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事象1  作者: ゆーくりうすきゃる
第一章
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14/16

第一章14『ジンドウハクライ』

放課後、もの思いに窓を眺めては優美に風に靡く鳥、活動に励む生徒達、照らす日、頬に掠れる風が黄昏れる少女に声かける。

すみれとしては黄昏れるのが無意識ながらも好きなことである。

自認アンニュイ女というわけでもなく、惹かれるものがその行為にあったのだろう。

ベタな言い方をすればまさに「世界」、「生きた心地」を感じるのだろう。


ついさっきまでキテレツな友と駄弁をべちゃらけていたことを忘れて、数十分はこうしたかった。

とある白髪の少女に目を向ければ、ベンチに座って足を遊ばせている。

それにはなんの意図も感じない、ただ生きてるだけの人間の様だ。

朝読書で本を開いてページを捲り、字に目を凝らすより手まぜしたり、今こうしている時間の方が何よりも楽しい。

おそらくに過ぎない勝手な思い込みだがあの少女もきっと同じ気持ちだろう。

しばし飽きには抗えない。人間も気まぐれで生きているからだ。


質素なスクバはすり寄る猫みたく足元に絡まっている。

中には今日分のテキストやノート、必要限りの筆記具が入っている。学生である内は勉学に励む以外に特にやる事もなかった。かと言っても特段すみれは勉強するのが好きだとか得意と言うわけでもない。

ただ「仕事」をこなすような感覚で済ましている事だ。

学生なのだからそうだろうという自我セオリーを頭中に殴り込めてるのが彼女だ。

好きと認識している科目は英語。嫌いなのは数学。

異文化への無意識な憧れと興味が好きと認識したのだろう。それとは逆に数学はどこがのまどろっこしさだとか複雑な分野である事に単なるストレートを好むすみれと性分が合わないのだ。


ただ人生は数学基盤であるのかもしれないという疑念を彼女は理解を示している。

とは言っても数学はシットでファックであるマインドは地に返って身体が微生物やらムシケラやらに分解されても変わらないに違いない。

お得意様の黄昏れを出て、足元のスクバのショルダーストラップを小指にかけて持ち上げる。

特に意味もないクセで非効率な物の持ちあげ方で肩にかける。


歩きずらそうに教室を出ようとするが、靴をちゃんと履くのも億劫でそのまま歩く。

かかとを潰すように履けば歪な形の靴にもなるだろう。

しかし実に歩きずらい。億劫を殴り、踵に人差し指を鼻をほじくるよりも強くつっこんで整えた。

人気(ひとけ)、それどころか空気中を漂う埃の存在すら感じられないどこか哀愁漂う廊下に足をつける。

教室を出た廊下でいつも目にかかるのが壁に掛けられた

オードリー・ヘップバーンの写真が入ったフォトフレーム。その溝にも埃の一つや二つ、虫の死骸も見られない。

写真の中の彼女は喜劇と驚嘆の混じった表情で自転車に乗っていた。

映画「ローマの休日」のワンシーンなのだろうと、すみれはぼんやりな記憶からそう浮かべた。

ただその記憶は不自然で本当に自身が見たものが懐疑的だった。前世から盗んだ記憶だとでも言うほどに。

ただ、名を知らず目に映るたびに「誰だろう」の疑問が膨らむだけの写真だった。

それでも目に映したくなるような美的な魅力が彼女を惹きつけているのかもしれない。彼女もどこかしらそれを感じていた。

写真の彼女の笑顔はブラックパール顔負けのテラテラとした笑顔で写真の中で生きていた。

どうもこうも惹きつけられる構図ですみれにとってその核はまさにあの笑顔だ。この女性は、いや人はこうも宝石のような笑顔を描けることに初めて観た時静かに惹かれた。


横目に見て廊下を小歩きして、息を吐いた。

ベタ目がデフォルトな彼女はこの写真を見るだけで瞳に火が灯されるように輝きを見せるのだ。

掛けられる写真を通り過ぎて真っ先にあの友人との最後の会話を思い返す。最後にかけた言葉が「頼んだよ」である事はきっちりと覚えている。

それはレーテー様にお尋ねしたってはっきりイエスと答えてくれるほどに確信のある記憶。

ただ気がかりなのはあの変態さをかもす人ぶりで上手くやれるかどうかだった。


あいつに頼むんじゃなくて私が介入すればよかったのかな....あの子からしたら知らない変態が来てビックリしちゃうかも―。


杞憂は杞憂に過ぎないが、今はどうしようもできない。

ニヒっと顔を作ってあの写真の女性のような高貴な笑顔を猿真似して誤魔化す他ない。

笑顔にも違いがある事を彼女は知っている。

ただ笑うという型作りが人類みな共通しているだけで本質は全く違う。今はただその真価を辿るのは難しい―。


黒網に包まれた足を廊下に進めて地味なロリータ靴をカツカツと音を立てて遊ばせた。

癖でわざと音を立てるほど好きな音ではあった。

母胎にいた時のような温もりというか真冬のシャワーを浴びた後に入るダウン布団に包まれた時と似た安心感が包んでくれるから。

音に気が散って、目を下に向けて歩けば妙なヒリつきが右側から押し寄せた。

背筋に氷柱が建てられているような冷たい感覚がその右側に見える"通路"から送られた。


すみれの今いる教室を出た先の廊下にこのような通路の存在は今まで不確かで存在するはずもないだった。

それとも、今まであの写真にばかり気を取られて歩いていたせいでこの場の空間構造を完全に把握はしていなかったのかもしれない。

だがあの通路からは、明らかな不自然さがある。


光という光が一切ないのもそうだが、人が通るための通路にしては足のつく床が暗すぎる、もしくは無いのか。

今目にマサイ族を宿したって、その存在は確保されない事をどことなくわかる。

目に見えるものはただ暗い(もしくは架空の空間)と今は置くことにしよう、そうすみれは首を掻いて思考を休ませた。


人、というより生物の気配も何一つ感じない。あるのは不確かな通路と自分の存在。

その通路とやらに目を見せる内に身体はその方向へよっていった。深海の底のアンコウの光に向かう魚のように。


しかしそこに光は存在しない。すみれの意識は引き返すという判断が許されずただ洗脳されたかのようにされるがままだった。


その空間にすみれは立った。その瞬間彼女の名は揺れた。


「―ハ、ココニ、アル」


「―ノ、ツバサ」


声のような音が耳たぶをくすぐるように聞こえてきた。

唐突にやってきた音に身体を跳ねて、驚愕を晒す。


この場にいる人間という人間はすみれ自身のみのはずで自分以外の声が聞こえてきたという状況にももちろん恐怖だが、この声はこの空間が発しているように聞こえた事に彼女はさらに恐怖している。

トイレに篭っている時に下の隙間から足を掴まれた時のあの恐怖を優に超えた瞬間だ。


すみれはどう意識するのが正解か、模索をするも今の不明な状況を見るに、深い霧のかかる夜の樹海でとある人を探すのと同レベルで難しい状況。

元いたヘップバーンのいる廊下の空間が後方に目を向けて見てもない。

きれいに空間が切られたようにすっからかんだった。


背筋はそのものが氷像のように冷えつき、心音はボルテージを上げる。(しかしテンションはだだ下がり)

息も荒く、ただ暗い空間をあてもなく歩き回るしか今可能性を見出せる行為は思いつかない。


この"通路"を出る可能性が―。


くらいくらいくらい....何も見えない...どうすればいいの?....こんなこと、今まではなかった.....。

何が私をこうさせているの?私の"意識"?....

それとも...私の、事象(準備)の一つなの?


足元を見ても明確に自信の足を認識出来ない。

目の前に手のひらを出してもかろうじて形が見える程度。

今の自分みたいだなとふと重ねてしまった。

自分そのものが不確かで意思を感じられない。

俯いて頭を掻いて、肩にかかるスクバに手を伸ばそうとする。


その束の間、伸ばした手に衝撃が這い上がる感覚がした。

目を下に向けると、スクバはすみれの右手をグジャリと音を立てて噛みついているように見えた。


ファスナーとおぼしき鋭利に、チェンソーのソーチェーンと見間違えるほどに右手の甲の肉に食い込んでいた。

滲み出る血がポタポタと滴る感覚とその鉄くさい臭いがすみれのいる暗闇を包んだ。

目にはそんな右手を見る事もできなかった。


「いだい...!?!!いだいいだいいダァぁぁあぁぁぁぃいいい...!!!!」


暗い空間にありもしない声が響いた。

それに共鳴するように空間は囁き、哀れみ、喚いた。


「―ハ、ワタシタチノ―キボウ」


「カワイソウニ」


「サキハ、ツライコトバカリ」


空間の声たちがすみれの髪を撫でるように不明な方角から向かってくる。

これで弱音を上げて、文字通りの血反吐を吐くのが猫兎(ねと)すみれという少女のみならず誰であろうとこうなるものだろう。


意識の中に住まう『you ready』は猫兎(ねと)すみれの意思と同様に、無理矢理暗闇の中を架空の希望を貪った。


これは...ただの悪夢....私への天誅の悪夢....


自分に言い聞かせて頬を力強くぶっ叩く。

利き手なのもあってはち切れる痛みが左頬を覆った。

ぽたぽた、しくしく、ぼきぼき、ひそひそ、ばちばちと黒の構図に多彩な音が響いた。


身体は嘘をつかなかった。その痛みは正真正銘のものだ。

事実それは既に皮がちぎれて骨や神経、脂肪、桜染めの筋肉繊維が垣間見える右手がそれを身を粉、いや粉にして証明している。

今も必死に痛覚を働かせて憤怒するように右手はうめきを上げている。

噛み付くスクバは肩にぶら下がって右手を喰らう以外に反応は見せていない。

声にもならない囁きに次第にイラつきを募らせながら左手でこじ開けることにした。


スクバくんはおいしそうに右手をガジガジと噛んでいる。ご丁寧にバキバキという咀嚼音つきで。


ファスナーに指をかけて開こうとするも、びくったりもしない。

その刺激によるものか前腕の半分にまで"口"が入ってしまった。

「ん゛ぐぁが゛..!」と女の子が出していいはずがない呻吟が漏れた。

痛みによって錯乱したすみれは狂気的な手段、スクバをぶん殴った。

おかげはスクバは肩から崩れ落ちた。右手と共に。

うめきを上げて右腕から血をぶちまけながら暗い通路を走った。

ささやきは耳を覆いたくなるほどに、夏の風呂場に沸くチョウバエみたいに鬱陶しくすみれを触る。


うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい....うるっせぇんだよ...私に何しろって言うの....?


「これは―夢なんだよね?」


「ユメハ、トオイ」

「ユメハ、トウトイモノ」

「ユメハ、ヒトノイノチ」

「ユメハ、マックラ」


涙と血、鼻水に濡れる手で耳を強く圧迫する。


足取りは引っ張られるように重くなった。声が引き留めている。


ポケットにあるスマホ、確かながらスマホが入れてある事にふと気がついた。

一瞬なき右手で取り出そうとして慌てた。

こんな形で個体満足のありがたみを体感するのはすみれは思ってもいなかった。

ただ賭けるだけだ。

たかだかスマホの光がこの通路を照らすとはとても思えないことはすみれ自身もうすうすと分かってはいた。


この超常現象を打開できる効力はこのスマホに―。


べとべとの左手でスマホを持ち上げて画面を触る。

目は写真オードリー・ヘップバーンぶりの光の認識に成功した。

ただその光はスパムのように羅列された一文のメッセージを強調するに過ぎないものだった。

すみれは悪い意味で目を疑った。

目をつぶしたくなるほどにそれは強く焼き付けた。


『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』

『ジンドウハクライ』


あの通路に入って初めてすみれの両目に映る八文字。

存在しない奇音と共にその八文字はすみれを笑った。

囁く声も気づけばこの八文字だけを耳に入れてくる。

胸の高鳴りはからイタチが飛び出すように薄い胸から出たがっている。


すみれの存在はその空間に染まった―。


―――――――――――――――


瞬いた目が映すのは、壁に掛けられたかつての名女優オードリー・ヘップバーンの写真。

あの体験は夢であったのか今ヘップバーンを見ても分からない。

夢にしては生きた心地がしすぎていた。

あの時の右手だって陸に上げられたティラピアみたいにぴちぴち動かせていたし、少し不健康な血だってしたたってた。

思い返せば思い返すほど右手にありもしない痛みが走るけど、右手は元気にこんにちはとすみれと顔と対面している。

廊下の右側を見てもあの"通路"は存在していない。


あれは何だったんだろう....話したくもないな.....


とにかくいい気にならない経験である事は確かだなと、食い気味に自分を納得させる。

またヘップバーンを見て魅了されようと目を凝らすとフォトフレームの下の溝にとある文字が木彫されている。


R.I.P(小鳥鳴かずの安眠)


この文字は記憶がサイケデリック・ロックを聴きすぎてない限り、正常であれば最近まではなかった。

この写真を飾った者が彫ったとしても納得はいかない。

人間が彫れるはずがない文字の形をこのフォトフレームには刻まれていた。

不気味で奇怪な文字でかすかな"安眠"が刻まれていた。


それに飾られるヘップバーンの写真はさっきよりも光に照らされて正気すらも感じるほどに輝いてる。

今の自分を見つめるのがバカバカしくなる程に神々しい。


怖気づいたすみれはスクバを背中側に掛けて廊下を走って帰路に向かった。

ニーハイに伝線や血と混ざった鼻水はついてないことを確認して、トラウマになりかけたその場を去っていった。












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