第一章13『テン上げ(笑)』
少女は物憂げな眼差しで横たう少女を見つめて、頬を摩る。
その行為には何の意図もなく細く白い指を頬に置くだけ。
続け様に少女は笑って眠る子の涙袋に軽い接吻を交わした。
その光景が目に映っても特に何とも思いもしない。
なぜならその行為の動機は自身にも思い当たる節があったから。
彼女の抱くと愛と自身の愛では何かが食い違って、何かが互いに手繰っているような気がする。
ただ今の自分は何故、自身の血反吐にまみれて見ず知らずの少女のために身を粉にするのか、下顎から滴る血と同じ様に思考を刻むのだ。
少女のため、愛に決めたの人のため―。
"細胞"は少女の不穏な愛と共に少女に覆い被さる。
少女は人ならざるモノと化し、前方の傲慢に鼻を括る少女に迫る。
微力の憎しみを模した様な鋭利なツメは少女の眼球を指差す。
乾いたような笑みからキバが少女を見つめる。
少女は物怖じしなかった。
高らかに笑い深く眠るアヨを地につけて、指を鳴らしたのだ。
「―おもしろそうじゃん」
少女はまた指を刺す。
刺された対象は無であるかのように見えた。
唖然とする中、少女の厚い前腕がはちきられる。
その際の時空は歪み衝撃の波が押し寄せる。
前腕は見事に落とされ、断面があらわになる。
細胞たちは断面にとどまる様に激しい動きを見せている。
わたしの腕.....どうやって....?
今の彼女に思考する暇も、状況を整理する余裕もない。
彼女の未知数な事象に精神を削るのみの状態だ。
ケダモノの周りの時空は先程の前腕を断ち切った時と同じように歪みと光の干渉による多彩な色彩が現れていた。
―?!
それを認識した頃には既に反発と吸引は始まっている。
ケダモノの右足の脛、頬、左手の指全てが、何かに微かに擦れた。
何かに触れる感触も、身体中に入り込むような感覚すらない。
慎重に息をすると、口元に何かがまた触れた。
吐き出された口に戻る様に。
彼女を襲う何かとは身近に存在する空気。
空気そのものが彼女の極に反応を示していた。
「あんたはあたしに近づくことなんてできないし、あたしを殺す...なんてこともできないね」
「今のあなたを見るに...殺すに至ることになる理由が出てきそうだね」
「そ、でもできるかな?」
鼻につく態度と声にイラつきを抑えて慎重に、彼女を見つめた。
今度は何が降りかかるか、そんな不安を押し殺して獣の足を廊下に食い込ませて歩く。息を飲んで軽く目を瞑り、また開く。
すると、チイレと名乗る少女も足を止めることをやめてこちらに向かって走り出した。
予想だにしないことに反応が遅れるも、ツメをチイレの柔らかい胴体に目掛けて突き立てる。
チイレな俊敏な動きと身のこなしを見せていた。
視野を広く見開いても今この目の前からはいない。
背後から彼女の声が耳に響く
「あんたも理解できないなぁ、みた感じそこまで仲が良さそうに見えないんだよね」
背中に手を押さえながら彼女はまた言う
「そんな人のために血をだらだら流しながら分かりもしないあたしとぶつかる理由が分からないんだわ」
「.............」
「そりぃやぁ、何も言うことないよね。何一つ、言えないもんね?」
彼女は真横にゆったりと歩いて、手を握って邪な笑顔を見せた。
「だってあんたって!親しい間柄なんて呼べる人いなそうな顔してるもん!!ウケるんだよね!!」
ミユリは考え込むこともしなかった。
それ以前に背中がまた何かと惹かれ合うようにして後半へ引っ張られる。
背は捻れた鉄棒の突き出る壁に吸着した。
鉄棒はケダモノの胸部を突き破った。
目に見えるものは胸から出る棒と歩いてくるあの少女だけだ。
「あいつもあんたのことよく知らないし、死んでもなーんとも思わないだろうね。当然でしょ?」
柔らかい手つきでミユリの手を触る。
あの手つきからは想像もつかない激痛がその箇所を襲った。
触れられた箇所の骨と筋肉、皮が互いに離れるように激しく動いていた。
「あ゛ぁあぁ゛゛ぁあぁああ゛ぁぁあ゛ぁ゛...!!!」
痛みからなる声は自身でも聞き馴染みのない金切り声。
その様子をみてご満悦の顔を浮かべる少女。
「いたいでしょ〜?こんなとこもできちゃうんだよねぇ。ねぇねぇ感想おしえて?どんな痛み?どんな痛みなの?」
いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだい...痛い...いたい、いたいイタイ.....イヤ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイキリタイ..キリ.....たすけて...すみ.........ヂゃ
ケダモノ包んでいた細胞たちは滴れるようにして落ちていった。
ケダモノは少女の姿へと変わり、壁に張り付いたまま動きが止んでいた。
「あぁれぇ?やりすぎたかんじ?まぁくたばったとして、それはなくなるし大したことないかもね。つまんないな」
ぼやいて愛しいとする人のもとへ駆け寄る。
眠るアヨの側には誰かが居た。
その誰かはアヨを強く抱きしめて何かを呟いてる様子だった。
目元は潤み、声も弱々しい。そして容姿は眠るアヨと瓜二つ。
「―あなたなの?」
アヨを抱きしめる少女は、目線をアヨに向けたままそう投げかけた。
「あんたが妹?」
「あなたなの?あなたがやったの?あなたが傷つけたの?あなたがいじてたの?あなたが....おねぇちゃんをこんな風にしたの?」
弱々しい声に怒りが篭り、濡れていながらも鋭い目つきで睨む。
いっそうのこと、この"妹"もこの手に収めようと心中で語った。
片方がコワれても済むように―
「人聞き悪いこと言うもんじゃなくない?あたしら、仲良くやってたんよ」
「あんたの"なかよく"って、人を自己的欲求を満たすためだけに傷つけることなの?ますます....」
「自己的欲求なんてねぇわ、ただそいつと仲深めたかっただけ。事情もしらねぇで感情任せで口走らせんなよ」
「あんたをここで殺してもいいってことだよね?」
「できるなら?あそこでブッ刺さってるサセコのアマと一緒に葬ってやる」
彼女は何かを定めていたのは確かだ。
眠る姉を抱えたまま微動だにしないということは彼女の"事象"が動きを見せる頃。
おそらくという推測の元、彼女の動きを目を離すことなく伺うしかない。
不確かで不可解な''事象''に備えるために。
やがて目で追えないほどの無色を纏う球体が腹部に掠れた。
球体は複数、彼女に殺意を向ける。
目で追えない速さに一つ一つに極を付与する暇もない。
球体達は空間から外れるようにして放っているらしい。
空気、その場を漂う空気、先程に自身も利用した身近なもの。球体はそれだった。
気づいた仕掛けに即座に今この場の空気に極を付与することにした。
球体たちは反発、互いに密着しその場を乱す。
乱れ先は空間やチイレに留まらず、テオ本人にも及ぶほど。
こいつにも事象があるなんて....クソ、めんどくさい...さっさとしばいておねぇちゃんの仇を取りたい...おねぇちゃんをこんなんにした償いをさせたいのに....
クソクソクソクソ―
歯ぎしり、心臓の鼓動は彼女の感情に合わせて激動した。
今のテオには復讐の使命に駆られていた。
姉がそれを望まないことは分かりきっていても、納得はできないのだ。
ただ彼女がしたいことは目の前にいるチビをぶん殴ることだ。
「今度はなんだよ....」
足場が傾いてる、それを体感できるほどに不自然な地形に足を置いていることに気がついた。
足は下方向に静かにすれて落ち、バランスを崩しかける。
とっさに階段昇降口に手を張り付けて落下をしのいだ。
「あんたの姉貴が落ちちまうぞ?どうすんだよ?」
一つ脅しをかけるも無意味なようだ。
「あんたを殺すためだけにこれをしたの」
眠るアヨは空気に包まれていた。
衝撃をおさえるクッションのようにあたりを囲んでいた。
「おまえ....きめぇな...」
「しねよ」
上から再び球体の雨が舞い降りた。
階段昇降口からやってくる外の空気を含む球体廊下にがしがみつくチイレを襲う。
空気とは思えない強靭な球体、質量を超えた雨がチイレに降り注いでいる。
止むことを知らずこれまでの重責がのしかかるように。
下を向けば上目遣いの黒い眼差しがささる。
その眼差しの主は空間そのものに佇んでいた。
正確に言えば回転する何かの上に立っていた。
「くそ、くそくそくそくそ、.....んだよこれは...」
「あんたへの償い」
くそくそくそどうすりゃいいんだ、あいつに妹がいるのは知ってたけどこんなきめぇシスコンのドブメスだったなんて........くそ、あんな姉狂いに殺されたくねぇよ.....
選ぶ相手を間違えてたなんて......あいつだと思ってたのに.....。
―なんだ?....
あいつが、あいつも同じようになにかに立ってあたしを見つめてる?なにか物憂うような哀れむような目であたしを見つめてんの??なんなの?不快、うぜぇよ。ざまぁとでも思ってんの??思う節もねぇだろうが。あたしが、あたしの好きなようにやってただけじゃんよ。こんな訳の分からん死に方、したくない。あいつの目の前で。あいつらの目の前で。あいつの前で。今ここに、これをあいつはみてるはずなんだよ。こんなザマを見せたまま終わりたくない。こんなの―
「―テオ?」
「おねぇちゃん。よかった....」
「私....」
窓を照らす光を一瞥してみれば、月が覗かせていた。
「私...あの人に...あの人は....?」
「あの人って...あの壁に刺さってる人?あの人が助けてくれたの?」
「私のせいなのかな....私なんかのせいで....」
何度目かの涙を流した。
「おねぇちゃん、もうおねぇちゃんのその顔、みたくないよ。おねぇちゃんには、なるべく笑っててほしい」
「あの人は...どうして私を助けてくれたんだろう」
「それは―
床の瓦礫がテオの足にぶつかった。
咄嗟の衝撃に戸惑うように廊下は水平に帰した。
彼女はまだしがみついている、生に。
瓦礫を弾けるほどに未だ生への未練はあった。
その未練はアヨに対するものや、若きゆえの死への恐怖ではなく子供らしいものだった。
降り注いでいた球体達を弾丸のようにして自身から弾き、弾かせた。
あの雨の強打によるアザが一際目立つ。
「テオ!!あし、足が!!」
テオの足は外向きに斜めに折れ曲がっていた。
「ぐ....ぅうう...くそ...あい...つ...いきてた....」
「テオ、ころしちゃ―
「おねぇ...ちゃんは人が、良すぎるんだよ...あいつに何されたか....わかってるの...?」
「だからって...」
「あいつは...ウチらを完全にころしにかかってる....だから......て...」
「―え?」
「アゲて...おねぇちゃん...テンションアゲて...!」
「.....わ、わかった」
あの感じ....チイレちゃんの持つ事象は....
「ざまぁねぇな。あんたのシスコン妹」
「ち、チイレちゃん!お、お仕置き!お仕置きします!!か、覚悟して!!」
「は?何急に?キャラ変?きもいんだけど?」
「今までのことは、許しません...!」
「あんたが許さなったとして、どーなんの?」
「お、お仕置きです....!!」
チイレの胸部に透明な斬撃が迫った。
それはチイレにとってとても身に覚えのあるもの。
壁に刺さったあの女に最初に仕掛けた攻撃と同じもの。
「お、おまえ?!今のは...!」
『Lit Right Now』はアガるアヨの意思と同様にチイレの保有する『JK brand』を見抜いた―。
こちらもと情けない声を出すと同時に同じ攻撃を繰り出した。
だが自身の出す斬撃は相手の斬撃と弾き合いこちらへ反射した。
あいつ...あたしと同じ...?
「お、おま、あんた...あたしのパクリやがったのか?!」
「チイレちゃ....ち、チイレ!!あなたは...あなたはこんな人じゃ...」
「あんた如きが?あたしを呼び捨て??舐めてんの?」
「もうこんなことはやめない...?今までのことは...忘れておくから...もう私に、私たちに関わらないで...」
「あんた、いつからそんな偉そうな口聞けるようになったの?生意気なあんたにもお仕置きってやつ、いるんじゃないの?」
感じることのない感情が込み上げた。それは怒りなのかもアヨにも分からなかった。
「ごめんね....」
その一言と共にチイレの位置する床と天井、その瓦礫が勢いよくチイレに崩れ落ちた。
―なんだよこれ...?あたし...じぶんを?
瓦礫の下敷きになったチイレは全身の骨という骨にヒビが入るほどに強く床に打ちつけられていた。
それを因果したのは一瞬、自分自身によるものだと誤解するほどに、似た感覚が走ったから。
「またねチイレちゃん....」
なにがまたねだよ、あんたもいなくなんのかよ。
―これで何度目?
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目を覚ませば、少し安堵する声がきこえた。
助けると誓った少女の儚い声だった。
「だ、大丈夫ですか...?」
記憶が曖昧でつぎはいでもどこか不自然。
覚えていることは助かる女の子の名前が「アヨ」であること。
「...わたし、しんでない...?」
「すごい...ほんとに目が覚めた...」
「あ、アヨちゃ...ん?...よ、よかったぁ.....無事だったんだねぇ...あれ?なんだか違うような...?」
「ごめんなさい...ウチは、妹のテオです....」
何か照れ臭そうに目を瞑り少女はそう名乗った。
「あれ?!じゃアヨちゃんは....」
「私ならここですよ....よかったです...本当に」
声のする方に目を向ければ涙ぐむ少女が膝を畳んでこちらを見つめていた。
「アヨちゃん....ごめんね....守ってあげられなくて...」
「気にしないでください....元々私が悪いので」
「あの子は...どうしたの?」
「おねぇさんの事象をお借りして治療に集中していたので....どっか行っちゃったみたいですね....」
「お借り?...わたしいつ細胞ちゃんを....」
「色々あって瓦礫の下敷きになってたんだけど、気づいたら居なくなってた。.....ころしてやりたかったな」
「何か言った?」
「ううん!何でもない!!」
「とにかく安心したなぁ、妹さんがいたことには驚いたけど...これですみれちゃんに顔を合わせられるよ」
「すみれを知ってるの?」
「すみれさんとお知り合いなのですか?」
「そう!!!!................友達だから!!」
―友達だから.....




