第一章8 『カタチ』
好きになるって単純であって単純じゃないし複雑な定義を持ってる。好きになるきっかけっていうのも些細なことから始まるし、長い道のりを得る中、その過程に沿って好きになっていく。彼女のきっかけは前者。とある人が『瞳』に映ったこと。たまたまそれが私だっただけなのかな。彼女の言う『細胞』とやらが私に対する執拗な愛情が生み出した産物。半ば強引に思い通りにできてしまうのは彼女の私に対する異常な愛が彼女の希望に応えた。
微量な細胞に包まれたすみれの拳は愛に狂うクラスメイトの赤い頬にまためり込んだ。再び右頬に刺激が入ったことに彼女は信じられずにいる。
「少しおいたが過ぎるよ」
「な、殴られちゃった....?」
「あんたの細胞、思い通りにするには一定の量が必要みたいだね。だから私の手についた細胞はびくともしなかったし、殴ることができちゃったのかな」
「す、すみれちゃん...し、知らなかったなぁ....」
「私を、後輩に会わせて。話はまた今度ね」
鋭い目つきで静かに怒りをこもらせたひと声を返されると彼女の瞳には潤いがに滲み出ていた。
右頬を押さえながら涙ぐむ声を押し殺して、すみれを見つめる。二人を囲っていた細胞たちは次第に数を減らしている。長く続く立派な廊下を歩きながら謝るように会話が続いた。
「そのコーハイちゃん達と...ど、どんな関係なの..?」
「今朝、たまたま会ったってだけ。まだ初めましてだよ」
「初めまして?まだそんな浅い関係なのに放課後一緒に帰るの?...」
「一人、私をうちまで返してくれるモノを持ってる娘がいるから。ただそれだけ」
「ほんとに?...ほんとにそれだけ?....」
「うん。他に言う事、ないから」
「そ、そうなんだ。疑っちゃってごめんね...すみれちゃんわたし以外に交友してるコいなかったから...」
「私、内向的だし。あんたがしつこく構ってくるから相手してたってだけ」
「すみれちゃんは本当に優しいなぁ...ごめんね...さっきも今も....ちょっとすみれちゃんを驚かせたいなぁなんて...でもすみれちゃんも持ってたんだね」
「私も最近みつけたからよく分かってないよ。なんだかあんた以外にも持ってる人いそうで....どこか身構えちゃうな」
というよりはこの学園に持ってる人たちがもっといそうな気がする。ただ気がするだけ。確証や根拠なんてものはない。何となくで出たでまかせ。これにも多少の『準備』は必要だろうか。
「許してとは言はないけど...わたしの気持ちいきすぎちゃったかな....」
「あんたの趣向には驚いた。よく私の身体触ってきてたけど、そうだとは思わなかったから。」
「入学式の時からそうだったんだぁ。かわいいなぁって。その時に抱いた気持ちは今もここにあるの...」
「......」
「気づいてほしいけど気づいてほしくないというか...ただすみれちゃんを見ていたかったから...」
「あんたの気持ち...受け取っとくね」
そう言われて涙ぐんでいた顔は、反対に明るい表情をみせた。悲しみの涙は喜びの涙。彼女は顔を傾けてひたすらに笑顔を貫く。囲う細胞は跡形もなく消え去り先程目に映った、ステンドグラスを通した光を纏う廊下が続く。こうした愛のカタチに対面するのは初めてで自身も胸を鳴らしていた。あまりにそうだと言ってくれる彼女に応えるように胸が鼓動をはやくする。
変わった変態だと思っていたのに、どこか健気で可愛らしく見えてしまう。
「あの殴りは....好きとは違う印だと思っちゃった...」
「暴走して聞かないあんたを止めるためだから、ごめん」
「いいんだよ...!?わ、わたしが悪いんだから...すみれちゃんが好きすぎて...」
「わかったから。私、行った通り後輩に会いに行くからね」
「う、うん...!ごめんね...すみれちゃん...またね..」
「またね」
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ぁ、きた...」
「すみれー!!!!!遅いじゃん!!!」
「ごめん遅れちゃって。ちょっとトモダチに絡まれちゃってさ」
「すみれってお友達いたの?!....いなそうだと思ってた...」
「うん、自分もいないと思ってた」
夕日さす校門前の噴水、そこで交わす他愛もなさすぎる会話は心地よかった。胸の高鳴りを隠すように双子に混じる。あの衝撃が忘れられない、離れない。どうこたえるのが正解なのか分からなかった。ただのトモダチだと思っていた。あの気持ちは嬉しいと言えるのだろうか。それとも........
「二人って恋されたこととかあったりする...?」
「え?急に恋バナ?!...すみれ...気になる人いるの?...」
「したことないですね....」
「でもウチらの通うとこ女の子しかいないよ?....」
「....忘れて」
あのカタチは世間一般的に見れば普通ではないのかな。恋するとか愛し合うとかって異性同士がするもんだっていう先入観から異端視される。愛し合うことに条件なんて必要なのかな。世界で初めてそのカタチを叶えられた人たちは当時どう見られてたんだろう。
どう知ったんだろう。どう叶えたんだろう.....
やっぱりおかしいこと?....そんな経験した事なかったから知りたくても知れない....分からない。
今朝の光景がまた線路の上で見られる。難解な疑問に一人で考えつくすほどに双子の会話や転がる石の音が耳に入らないほどに没頭する。どうこたえればよいかの最適解は分からなかったがゆみりの気持ちを否定はしたくなかった。あの気持ちを私のことを目に映して認識してから今まで抱え込んで異常ながらも純粋に愛があったことは認識できる。彼女なりの表現が過激すぎただけで好きになってくれていたのか。トモダチとして見れば鬱陶しいながらもキライというより好きという気持ちがある。あの愛情ぷりを見る限り恋人としての気持ちがあった。異性との交流は指で数えられるほどの程度で自身の好みだとか趣向が迷子だった。どちらかと言えば同性との交流が多いのだろう。だからこそあのカタチを向けられたときは本当に何がどうだか分からなかった。ただこう言うべきなのだろうか。
「さっきのすみれの言ってた事なんだけど」
「何?」
「自分がどう思うかを伝えるのはどう?それとも伝えた?」
「それが難しいんだって...」
「そっかー...じゃあ従来の関係でいてあげるのが無難かもねー。ウチもおねぇちゃんも恋愛とは無縁だからあんま気にしないでね。気になって言ってみただけだから」
「ぅう...つぃてけなぃ...」
一つの考え事に終止符を打つことにした。
彼女との関係に軋轢を生じさせないために、彼女に気持ちに寄り添うように、構い続けることにしよう。
あのセクハラ紛いの言動も行き過ぎた愛情だと飲み込んで彼女なりの愛に真摯に向き合うのが今の私の最適解なのかもしれない。彼女から受けるセクハラは嫌だとも言えたが、自身を求めてくれる人がいることに微かな喜びを感じたという事実もあった。
転がる石、いや右足に既視感のある違和感があった。
右足のニーハイに何かが張り付く。その何かにも既視感があった。あの『モヤ』...ゆみりの細胞。
細胞は微量で彼女の意思通りに動き出す気配もなくただすみれの右足に張り付いている。微量ながらも形を保っていた。『心』の形。心は夕日に晒されて赤みかがる色彩を見せていた。それに気づいたすみれはニコっとあまり見せない小さな笑顔を無自覚にみせて彼女に気持ちを返すように呟いた。
「ありがとう、ミユリ」
そう呟いてみることにした。




