第46話 覆る戦局
今話は第三者目線です。
ヴェイルは、受け入れがたい現実に唖然としていた。北西側はまだ戦線が保たれているが、北東側は既に古代魔樹が全滅してしまっていたからだ。
「バ、バカな! 果実を与えた奴らだぞ!? 先史魔樹並みに強化されたはずだ! それが、碌に足止めも出来ずに殺られた!? なんなんだアイツらは!?」
あまりの惨状に、ヴェイルは思わず抗議の声を上げてしまう。それ程までに、彼は ”果実” の力に自信があったのだ。
(まさかアイツら、偽物寄越しやがったのか? いや、そんなわきゃねぇ。人質取って押さえてる上に、果実は俺自ら査定した。不良品ならすぐ分かる。手下共もバカだが無能じゃねぇ。何ならその中でも精鋭を選び抜いた筈だ。それがまさか、ああも一方的にやられるとは………)
さらにヴェイルにはもう1つ、頭を抱えたくなる問題があった。
(まさか、あのローブの野郎がアルトだったとは。ウズールがあっさりやられたのも無理ないぜ。って事は、成程。アイツが指揮官か。アイツは空間魔法も使えるってあのバカ王弟が言ってたし、間違いねぇだろ。あんな手練れの魔族を従えられるのも、アイツなら納得だ)
実際は指揮官はミカエルであり、さらに上の纏め役としてカルメラがいるのだが、ヴェイルがそんな情報を知るはずも無く、彼の頭の中でアルトは ”手練れの魔族を複数従える存在” へと成りあがっていた。
(奴が相手となると、のんびりしてられねぇな。少し早いが、やっちまうか)
ヴェイルは腕を一薙ぎし、未だ床に散らばっていた果実を全て取り込む。そして壁に磔にされている少年と少女の元へ歩み寄ると、懐から一枚の紙を取り出した。
「お前ら、これが何か分かるか?」
「魔法契約書でしょ?」
「何それ?」
「魔法契約を結ぶ為の書簡だよ。一度契約したら、それに反する事をする度に災いが降りかかる」
「そう。例えばこれだったら、”身代わりになる契約” を結んでる。俺が怪我を負えば契約相手が怪我を負い、俺が死んだら契約相手が死ぬ。つまり契約相手が生きている限り、俺の安全は確実に保証されるわけだ」
「ま、そんな契約を結んでくれる、お優しい人がいればの話だけどね」
魔法契約は、結ぶ際にお互いの同意が必要となる。契約する者同士がお互いに契約を了承しない限り、魔法契約が結ばれる事は決してない。
――――ただし、契約を結びたくなるように、誘導する事は可能である。
「それがな、この契約は既に締結されてんだよ」
「へぇ、意外だね。誰がそんな契約を結んでくれたの?」
「はて? 誰だったか。忘れちまったが、契約を結んだ時の事は覚えてるぜ? ”契約を結ばないと、お前の親友達がどうなっても知らないぞ?” って脅したら、即契約に応じてくれたんだ。優しい女王蜂だよな?」
「「っ!!!!」」
ヴェイルがにやりと笑ったその瞬間、少年と少女の脳裏に1人の人物の顔が浮かぶ。2人の親友である、女王蜂の顔が。
「ヴェイル、お前!」
「おっと! 抵抗するのは自由だが、俺を殺せるのはお前らのお友達が死んだ後だぜ?」
「貴様………!」
「この外道!」
「はっ、何とでも言え。そんな事より、今俺の計画に大きな支障が生じている。故に、お前らにも俺と契約してもらうぞ」
「ふざけんな! 契約なんか――――」
「落ち着いて。私達に選択肢なんか無いよ。私達が拒否したら、あの子が殺されちゃう」
「…………っ!!」
「そういうこった。ほれ、これが契約書だ。一読しとけ」
ヴェイルは新たに懐から2枚の契約書を取り出し、それを2人に向けて飛ばす。契約書には契約の内容が記されており、大まかにこのような内容になっていた。
・少年及び少女は、全身全霊を持ってヴェイルの為に尽くす事。
・ヴェイルの命令に逆らわない事。
・契約に違反した場合は2人の親友の命が消失するものとする。
以上だ。
「人質を取って奴隷にしようってわけか。どこまでも人をバカにしてくれる」
「でも、契約しないと、あの子が………!」
「分かってる。やるしかない」
2人は渋々契約書に魔素を流し込む。これが通常の契約書におけるサインであり、今この時を持って契約が締結された事を意味した。
契約書はすぐにヴェイルの元へと戻る。その瞬間、ヴェイルの両腕が突然木の根へと変化し、2人に襲い掛かった。
「んーーーーー!!?」
「んむーーーーー!!」
幾本もの木の根が絡みつき、契約のせいで抵抗も出来ず、2人は成す術なく木の根に飲み込まれていく。そんな2人に対し、ヴェイルは嘲るような笑みを浮かべた。
「お前ら勘違いしてるようだが、お前らは奴隷じゃねぇ。俺にとっちゃお前らなんて、養分でしかねぇんだよ」
「「っ!!」」
「安心しろ、殺しゃしねぇよ。ちょっとその王冠の力を借りるだけさ。出し惜しみなんてするなよ? 今結んだ魔法契約の事、忘れた訳じゃねぇだろ?」
「んむむむぅ!!?」
「”何が目的だ!?” って言いたそうな顔だな。俺の目的はただ一つ。種族の王になる事だ。この力を使って、俺は樹系魔族と草花魔族の王になるのさ! ひゃははははっ!」
「「…………!!」」
悔し気な表情を浮かべながら、2人は木の根に絡めとられ、文字通りヴェイルの腕に飲み込まれる。2人を吸収したヴェイルは満足げな笑みを浮かべ、部屋から姿を消した。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
ヴェイルが向かった先は、彼に名を与えた金髪の青年の部屋だった。
「よぉ、待たせたな。クルス王弟殿下」
「遅いぞ! これから兄上、いや、皇帝陛下と謁見だというのに、何をしていたんだ! さっさと行くぞ!」
いつものように苛立ちながら、クルスはヴェイルを引き連れて皇帝の元へと歩み出す。
「で、何があった? まさか、奇襲が失敗したのか?」
「そのまさかだ。北東側に送り込んだ手下共があっさり倒されちまったんでな、計画の調整をしていたのさ」
「な、またやられたのかお前の手下共は!?」
「あぁ、全滅だよ。とんでもねぇ手練れが送り込まれててな。この様子じゃ北西側も怪しい所だ」
「ええい! 何故こうも事が上手く運ばんのだ! 我らの目的は世界征服だぞ! こんな所で足踏みしている暇など無いというのに!」
「落ち着けよ。まだ俺達の計画は終わっちゃいねぇ。お前だって分かってるだろ?」
「それは分かっている! 分かってはいるが………!」
「それと、悪い知らせがもう1つある。今回突然現れた謎の集団なんだが、どうやらアルトが率いているらしい」
「っ!!!? それは本当か!?」
「あぁ。どうやら暗殺は失敗したみてぇだな」
ヴェイルの報告に、クルスは顔を真っ赤にして憤慨する。
「あの裏切り者めぇ! 我が国で雇ってやった恩を忘れおって! しかし、これは由々しき事態だぞ。奴はその気になれば、世界を滅ぼす事すら可能な怪物だ。下手に手を出せばこちらがやられかねん」
「安心しろ。その為に、さっき新しい力を手に入れて来た。奴が相手だろうともう負けねぇよ」
「力? それはどういう物なんだ?」
「簡単に言うと、全樹系魔族、草花魔族の王の力だ」
「そんな物があったなら、何故今まで使わなかったんだ?」
「それを受け止められるだけの力を蓄える必要があったんだよ」
「不便な物だな。それで? 今はその力使えるのか?」
「あぁ、バッチリだ」
「ならば良いが、暴走してこっちが迷惑を被るような事だけはするなよ?」
「ハイハイ」
そんな話をしていると、いつの間にか皇帝の待つ玉座の部屋の前へと辿り着いていた。金の装飾が施された赤い扉の前で、クルスは名乗る。
「ヴァレス皇帝陛下! クルスに御座います! 召集に応じ馳せ参じました!」
「入れ」
重厚な扉が開かれ、クルスはヴェイルと共に玉座の間に入る。扉はすぐに締められ、部屋にいるのは3人のみとなった。
部屋は床も壁も磨き上げられて真っ白に輝き、扉から玉座までの道には赤い高級絨毯が敷かれていて、奥に荘厳な作りの玉座がある。一帝国を纏め上げる者の部屋として相応しい作りとなっていた。
そして玉座には、鎧を纏った厳つい青年が座っていた。現ヴィオンド帝国の皇帝ヴァレスである。まだ若いにも関わらず歴戦の猛者の風格が漂っており、眼光は鋭く凄まじい威圧感を放っている。ヴェイルはヴァレスの眼光に晒されても涼しい顔をしているが、クルスは緊張のあまりゴクリと唾を飲み込んだ。
「どうした? もっと近くへ来い」
「はっ。失礼致します」
2人は絨毯を踏みしめて玉座の前まで進んでいく。そして玉座の下までくると、ヴァレスに向かって跪いた。
「お久しぶりでございます。陛下」
「堅苦しい挨拶はいらねぇよ。今は俺達3人しかいねぇんだから。それよりも、侵略計画は順調か?」
「万事順調、とは言えないが、今の所計画通りに進んでいる。ただ、1つ大きな問題が発生した」
「問題?」
「実は、我らの計画を拒む集団がいるのだが、どうやらその集団を率いているのが、アルトらしい」
「何だと!? 確かか!?」
思わず玉座から立ち上がり、ヴァレスは驚愕の表情を作る。
「奴が敵に回ったら、俺らに勝ち目は無いぞ?」
「俺もそう思ったんだが、どうやらヴェイルが新しい力を手に入れたらしい。そうだったな?」
「あぁ、この力を使えば、アルトも、そのお仲間連中も、一網打尽に出来る」
「では、奴らが到着次第、やってくれるか?」
「任せとけよ、皇帝陛下」
ヴェイルは不敵な笑みを浮かべ、窓の外を見やるのだった。
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その頃、北西方面の戦局に動きがあった。
「グッ!」
「ハァ、ハァ………」
カイザー、蒼創と戦っていた古代魔樹達が、いよいよ限界を迎えたのだ。
「リ、”緑葉飛刃”!」
淑女の姿をした古代魔樹が掌を蒼創に向けると、掌から鋭利な木の葉が無数に打ち出される。全ての葉に切断力を強化するスキルが付与されており、その威力は白銀魔鋼を切れる程強力なのだが、蒼創は動じない。
「”黄金触手群”」
蒼創の足元に黄金の沼が形成される。そこから黄金の触手が無数に生え、木の葉の刃を全て叩き落とした。さらに触手は、地面に倒れ伏す古代魔樹達の四肢と首を縛り上げ、その上胴体に突き刺さり2人を拘束する。
「ガハッ!」
「ヌグッ!」
「無駄だ、もう君達に勝ち目は無い。大人しく君達の知っている事を全て吐いてくれれば、一瞬で殺してやるがどうする?」
「全て、吐けだと? バカにするんじゃないよ」
「お前達には何一つ渡さぬ。それに、たとえ勝てずとも、せめて致命打を与える事が出来れば御の字だ! ”呪葉旋風”!」
今度は紳士の姿をした古代魔樹が、呪いを付与した大量の木の葉を打ち出す。呪いの木の葉は一斉に時計回りに回転し、全てを切り裂く竜巻となって2人に迫る。
「ここは俺に任せてくれ」
カイザーが一歩前に出て、竜巻に向けて剣を構える。
「”皇帝斬裂波”!」
カイザーが剣を縦に振り下ろすと、斬撃型の『ゴブリン・バスター』が打ち出される。ただでさえ『ゴブリン・バスター』は、国を機能不全に陥れる一撃。それが斬撃という形に凝縮され、『絶対切断』を付与される事で切断力を上昇。こうなっては最早竜巻など、ものの数に入らない。
スッ――――
豆腐でも切るかのように、斬撃は竜巻を一瞬で切り裂き霧散させる。それだけに留まらず、斬撃は目にも止まらぬ速さで古代魔樹達に迫る。
「「………へ?」」
間の抜けた声を上げた時、既に古代魔樹達は半身を吹き飛ばされていた。大地も抉られ、斬撃の軌跡がずっと遠くまで続いていた。
「は、はは。まさかこれ程とは………」
「これが、本物か………勝てるはずもない………」
死の間際にそう言い残し、2人は絶命する。遺体はハラハラと塵になって消えていった。
「カイザー君! 私の獲物まで吹き飛んでしまったじゃないか」
「む、すまない。まだこの剣の力に慣れていなくてな。上手く加減できなかった」
「確か、称号『アーサー』だったか? ”剣の王” とか言う大層な異名を持つ称号だそうじゃないか。そのカリバーンって魔剣も、その称号の力で呼び出してるんだろ?」
「そうだ。コイツを持っている間、俺の剣技の威力は数倍になる。ただでさえ俺には『剣術超強化』があると言うのに、この魔剣の相乗効果でさらに威力が上がってしまうから、調整が大変なんだ」
「なら、それを使いこなせるようになった時、君は今より数段強くなる。その時が待ち遠しいよ」
「何だかんだ言って、あなたも戦いが好きなのだな」
「鬼ってのは喧嘩してなんぼだからね。1度負けた相手には勝つまで、それが出来なかったとしても一泡吹かせるまで挑み続ける」
「俺はあの後、既に何度もあなたに負けているのだが?」
「力を使いこなした君を倒すまで、勝ったとは言えないよ」
そんな風に、2人が和やかな時間を過ごしていたその時だった。
「「っ!!!!?」」
まるで大地震でも来たかのように、突如大地が震え始める。同時に、数キロ先で途轍もない力を持つ者達が出現したのを2人は感じた。
「何だ!? いったい何が!?」
「分からんが、とんでもない強者が現れたのは間違いない。取り敢えず、ミカエル様に報告しよう」
異常を感知した2人は、ミカエルに連絡を取る事にした。
《ミカエル様! 聞こえるか!?》
《えぇ、聞こえます。それと、今の現場の状況も把握しています。どうやらヴィオンド帝国周辺に、先史魔樹が5人姿を現したようですね》
《5人!? 確か、敵の首魁も先史魔樹だったよな? それが一気に5人も………! もしや、黒幕が自ら出張って来たのか?》
《いえ、それは無いでしょう。今までもずっと隠れて活動していた奴です。今になっていきなり出張ってくるとは考えられません。それと、どうやら樹系魔族だけではないようです》
《他にも何かいるのか?》
《草花魔族の上位種、先史草花魔も5人姿を現しました》
先史草花魔は先史魔樹と同じく、草花魔族の中でも長く生きた個体が進化を遂げる事で誕生する魔族である。草花魔族と樹系魔族は長きに渡り協力関係を結んでいる為、両者の上位種が同じ場所に現れる事はおかしな話ではない。だが、その出現場所に関しては、とても偶然で片付けられる物ではなかった。
《ヴィオンド帝国を中心に、円を描くように出現している………。これでヴィオンド帝国周辺は、樹系魔族と草花魔族に囲まれた形になりますね。恐らく、例の先史魔樹の指示によるものでしょう》
《指示を出した奴も、それを実行した奴も先史級。って事はつまり、その9人は同格の奴をボスと認めて従っているのか? だとしたら、ボスの先史魔樹は、いったい何者なんだ?》
《分かりませんが、少なくとも通常の先史魔樹と同じように考えてはいけないようですね。それこそ、果実を食して力を得ていると考えた方が良いでしょう》
《果実?》
《先程、桃華やスララさんの協力もあって、奴らの謎の力の解析が完了しました。どうやら敵は、ある称号の力で作られた果実を食して力を得ていたようなのです》
《何と! 称号の加護を受けていたのか! 道理で強い筈だ》
《えぇ。詳しく解析してみた所、果実はたった1つで力を数十倍増幅させるようです。奴らのあの驕りも当然と言えば当然で――――》
その時だった。突然、地面全体に何者かの魔素が充満し始め、周りの木々、草花達が一斉に動き始める。
「カ、カイザー君? 何か嫌な予感がするんだが?」
「奇遇だな。俺もだ」
そして、その予感は的中する。動き始めた植物達に禍々しい顔が浮き出て、2人に襲い掛かって来たのだ。
《行けっ! ”闇魔人形”!》
カルメラの声が響いた瞬間、暗闇の中から2つの真っ黒な人影が飛び出し、手にした『赫灼幻想剣』で植物達を一網打尽にする。これはミカエルが作った新スキル、『深淵喰闇』を材料にしたゴーレムで、”光魔人形” と同等レベルの力を誇る。生まれたばかりの魔物など敵ではない。
《2人共、無事!?》
《あぁ、問題ない》
《すまない、助かったよカルメラ様》
《油断しないで! まだまだ来るよ!》
植物は周りに幾らでもあるため、魔物は次から次へと出現する。突然の事態に、ミカエルは困惑していた。
《こ、これはいったい!?》
《先史級が持つ種族スキル『魔ノ森』だよ。そこらの植物を魔族化させる事が出来るスキルさ》
《樹系魔族や草花魔族は、魔素に侵された土で自然に発生するが、先史級はそれを人工的に、そして瞬時に行う事が出来る。10人もいるなら、この国まるごと森に変えることも可能だろうな》
襲い来る魔物の大群を相手しながら、蒼創とカイザーがそう答える。改めて周りを調べてみると、確かにヴィオンド帝国を含めた、取り囲まれた地域内全ての植物達が魔物化していた。
(敵はこの地域一帯を魔物の巣と化し、多数の増援を得た。そしてそれを動かす指揮官が10人。さらにその10人を従える首魁がいる。もっとも、首魁自身は出てこない可能性が高いですが。対してこちらはたった9人。………いえ、7人ですね。雷電と牙猛はこれ以上の戦闘は厳しいでしょう。残り7人も、多少なりとも消耗している。マズいですね)
戦況は大いに不利。下手をすれば死人が出る可能性もあった。
(まずは雷電と牙猛の救出。2人の事はユグノーに任せて、その後は…………どうする?)
あまりに不利な状況に、ミカエルは頭を悩ませた。




