第47話 剥かれた牙
ヴィオンド帝国周辺に先史種達が出現した頃――――
雷電は地に倒れ伏し、最早指1本すら動かせなくなっていた。そして彼をここまで追い詰めた古代魔樹だが、突如現れた闇魔人形に追いつめられ、同じように地面に倒れ伏していた。
「何なのよ、コイツ………!? この私が、ゴーレム如きに追いつめられるなんて!」
古代魔樹は、イライラしながら悪態を吐く。しかし、悪態を吐いた所で状況は変わらない。闇魔人形の戦闘力は凄まじい。剣技はカルメラそのもので、一分の隙も無い。手にした ”赫灼幻想剣” の力も強大で、最早古代魔樹がどうこう出来るレベルでは無い。周囲一帯には結界が張られ、さらには結界内部で時空間を固定する術が発動した事で、古代魔樹は地面に逃げ込む事も出来なくなっていた。
《す、すまねぇ、”闇” さん。分身とはいえ、主に守ってもらう事になるなんて………》
《気にしないで。それよりも、早くここから離脱しないと!》
強大な気配が複数出現した事を受けて、”闇” さん――――闇魔人形は周囲を警戒する。すると結界の外側で、突然地面が禍々しい魔力で満たされたかと思うと、周りの植物達が一斉に魔物化した。
「「っ!?」」
「これは………あっははは! あんた達、終わりねぇ! 私達の上司のお出ましよ!」
「上司だと?」
「えぇ、正直頼るのは業腹だけど。背に腹は変えられないわ。見なさい?」
周りを見ると、既に結界は植物系の魔物達に取り囲まれ、結界が攻撃されている。もっとも、この結界は時空間に干渉する能力が無ければかすり傷すらつけれらず、この魔物達にそんな能力は無いため結界が破られる事はない。
だが、今回は時間が無かった。
「あなたの事だから、コイツら如きじゃ相手にならないでしょう。何なら私の上司でも、あなたに勝てるか分からない。でもそれは、そのボロ雑巾がいなければの話よねぇ?」
「…………っ!!」
『足手纏いだ』と指摘され、雷電は奥歯を噛みしめる。対する闇魔人形は仲間への侮辱に対し、額部分に青筋を浮かべて古代魔樹を威圧した。
「お、落ち着いてよ。真面目な話、ソイツ手当てが必要なんじゃないの? 今の状況じゃ手当ては出来ない。ソイツを助けたいなら、ここは退いておくのが得策なんじゃないかしら?」
「…………!!」
闇魔人形は古代魔樹を睨みつける。だが、実際彼女の言う通りだとも思った。雷電は重症を負っており、本格的な治療を行うには、一旦この場から離脱する必要があった。
「…………仕方ない。一旦退くよ、雷電」
「ま、待ってくれ闇さん! わざわざ俺の為に――――」
「最優先は仲間の命! 本体にそう言われたでしょ?」
「っ!」
「ほら、行くよ! ”転移”!」
闇魔人形は ”転移” を発動し、雷電を連れてその場から離脱する。途端に結界も消失し、3人がいた場所の草花も魔物化する。そして古代魔樹はホッとした笑みを浮かべ、地面に潜り姿を消した。
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牙猛は先に村に戻って、ユグノーによる治療を受けていた。彼の場合、古代魔樹の討伐は成功したものの、戦闘中に木の根の刺突を何度も受け、自身も重傷を負ってしまったのだ。
(俺のスキル、進化したんだけどなぁ…………アイツの毒耐性が思った以上に高かった。お陰で討伐に時間が掛かっちまったぜ。その上、主の分身に助けてもらう事になるとは、情けねぇ限りだぜ)
とは言え、自分が死んで主を悲しませるよりは遥かにマシだと、牙猛はそう思い直す。
「大丈夫ですか、牙猛さん?」
「あぁ。何とかな…………」
心配するユグノーに、牙猛は力無くそう答える。闇魔人形とユグノーの手で傷は大分癒されたものの、牙猛は未だ起き上がる事すら出来ずにいる。
「あなた程の人がここまで重症を負うなんて、途轍もない強敵だったようですね」
「俺や雷電にとってはな。他の連中は傷すら追わずに倒せるだろうよ」
そこへ、雷電を抱えた闇魔人形が ”転移” で姿を現した。
「雷電さ、っ!!?」
「雷電!? どうしたんだその怪我は!?」
「いやぁ、手酷くやられた挙句、取り逃がしてこの有様だ」
「と、とにかく、早く治療をしないと! こちらへ!」
「合点!」
ユグノーに案内され、闇魔人形はベッドの上に雷電を寝かせる。そしてユグノーと交代すると、ユグノーはすぐさま回復魔法による治療を開始した。
「酷い怪我です………! しばらくは絶対安静にしてないと、命に関わります!」
「っ! 聞いたね雷電? 後で桃華にも見てもらうけど、桃華とユグノーの許可があるまで、動いちゃダメだからね?」
「り、了解だぜ…………」
「ユグノー、悪いけど2人をお願い。僕はすぐ現場に戻らないと!」
「はっ! お任せを!」
ユグノーの返事を聞くと、闇魔人形は再び ”転移” で森に戻る。森は既に文字通りの魔の森と化しており、最早足元すら信用できない状態となっていた。
(う~わ、やっば。さて、どうすっかなぁ…………。取り敢えず、先史級達をぶっ飛ばすか)
まずは10人の先史級の討伐が先決。そう判断した闇魔人形は、強大な気配の1つに向かって進む。しかし、森中の植物系の魔物達が行く手を阻み、中々先へ進む事が出来ない。
(面倒くさいなぁ。本体と交代、は無理だね。本体は僕らへの指示で手一杯だし。ちょっと体への負荷が大きいけど、ここは本気で――――お?)
突然、北東方面で轟音が響き渡り、巨大な気配の1つが消失する。
(この気配は…………桃華と羅剛? 早いな。もう1人片付けちゃったんだ)
2人に感心しつつ、闇魔人形も巨大な気配の1つを目指して突撃する。
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「やれやれ、また一撃か」
「案外脆かったな」
「んな訳あるか。お前が強すぎるんだよ」
ヴィオンド帝国北東の一角にて、桃華と羅剛は先史魔樹の亡骸の前に佇んでいた。
古代魔樹を殲滅した後、桃華と羅剛は地中に何かの気配を感じそれを追っていたが、突然その気配が移動を止める。追跡に気付かれたのかと疑った2人だが、その直後、その気配が地上へと姿を現した。
気配の主は先史魔樹。ヴィオンド帝国を取り囲んだ、10人の先史級の1人。さらには例の果実による強化が施されており、牙猛や雷電では勝てない存在となっていた。だが羅剛は、先史魔樹が出現した瞬間、『怪神』を纏わせた拳の一撃で相手を粉砕。たった一撃で片を付けてしまったのだ。
「まぁそんな事より、今はコイツらだ。まさか先史級が出現するとは」
「黒幕自らお出ましってか?」
「いや。それはない。今までコソコソ隠れてた奴が、いきなり前線に出て来るとは思えない」
「確かに。じゃあコイツも、黒幕の手下なのか?」
「それは本人の口から直接聞くとしよう」
「本人って、コイツはもう死んで――――ん?」
羅剛の疑問に答えるかのように、突如、先史魔樹が不死系魔族化する。
「コ、コイツ! 不死系魔族になりやがった!?」
「スカルが仕掛けた ”冥府領域” の力さ。なんでも、この領域内で死んだ者は強制的に不死系魔族化して、スカルの眷属に加えられるそうだ。聞いた話じゃ、今は帝国を中心に戦場全体を ”冥府領域” にしているらしい」
「じゃあ、俺達が倒した奴らも?」
「あぁ、今頃スカルの眷属になってるだろうよ。もっとも魂が消えてると、意思を持たないただの屍魔族になってしまうらしいがな」
「………コイツ、魂消えてないよな?」
「自分で倒しておいて何言ってるんだお前は。まぁ安心しろ。魂までは消え失せてない。情報は絞れる」
そんな話をしている間に、先史魔樹は肉体が修復され、不死系魔族――――先史幽樹への転生(?)を完了させる。
「うぅ、いったい何が…………っ!!」
羅剛の姿を見た途端、先史幽樹の顔が青ざめる。
「お、お前は、さささ、さっきの!!」
「よお、調子はどうだ?」
「良いと思うか!? こちとら死にかけたんだぞ!?」
羅剛に怯えてすっかり及び腰になっている先史幽樹に、桃華はついつい共感を覚えてしまう。だが、今はそんな事をしている猶予は無い為、早速話を切り出す。
「あ~、失礼。ちょっと良いか?」
「何だお前は? その羅剛の仲間か!?」
「まぁな。と言っても、私はコイツ程バケモノじゃないが。そんな事より、勘違いしているようだから、今のお前の状況を教えてやろう。一度しか言わないから良く聞け」
桃華は幽樹に、彼が一度死んでいる事、彼が不死系魔族として甦らされた事、そして彼が仲間の眷属になっている事を話した。
「スカルは不死王。不死系魔族に対する絶対の優位性を持っている。仮に生前はアイツより格上だったとしても、不死系魔族になった時点でお前はアイツに逆らえない。これがどういう意味か、分かるよな?」
「つまり…………俺はそのスカルって奴にも、その仲間のあんたらにも逆らえないって事かよ」
「そうだ、納得したか?」
「ふざけるな! 何で見ず知らずの奴にいきなりこき使われなきゃならねぇんだ!?」
「お前が負けたからだ」
「………っ!」
全力の3割程度の力で、桃華は幽樹を威圧する。
「魔族は弱肉強食。敗者は勝者に従うのみ。お前も一端の魔族なら、分かってるだろう?」
「くっ…………!」
「今後は我々の指示に従うように。良いな?」
「…………」
「返事は!?」
「し、承知した…………!」
ギリギリと歯を食いしばりながら、幽樹は服従の意を示す。それを確認した桃華は、早速尋問を始めた。
「では、質問に答えてもらうぞ。お前の他に9つ、先史級の気配があるが、お前の仲間で間違いないな?」
「………あぁ、その通りだ」
「何が目的でここへ?」
「俺達の魔素を大地に満たし、ヴィオンド帝国を中心に魔物の森を形成する事。そういう指示だ」
「誰の指示だ?」
「”ヴェイル” という名の、先史魔樹だ」
「ヴェイル、って事は名前持ちか。奴の目的は分かるか?」
「流石にそこまでは知らされていねぇ」
「そうか。因みに誰が名前を?」
「ヴィオンド帝国の王弟に名付けられたと言っていた。確か、王弟に手を貸すのと引き換えだとか」
「成程。その ”手を貸す” ってのが、今回の侵略というわけか。となると、侵略の目的はその王弟に聞いた方が良さそうだな。で、お前もそのヴェイルとやらの侵略に付き合ったと?」
「違う、付き合わされたんだよ。数ヶ月前、いきなり奴が戦いを挑んで来たんだ。そして俺は奴に破れて、奴に従う事を強要された」
「魔族は弱肉強食だからな。それは当然だろう。だがその割に結構優遇されてるじゃないか。果実も相当貰ってるみたいだし」
「それは単に、兵士を強化する為だよ。アイツは基本、集団戦闘が得意なんでね。兵士を強くする為ならなんだってするさ」
「じゃあ、お前も他の奴らも、使い捨ての兵士に過ぎないと?」
「…………そこは分かんねぇな。単なる駒扱いと思いきや、事の経緯は普通に話してくれるし。やられた手下の事を情けないと言いつつも、仇は取ろうとしてたし」
「では、最後にもう一つ。お前らが与えられた果実は、称号の力で作られた物だそうだな。何か心当たりは?」
「…………樹系魔族と草花魔族には、それぞれ王がいる。その王達の中で代々受け継がれている称号があると、随分昔に聞いた事がある。恐らく果実は、その王の称号で作られた物だ」
「なんて称号か分かるか?」
「知らん。その時の王と、王位継承者以外、称号の詳細を知る事は出来ねぇんだ」
「そうか」
桃華の尋問によって、以下の事が判明した。
・先史種達が1つの組織である事
・敵がヴィオンド帝国を中心に、森を形成しようとしている事
・黒幕の名がヴェイルである事
・ヴェイルと組んでいるのが帝国の王弟である事
・樹系魔族と草花魔族には王がいる事
・王達で受け継がれる称号がある事
桃華は早速この情報をミカエルに伝える。
《――――成程。つまり果実の出所は、その ”王の称号” である可能性が高い、という事ですか》
《あぁ。それと森の魔物化もコイツらの作戦だそうだ。ただ、何の為にそんな事をするのか、そこまでは知らされていないらしい》
《………1つ、思い当たる事があります》
《え、何だ?》
《カルメラ様の言っていた、違和感です》
《あぁ、確か『帝国が囲まれて見える』という奴だったか? だがイリゼ殿が言っていたように、本当にその気なら古代魔樹を制圧した地域から離すのは、おかしいんじゃないか?》
《最初から囲む役を、先史種に任せていたとしたら、どうでしょう?》
《っ!!》
《ヴェイルは初めから、先史種達に魔の森を形成させて、帝国を奪うつもりであった可能性があります。もしそうなら、古代魔樹が持ち場を離れたとしても、何の違和感もありません》
《帝国が魔の森になったら、植物魔族の一大勢力圏が出来上がる………もしや、ヴェイルの狙いはそれなのか!?》
《えぇ。だとするならば、放って置くわけにはいきません。既に森は形成されてしまっています。森の魔物達を果実で強化して、いずれ国外へも侵攻してくるでしょう。我々の村へ攻め込んで来るのも時間の問題です》
《ならば、これ以上奴らの好きにさせるわけにはいかないな。少なくとも、先史種はどうにかしないと!》
《えぇ、早く倒さなければ、我々は先史種とヴェイルに挟み撃ちにされてしまいます。他の動けるメンバーにも声を掛けましょう。お願い出来ますか?》
《任せろ!》
一旦 ”念話” を解除し、桃華は羅剛に会話の内容を伝える。
「――――そういうわけで、私達は先史種共を狩りに行くぞ!」
「おうよ!!」
そして桃華は羅剛を連れて、先史種の討伐に動き始めた。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
「先史種達が出現したようだな」
「あぁ、既に魔の森が形成され始めている」
帝国の玉座の間では、ヴェイル、クルス、ヴァレスの3人が、戦場の様子を確認していた。遠くの場所を映像として映し出せる水晶を使い、戦場を俯瞰しているのだ。
「後は、これから生まれてくる奴らに果実を与えて強化すれば、強大な力を持った森の軍勢が生まれる」
「その森の軍勢の力を使えば、我らヴィオンド帝国は世界の覇権を握る事が出来る………!」
”武力による世界征服” は、彼の長年の夢であった。その達成がいよいよ目前に近付き、ヴァレスの目がギラつく。
「それで、ヴェイル。これでアルトとその仲間共を殺れるのか?」
「あぁ…………だがその前に、ゴミを片付けないとな」
「ゴミ?」
「あぁ、こうやってな!」
瞬間――――
ヴェイルの右腕が木の根へと変化し、クルスの心臓を貫く。それは、あまりにも一瞬の出来事で、誰一人反応することができなかった。ただ1つ確かだったのは、その一瞬でクルスの命が風前の灯となった事だった。




