第48話 森の浸蝕
今話は第三者視点です。
ヴェイルが右腕で、クルスの心臓を貫く。刹那の出来事に、ヴァレスは一切反応が出来ず、ただ茫然とその光景を眺めていた。
「ガフッ…………!」
「…………え?」
クルスは血を吐いて崩れ落ちる。さらに木の根がクルスを包み込み、ヴェイルはクルスを吸収した。実の弟が飲み込まれても、ヴァレスはしばらくの間、何が起きたのか理解する事が出来なかった。
「ク、クルス…………?」
「ふはーーはっはっはぁ! 臣下ごっこはもう終わりだ。ここからは俺の好きにやらせてもらうぜ!」
ヴェイルの邪悪な笑い声を聞いて、ヴァレスは漸く正気に戻ると、瞳に激しい怒りを滲ませてヴェイルを睨みつけた。
「ヴェイル、貴様! 俺の弟をよくも!! 貴様、寝返ったのか!?」
「寝返る? 最初から仲間だった覚えはねぇ。分からないか? お前らは俺に利用されたんだよ」
「な、何だと…………?」
「たかだか人間如きの為に、樹系魔族と草花魔族の次期王である俺様が、力を貸すと本気で思ったのか? バカな奴だ」
「そ、そうだとしても、貴様とクルスは魔法契約を結んでいたはずだぞ! クルスに害を成せば、貴様も被害を被るはずだ!」
「はっ、そんなの嘘に決まってんだろ。俺は奴と契約なんざ結んじゃいねぇ。結んだフリをしてたのさ」
「なっ…………!」
「つまりだ。てめぇらを殺した所で、俺には何のデメリットも無い。が、待てよ…………良いことを思いついたぜ。お前は生かしといてやる。この国の最期の見届け人としてな!」
「最期だと? ふざけるな! この国は俺の物だ! 貴様如きが、勝手にこの国の行く末を決め――――」
パチンッ――――
ヴェイルが指を鳴らすと、ヴァレスの足元から突然植物が生え、彼を縛り上げて固定する。
「ぐっ、何だこれは!? 力が入らない…………!」
「お前の魔素を吸収してるのさ。安心しな。魔素欠乏症は回避してやるよ。だが、これでお前はもう戦えねぇ」
「嘗めるな! 『武王ノ支配』!」
『武王ノ支配』は、対象を強制的に支配できる特上スキル。発動すれば相手の自我を封印し、傀儡とする事が出来る。
――――ただし発動条件は、相手が格下であること。同格或いは格上の相手に、このスキルは通用しない。
「あ? くすぐってぇな。何かしたのか?」
「バカな…………なぜ支配が効かない!?」
「んなもん、てめぇが弱ぇからだろ?」
「ぐぬっ…………!」
丁度その時、ヴェイルは先史魔樹の気配が1つ消失したのを感じた。
「おいおい、マジで言ってんのか? 先史種すら一撃かよ。ちっ、急がねえと」
ヴェイルは舌打ちすると、ヴァレスの方を向く。
「残念ながら、お前の相手をしている暇は無くなった。全部終わるまで、ここで大人しく待ってな」
ヴェイルはそれだけ言うと、転移の魔法で姿を消す。転移先は王城の一番高い塔の上。ヴェイルはそこで、奪い取った2つの称号の力を発動する。
「”新たなる森の誕生”!」
瞬間、ヴェイルの足元を中心として、城が植物に覆われ始める。しかもただの植物ではなく、その全てが草花魔族である。まるで波が押し寄せるかのようにそれは拡大し、範囲を広げ、城に留まらず城下町をも侵食し始める。突然の出来事に、城下町は大騒ぎになった。
「きゃあああああああ!!」
「た、助け、ぎゃああああああ!!」
草花魔族、そして樹系魔族が次々と芽生え、城下町の人々に襲い掛かり、その命を吸いつくしていく。ほんの一瞬の内に城下町の人々の半数が死に絶え、代わりに新たな森が形成された。
「まだだ、もっと広がれ。この国の全てを、俺の眷属で埋め尽くせ! ハァァァァァァァァァァァ!!!!!」
ヴェイルの慟哭に呼応して、凄まじい速度で森が形成されていく。外側から先史種達が『魔ノ森』を発動していた事もあり、ヴェイルが力を発動してから1分足らずで、帝国は森に覆われた。
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「な、何だこれは!? もの凄い速度で魔物が生まれてる!?」
突然の事態に、桃華は困惑する。彼女は羅剛と共に、魔物達を倒しつつ先史種を倒すべく移動していた。しかし、帝都の方角から凄まじい勢いで魔物の気配が増えている事を感知し、一旦足を止めたのだ。
《ミカエル様、いったい何が起こってるんだ!?》
《どうやら帝都を中心として、樹系魔族、草花魔族が次々と生み出されているようです。既に帝国全体が魔物の巣窟と化し、今も犠牲者が増え続けています》
《って事は、ヴェイルとやらの仕業か》
《えぇ。既に気付いているとは思いますが、他の者達とは比べ物にならない気配を放つ先史魔樹がいます。それがヴェイルで間違いないでしょう》
《黒幕自らお出ましか。帝国の皇帝はどうだ?》
《以前として姿を見せません。帝国民まで被害を受けている事を鑑みると、既に始末されている可能性が高いですが》
《確か、皇帝の目的は世界征服だったか? その為に樹系魔族や草花魔族を利用しようとして、逆に全てを奪われたというわけか。哀れな――――》
《アイツを憐れむな》
突然アルトが、”念話” での会話に割り込み、語気を強めてそう言って来た。
《皇帝を憐れむ必要はない。どうせ放って置いた所で、アイツは世界を暴力で支配しようとしていた。同情の余地なんかねーよ》
《…………まぁ、今は皇帝の安否よりも、この後の我々の行動ですね。桃華にも話しましたが、まずは先史種を倒して森の魔物化を食い止めます。というわけで、助っ人を呼んでおきました》
《助っ人?》
《えぇ、彼女なら――――》
ミカエルが何かを言い終わる前に、何者かが転移魔法で帝国の南西方面に出現する。そしてその者が森に飛び込んだ瞬間、身の毛もよだつ黒い炎が南西方面のあらゆる植物を焼き尽くし、そのまま南西方面は黒炎に包まれる。
《な、何だ今のは? とんでもねぇ奴が来た気がしたが?》
《心配いらない。私の姉だ》
《桃華さんの? 通りで、強ぇはずだ》
《彼女にはこのまま南西にいてもらいます。あの炎は彼女の傍から離れる程、制御が効かなくなるそうなので。それと、北西方面も問題ありません。既にスカル、蒼創、カイザー、そして闇魔人形達に向かってもらいました》
《んじゃ、残りは北東と南東だな。北東は俺とスララだけで良い。桃華さんと羅剛さんは、南東に向かってもらう感じで良いか?》
《分かった》
《任せとけ!》
《ミカエルさんも、それで良いか?》
《えぇ、元よりそのつもりでした。この布陣でいきましょう》
《因みに、カルメラさんは動けねぇのか?》
《…………すみませんが、ゴーレムの制御で手一杯です》
ミカエルは嘘を吐いた。
本当は、ゴーレムの制御程度で、カルメラは動けなくなったりしない。にもかかわらず彼女がそう答えたのは、カルメラが村の外に出て誰かに顔を目撃される事を恐れたからだ。
(敵戦力は手強いですが、今の所カルメラ様抜きでも対応できるレベル。先史種を倒し、敵を討滅したタイミングで退いてくれれば良いのですが…………)
ヴェイルが持つ、未だ不明点の多い称号の事が、ミカエルは気掛かりだった。
《そうか。なら、しょうがないな。ここは俺達だけで切り抜けよう》
《えぇ、お願いします》
一抹の不安はあるものの、現時点ではこれが最良と判断し、ミカエルは指示を出すのだった。




