第58話 キメラ
謎の古代魔樹の正体は、異世界人だった。正確には霊人に進化しているが、彼女が異世界からの来訪者である事は事実だ。流石にワタシがいた所とは違う世界の出身らしいが、まさかこんな所で同じ境遇の者に出会うとは。
――――って、おバカ! 感慨してる場合じゃないぞ、ワタシ! 折角奴を引き離せたんだから、今の内に蜂魔族さんをカルメラ様の元へ送らないと!
《カルメラ様》
《お、ミカエル! 派手にやったね(笑)》
《うっ! そ、そんな事より! 蜂魔族さんの治療は完了したのですが、厄介な奴が現れて現在戦闘中です。このままでは巻き込んでしまうので、カルメラ様の元へ転送します。蜂魔族さんの事はよろしく頼みますね》
《合点!》
了承を得て、ワタシは即刻蜂魔族さんを転送した。その途端――――
《ミカエルさん、ありがどぉぉぉぉぉぉ!!!》
《この恩、一生忘れまぜんんんんんん!!!》
樹系魔族・草花魔族の王達が涙混じりにお礼を述べて来た。少し、いやかなり照れくさい。
《お礼は早いですよ。まだ敵が残っていますからね。ワタシはソイツを排除してから戻ります》
《心配は…………要らなそうだね》
《何かニヤついてません?》
《べっつに~? ただちょっと「壊し過ぎないでほしいな~」って思っただけだよ?(笑)》
《…………それ以上言うとシバきますよ?》
《ごめんなさい、調子乗りました》
そこで ”念話” が途切れた。…………逃げられた。
まぁそんな事より、今はあの異世界人、”東条 奈月” だ。混乱しているのか、気配が自ら動く様子はなく、今も自由落下の最中だ。権能と称号も分かったわけだし、さっさと仕留めるとしよう。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
東条奈月は、未だに混乱していた。
(な、何なの!? あの剣の威力は! こんなバカげた出力の魔導武具なんて、そんなの聞いた事ないわよ!?)
東条奈月はこの世界にてそれなりの時間を過ごしており、時には理不尽と思える力を持つ敵も打ち倒し、今日まで生き残って来た。そんな彼女から見ても、100振りもの ”虹光黎明幻想剣” を融合したエクスカリバーの力は、理不尽以外の何物でも無かった。
(けど逆に言えば、あの剣を喰えば私はさらに強くなれる。ふふ、良いじゃない。蜂魔女帝の前に、あの剣もいただくわ!)
奈月がそんな目論見を立てていると、真っ黒な人型――――ミカエルが姿を現す。
「食らいなさい。”黎明の覇光”!」
ミカエルは照準を奈月に合わせて、エクスカリバーから虹色の光線を放つ。対する奈月は拳を固めると、真正面から光線を殴りつけた。そして拳と接触した瞬間、光線は拳に吸収されてしまった。
「拳に ”蝕魔結界” を張りましたか。器用な事をしますね」
「良く見てるわね。じゃあ、もっと面白いものを見せてあげるわ!」
「っ!」
今度は奈月の拳から虹色の光線が放たれる。慌ててミカエルは回避するが、その顔には渋い表情を浮かべていた。
(『喰武神』、やはり侮れませんね)
『喰武神』はあらゆる物を吸収し、その力を使う事が出来る。奈月がミカエルに放った光線も、吸収した ”黎明の覇光” を放出したというのが実だ。下手に攻撃を仕掛けても、それは奈月の糧になるのみである。
(とは言え、1度きりしか使えないのは致命的な弱点ですね。まだストックはあるでしょうが、浪費させれば確実に弱体化する。まずはそれに注力しましょう)
ミカエルはエクスカリバーを構え直すと、真正面から超音速で突撃する。
「速ければ当たるとでも? 甘いわね」
しかし『喰武神』には『神速思考』のスキルも統合されている。超音速の攻撃も『神速思考』があれば、動きを見切って避けるくらい容易い事だった。
――――そして、ミカエルもそんな事は百も承知だ。
「っ!? ガハッ………!」
「甘いのはそちらでしたね」
奈月の心臓が、背後から何かに貫かれる。胸の辺りを見ると、エクスカリバーの剣身が自身を貫いていた。
(い、一体何が…………!?)
突然の事態に奈月は混乱し、何が起こったか確かめようと、血を吐きながら辺りを見回す。すると、ミカエルがエクスカリバーの剣身を、空間の穴に突き刺しているのが目に入った。穴の先は、奈月の背中に繋がっていた。
(最初の突撃はブラフで、本命はあの穴だったんだわ! まんまとやられた………! けど、突き刺すのは迂闊だったわね。これでこの剣は私の物よ!)
奈月はエクスカリバーを右手で掴むと、『喰武神』を発動し吸収しようとする。しかし――――
「させませんよ」
「っ!!」
突然エクスカリバーが姿を消し、ミカエルの腰の鞘の中へと移動する。『喰武神』によって吸収される前に、ミカエルがエクスカリバーを転送したのだ。
「あなたの権能の事は分かっています。あなたは吸収した物の力を1度しか使えない。ただし、魔族と魔導武具は例外として、肉体に宿る物に限り、その力を永続的に使える」
「っ!」
「であれば、あなたがエクスカリバーを狙うのは必然。それを黙って受け入れる程、ワタシは甘くありませんよ」
「そこまでバレてたのね…………。だったら、これももう知ってるかしら。”混成形態”!」
ゴキゴキと音を立てて、奈月の体が変形を始める。頭からはオーガの角が生え、全ての歯が牙に変わり、手足の爪は鋭く尖って、全身の至る所が硬い鱗に覆われる。背中にはドラゴンの翼と鳥のような翼が生え、そのどちらもが真っ黒に染まる。緑の長髪を靡かせ、整った顔で妖艶かつ邪悪に微笑むその姿は、正しく悪魔と言える禍々しいものだった。
「これはまた、随分喰って来たようですね」
「年の功ってやつよ。私、積み重ねは得意なの」
『喰武神』を極めると、喰らったものの一部を顕現させる事も出来るようになる。奈月が古代魔樹の姿になっていたのも、この能力の応用よるものだ。
今の奈月は、これまでに喰らって来た者達の使える部分を継ぎはぎした状態にある。文字通り、キメラとなっているのだ。
「あなたの剣も、私のコレクションに加えてあげるわ」
「お断りします。この剣は大切な預かり物なんです。お手軽なキメラの一部になんてさせません」
「お手軽とは、言ってくれるわね!」
積み重ねを否定された奈月は、不快感を露にしてミカエルに襲い掛かる。
「”雷光爪斬”!」
奈月の右手の爪から、雷の斬撃が放たれる。『喰武神』を警戒したミカエルは即座に回避し、その勢いのままに奈月に接近し、エクスカリバーを振るう。
「せいっ!」
「ぐっ!」
奈月は咄嗟に両腕でガードするが、エクスカリバーはその腕を切り飛ばし、奈月の首を掠めた。冷たい感触に寒気を覚えて、奈月はミカエルから距離を取る。
「まずは腕を貰いましたよ」
「………そう思う?」
奈月の腕が切られた箇所から再生する。新しく生えてきた腕の感触を確かめると、奈月は即座に反撃に転じる。
「”悪喰乱闘打”」
1秒間に100発を越える、『喰武神』を付与した拳の乱打。1発ごとに青い衝撃波が打ち出され、雨霰の如くミカエルに降り注ぐ。
「”艦砲剣撃”!」
ミカエルは無数の ”虹光黎明幻想剣” を展開し、それを砲弾の如く打ち出す。”虹光黎明幻想剣” は衝撃波を1つ残らず切り裂き、尚も止まらず奈月の元へと迫る。
「”在蝕噛喰”」
しかし、奈月には『喰武神』がある。奈月の10本の指が木龍へと変化し、”虹光黎明幻想剣” を1つ残らず喰らい尽くした。”虹光黎明幻想剣” を取り込んだ奈月は、上機嫌でミカエルに話しかける。
「アーッハッハッハ! 私の能力の事を知っててこんな攻撃を仕掛けるなんて、間抜けな奴ね。この調子でその剣も、っ!?」
勝ち誇った顔をしていた奈月が、突然驚愕の表情に変わり青褪める。奈月の体の所々が、消滅し始めたからだ。
「う、嘘でしょ!? これは――――」
「えぇ、あなたの権能『喰武神』です。使わせてもらいました」
ミカエルの権能『心理ノAI』があれば、解析が完了した能力は自身の力として使う事が出来る。後は能力の使い方を学べば、最早それは脅威足りえない。それこそ、”虹光黎明幻想剣” に付与して、それをわざと敵に喰わせて内側から蝕む、と言った芸当も可能になるのだ。
「さ、さては、今の剣達に何か仕込んだわね!? だったら、返してやるわよ!!」
奈月の指先の木龍達が口を開き、ミカエルに向けて ”虹光黎明幻想剣” を吐き出す。体の消滅はすぐに止まったが、肉体と同時に多量の魔素を喰われた影響で、再生速度が非常に遅くなっていた。
(せめて、時間稼ぎが出来れば…………!)
だが、その思惑は見事に外れる。
「”融合強化”」
「っ!?」
奈月が放った ”虹光黎明幻想剣” は、全てエクスカリバーへと吸収される。それはほんの数秒の出来事で、奈月の攻撃は時間稼ぎにもならず無力化されたのだった。
「お覚悟を」
「っ! ヤバッ――――!」
気付いた時には、目の前にミカエルが迫っていた。奈月は咄嗟に『幻神』を発動し、身代わりを作って間一髪その場から離脱する。
(このままじゃ殺られる! 手の内をバラす事になるけど、『ベルゼブブ』を使うしかない! それから、これも………!)
それは、奈月にとってあまり使いたくないものだった。だが、最早四の五の言っていられる状況では無いと判断し、使う覚悟を決めたのだ。
「”眷属生成”!」
奈月がミカエルに右手を翳すと、大量のイナゴが召喚されてミカエルに向かって飛んで行く。戦闘スタイルの変化に一瞬面食らったミカエルだったが、この力の事も知っていた為、すぐに平静に戻る。
(いよいよ『ベルゼブブ』も使って来ましたか。となると次の手は――――)
ミカエルが奈月の次の手を予測していると、イナゴ達が寄り集まって1つの塊となる。やがてイナゴ達は巨大な黒いドラゴンとなり、頭をもたげて雄叫びを上げた。
(やはりこうなりますか。実際に見てみると凄い技ですね)
嫌味を一切抜きにして、ミカエルは素直に称賛する。
称号『ベルゼブブ』の能力は ”無限の顎”。眷属を無尽蔵に召喚し、あらゆるものを喰らい尽くす。『喰武神』とこれ以上無い相性を誇る称号だ。
そしてそのイナゴ達だが、こちらは『合体進化』という種族スキルがある。本来は同族同士で合体する事で、より上位のイナゴへと進化するスキルだったが『喰武神』の進化に伴って、奈月が喰らった魔族に限り変位進化も可能になった。
「グルオォォォォォォ!!」
そんな、イナゴ達が進化したブラックドラゴンが、ミカエルに襲い掛かる。ブラックドラゴンはS+ランクだが、今さらドラゴンに手こずる筈もなく、ミカエルは一刀の元に切り伏せる。
「まだまだ! 行きなさいお前達!」
イナゴは無限に生み出す事が出来る。故にドラゴンも次から次へと誕生し、一直線にミカエルへと迫る。もちろんそんな事で殺られるミカエルではないが、一連の奈月の行動に違和感を覚えていた。
(今さらこんな奴らを嗾けるなんて、時間稼ぎのつもりでしょうか? だとしたら、いったい何を――――っ!!)
ミカエルの視線が、奈月の右手に吸い寄せられる。手には木片のような物が握られており、一目でただの木片ではないと分かる程、凄まじいオーラを纏っていた。ミカエルは即座に奈月を切ろうとするが、ドラゴンの群れに阻まれる。
「邪魔をしないで!」
「グルォ!?」
「グル、ル………!」
ドラゴン達はあっという間に倒されたが、時間稼ぎとして充分な役割を果たした。木片は奈月に飲み込まれ、進化の時が訪れた。




