がございますので苦手な方はご注意くださいませ。
いだい、いだい、いだい...いだいよぉ....
日をどれほど跨いでも悪夢は終わらない。
今となっては馴染みのあると言えてしまう痛みが腹部に次々と突き刺さる。拳は的確に中手骨を腹部にめり込ませるように何度も何度も打ち付けられる。そんな所業を犯している小柄な少女は殴る度にニヤリ、またニヤリと口角をうねらせる。吐瀉物や白く濁る唾液が微量に口内へ吐き出す度にそれを苦虫を潰すよりも引き攣った顔をして飲み込み続ける。人気のない旧校舎の2階の個室にあるのは虐げられれ少女とそれを犯して愉悦に浸る少女、そして腹部への打撃音とそれによる壁のゴツゴツと鳴る衝突音だけだった。
「あ〜あんたってホントいい顔で鳴いてくれるよねぇ〜あんたをここに呼び出す度に疼くんだよね」
「ゔ...ぅ..ぐぁ.....」
「人が喋ってんだからあんたもなんかレスポンスしてよ?それとも何?アタシと喋りたくないっての?」
「ぢ、ちが....んむ゛ぐゥ゛....!!!」
より強打な一撃が返事として腹部へ返される。
その衝撃と未経験なはずの陣痛や出産なんかよりも凌駕すると思い込めるほどの痛みによって、髪を片手で靡かせる少女の目の前でうずくまる。チイレは見慣れたような目つきでうずくまるアヨに大して横からの蹴りを入れ込んでいった。
「いだい...いだい...いだいよぉぉ...やめてよ...チイレぢゃ...ッ!!?」
「るっせーんだよ、あんたはアタシのモンなの。ペットだよ、ペット。飼い主様に歯向かえば歯向かうほどイタイヨイタイヨがもっと酷くなっちゃうよ?」
何かを言う度にしのごの言うアヨに対して怒りと愛情を含んだ接触を続けた。自身の行いが彼女に対して何を意味するか理解されない事に余計にはらわたが煮え繰り返り衝動的にまた手を出す。笑いながら小馬鹿にして自身なりの"フレンドシップ"の意を理解するまで叩き込む気でいた。
「な、なんで、ご、こんなコトする....の..」
「―あんたって....かわいーじゃん?キュートアグレッション的な?」
涙ぐむ少女の真横には威圧に満ちた右足が壁に押し当てられている。少女は涙に犯された声色でナントカカントカ懇願していた。どんな姿でも愛おしくさらに染めたかった。自身の思う色に。邪な欲望と気持ちを隠すようにして普段とは違った穏便な声で丁寧に包むようにそう返す。チイレのとってのアヨは『恋人』でも『ペット』でもなくそれらが入り混じった複雑な感情が"所有物"にしたいと言う奥底の欲望がアヨを瞳に写すたびに強めていた。
自信と僅かな喜びに染まった表情で右手を泣き喚く少女の顎につかせて左手で滴る涙を掬う。それを口に含んでみると満足したように「ただの涙の味」と放り投げる。
「ひとつだけ教えといたげる。あんたはアタシから逃げられない」
「..―ぅ..え?」
特徴的な首元のダイヤの意匠があるチョーカーを片手で力強く持ち上げながらそう言い聞かせてみれば、度重なる暴行によるものか朦朧とした意識を無理やり起こした返事が耳に入る。
諦観めいた潤んだ目つきで見つめてくる姿は今まで以上に妖艶な様に見えた。それに興奮し、また小さく弾んだ声を漏らす。
「あんたはアタシのモノ。これは決定事項になったの。あんたがどこにいようが、どこまで行こうが。アタシの
位置もアンタの側に固定され続けてるとでも思ったらいいわ」
「...ャ..す」
「聞こえないんだけど」
「...ィやで...ス...」
「それ何言っちゃってるか分かってる訳?」
耳にしただけで今にも気絶寸前だと分かる声色で拒否を示してきた少女に対して冷静を保ちがならも怒りを含む仕草と声を返す。重量に引っ張られるように瞼を痙攣させながらもその意は絶対的なものだと理解できた。
聞き取れるか曖昧な舌打ちをして胸ぐらを掴んで顔を近づける。
「さっきの話、聞いてなかったの?ねぇ」
「ァタし...は...」
「はぁ、どこまでイラつかせんだよゴラ。まぁいいけど?あんたが拒否ったところで現実は頷いてくんないよ」
「...ぅはぁ....は..ぁ...」
呼吸音なのか言語を話しているかも定かではない相手に声を荒げた所でどうしようもない。そう強引に納得させて生きる事を一時的に放棄したような右手を無理やり掴み自身の左手を近づける。
「よく見てて、あんたがアタシのモンだって証拠」
そう一声かけられて眼球を回して手の位置する座標へと視線を向ける。
「―?!」
右手と左手が瞬きをする間もなく奇怪な音と共に瞬時に張り付いた。
それを見て驚愕の吐息が僅かに漏れ出る。
互いの手汗や体温、肌触りが明瞭に理解できるほどに数ミリの隙間なく綺麗に張り付いていた。
「しょーみアンタには頷いてて欲しかったけど、仕方ないのかなぁ〜大人しく受け入れたらいいのにさ」
落胆と無感情が混ざる声でそう放つ。
何としても理解ができなかったらしい。ここまで頑なに受け入れず拒否し続ける理由が彼女には皆目検討がつかない。
「...そん..な..ひどいコトする人のモノになんて...なりたくない」
意識を振り絞って強引に会話を返す。ここまで来ると強い怒りだとか手を出すだとかよりも呆れる事しかできない。ここまで馬鹿な選択し続ける三依アヨの考えが分からないし、どこか辟易すらも覚える。
「ばーか、何言ってもムダ。事実から目を背けたって意味ないことくらいアリにだってわかるよ。三依アヨ、あんたってそこまで愚かだったわけ?」
「.......」
「はぁ....もーいい、先にお暇しとくから次は覚悟してなよ。より厳しい躾がアンタを待ってる」
そう最後に投げ捨てて個室の壁に寄りかかる気絶寸前の少女を置いてわざとらしく足音を立てながら旧校舎の廊下へと出ていった。取り残された少女は思考や身体を動かす気力すら残っていない。ただそのまま明日を待つようにしてその場に身体を預けようとしている。瞼の重量に逆らうのをやめようとした寸前にまた新たな音が壁越しから耳に入ってくる。
カツカツと廊下を歩く音。それは先程のチイレのものとは違って上品な高音を響かせている。音は次第にトイレのアヨのいる個室へと近づいていった。足音は当の個室の前で止まったかと思えば次は聞き覚えのない声が届いた。
「ね、ねぇ..!大丈夫?..え、えとたしかぁ...アヨちゃん!大丈夫?そこにいるの三依アヨちゃんだよね?!」
半信半疑で自信のジの字もない情けない呼びかけが耳に入る。その声に返す言葉や気力もなく喃語のような声すらも出す事はない。
開けるねという確認と共に個室のドアが開かれると初のお目にかかる少女が迎えていた。艶のある長髪を鬱陶しそうに耳にかけて先程の情けない声からこのザマのせいか心配の声に変わっていた。
「ね、ねぇ!!大丈夫?!...すごいボロボロだよ?!
え、えと、ど、どどうしよう....と、とりあえず保健室!...連れてってあげるから!!肩、捕まってて!!」
彼女の言う通りにして身を預けた。彼女は心配の眼差しを常にこちらに向けながら大丈夫だからと言って保健室への足取りを支えてくれた。彼女の事ある呼びかけや質問に首肯したり返事したりなんて事はできず、唐突に泣き出してしまう。地獄のような時間から今はただ純粋で下心も何一つない善意の優しさをこちらに向けてくれていることに、涙してしまう。彼女はそれに対して大袈裟に慌てたり驚愕なんてせずに、立ち止まって背中を摩り『大丈夫だから』と心配や情けなさの面影一つない聖母のような温もりがこもった声で囁き続けた。
「ごめんね...びっくりしちゃったよね....わ、わたしさっきあなたがあの娘と一緒に...そのぉ...何だろう...ここの建物に入るとこを...み、みたの!あ!えと、隠さなくていいんだっけ...?実はあなたにとあるモノをひょい!って付けたから居場所が分かったって感じかな....」
何か別の理由があるような下手な嘘を一瞬で放り投げて経緯を急ぎながら説明する。彼女はとある先輩のお友達らしくその頼みで来てくれたようだ。
「きみがアヨちゃんだね。わたし、幸田ミユリ。よろしくね」
宥めるような落ち着いた口調で苦しむ少女を見つめる。
薄暗い森で一つの希望という光を見つけ出したかのように彼女の自己紹介が輝いて見えた。




