表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

「もう足踏みはしてらんない」

 「はぁ……!?」

 アヤバラの鉄仮面は見る影も無く、不快感が顕わになっている。

 その揺れる眼鏡の奥からの視線を自分は横目で流しながら、教室を振り向く。

 「だって、そうでしょう? こんな噂を流す理由、合理的に考えるならそれくらいしか無いよ」

 「……ふざけな(キーンコーンカーンコーン)」

 怒りに震える声は、チャイムで掻き消され、間もなく臨時の担任が入ってきて着席を促し、教室はひとまず鎮まった。自分が席に着いたのを見てか、アヤバラもしぶしぶ席に着く。




 梅雨らしいじっとりした温度が、授業中の教室を満たしている。

 授業を受けている思考の隙を突いて、いろんなトピックが入り込んでくる。


 鳴り止まない雨音がトリガーになってか、昨日、部屋で泣けなかった自分を思い出した。

 オルハが死んだと知らされたときにも、自分は泣いたっけ? ……ダメだ、思い出せないや。


 そーいっちゃんの(かたき)、かもしれない隣のアヤバラを盗み見る。……ペンを小刻みに動かしてはいるが、文字は書いていない。

 アヤバラが授業に集中できていない? 珍しいこともあるもんだ。まぁ原因は言わずもがなだけど……。アヤバラの手元から視線を上にやると、アヤバラと視線が合った。お互いすぐに視線を外して、授業に意識を戻す。先生はまだ板書中だ。聞き逃した話を教科書から照らし合わせ、慌ててノートを取った。


 いけないな。集中できていないのは自分もだ。だけど考える事が山積みなのも事実。


 女子高における自分の――”女子高の王子様”という存在感が、アヤバラが流した噂のせいで思いっきり反転して、女子高に居づらくなった。……あのマイナスの視線を浴びると、本当に肝が冷える。視線だけでは何を考えているかわからないから、自分の”秘密”がバレたのかと思ってしまう。


 『いずれ殺人を犯した時、この人気も一気に裏返ったりするのだろうか?』

 ノートに視線を放ったまま頬杖をついて、いつかの(くら)い予感を思い出す。まさかこんな形で裏返ることになるなんて。予想というか覚悟というか、そういうものが追いついてない。

 教室でハッキリと否定したぶん、あの場に居たクラスメイトや野次馬は噂を否定してくれるだろう。特に、ノダの顔は広い。その情報網でおしゃべりしてくれたなら、女子高全体に情報修正が広まっていくのも時間の問題だろう……と、期待もしてたり。

 でも、誤解は広まってしまえばそう簡単に解けるモノではないよな、とも思う。誤解は誤解を呼ぶもんだし、自分への疑いがそれだけで晴れるワケもない。

 そうなると最悪の場合、アヤバラを殺すこともできないまま、自分は女子高に居られなくなるかも……。


 「……き? 坂崎? さーかーざーきー?」

 ハッとして顔を上げた。

 先生が、板書の単語を手で隠してこちらを見ている。この先生はいつもそうやって、理解しているかを確かめてくるのがお決まりだった。

 「あぇ、っと……うーん……」

 わからないなりに教科書をめくるけど、それでわかっていないと判断されてしまったらしい。

 「うーん珍しいねー、ちゃんと聞いといてよ~?」

 「はい……」

 答えを聞き取りながらも、頭がブワッと熱くなる。授業でこういうわかりやすい恥をかくのは久々だ。


 ったく、コレも全部アヤバラが噂を流したせい……。

 そう思って横を見れば、アヤバラは侮蔑か嘲笑の眼差しをこちらに突き刺しているところだった。こちらの視線に気付いて、すぐにノートに視線を落としたけど。

 クソっ、余計に頭が熱くなってきた。




 昼休み。


 最安パンと水を買って来るだけでも、ドッと疲れてしまった。いつもみたいにファンサービスをねだってくる()は居なくて、反転した視線が絡みついてくるだけ。

 無言で購買と教室を往復し、無言のままパンを水で流し込み、今は机に突っ伏しているところ。

 ……昼休みが始まってからココまで、声を掛けてくれた人、ゼロ。ノダですら姿を見なかった(誤解を解いて回ってくれているのかも、もしそうだとしたら感謝しなきゃ)。こんなの、入学したての頃以来じゃないか?

 だけどその方が、今はありがたいかもしれなかった。考える事は相変わらず多い。頭の中を整理するにはもってこいだった。


 『コレも全部アヤバラが噂を流したせい……。』

 授業中の思考がぶり返す。……いやもう正直、コレがすべてだ。全部アヤバラが悪い。


 アヤバラが、そーいっちゃんを殺したかもしれない。


 こんな時でも自分の右隣で弁当を黙々と食べているだろうアヤバラを考えて、頭に血が上ってきた。

 こういう時にそーいっちゃんが居てくれてたら、まだ精神が安定したのにな。

 この状況を作った原因の一端に助けを求めるなんて、構造がねじれていて大概おかしいけど、そう願ってしまう。


 突っ伏したまま溜息をついて、あらためて自分が置かれた状況を見つめ直してみる。

 ……自分を、案じてくれる存在は居なくなった。女子高での立場も危うい。このままいけば、自分は女子高から排斥されるかも。その原因たる噂を流したのはアヤバラ。おそらくは、自分への明確な害意で以て。そのアヤバラが、オルハはおろか、そーいっちゃんも殺したのかもかもしれない。


 もういいや。

 さっさと殺すか。そうしない理由が無い。


 そう決めたところで、意識が薄れてきた……思えば、昨日はうまく眠れなかった………まだ考えなきゃいけないことはあるってのに……しかたない、チャイムに起こしてもらうか…………。

 心地いい体勢を探して、脚を動かす。スラックスのポケットに入れた鍵束が、シャリっと鳴る。……股間に挟まる貞操帯を、物理的な不快感で邪魔だと思ったのは久々な気がした。ずっと着けてて、慣れたハズだったんだけどな。自分が女子高に居られるかどうかの防壁が、こんなモノだなんて。今更だけど、おかしな話。




 放課後。


 今はちょうど、雨が止んでいる。

 雨合羽は持っているが、いざ広げると後々めんどくさい。そしてなにより……今だけでも、ここから早く逃げ出したかった。

 ――雨がまた降り出さないうちに、さっさと帰ってしまおう。

 そう思って教室を出る時、ふとアヤバラに一瞥(いちべつ)を送れば、そのアヤバラはすぐ後ろの生徒に話しかけられていた。いつもならすぐに帰っているところを阻止されたからか、鉄仮面に若干の苛立ちが見えた。




 自転車のチェーンが駆動する音を聴きながらも、アレやコレやと考え続けてしまう。


 あんなワケのわからない濡れ衣を着せようとしてきたんだ、そーいっちゃんを殺したのはアヤバラとみて間違いないだろう。だけど、そうなると……どうしてアヤバラはそーいっちゃんを殺したんだろう?

 というか。オルハの仇としてアヤバラを殺そうとしているけど、アヤバラとオルハの関係も、まだわからないままだ。殺す前に、そのあたりを問い詰めるくらいはしたい。


 そしてもうひとつ、対処しなきゃいけないことがある。

 『入部(イリベ)さんが、そういう会話を聞いたと言ってたんです』

 階段の陰での会話を聞かれていたという事になる。イリベとアヤバラがどういう関係か知らないが、いずれにせよイリベも口封じのために殺すしかないだろうか……。




 アパートに帰り着いてドアを施錠する間も、手洗いうがいをする時も、シャワーを浴びていても、カロリーブロックを齧っていても、寝袋に入っても、こんな調子で物騒な考え事は続いた。

 なんにせよ、行動を起こすなら早い方が良い。早速明日から話しかけてみるしかない。……どう話しかけたものか、それはさっぱりだけれど。


 それにしても。

 ただでさえ”秘密”が露呈しないように気を張っているのに、大量の考え事を処理しなきゃいけなくなってきた。……もちろん、ひとりきりで。

 そのせいか、消耗が激しかったみたいだ。昼休みにも寝たハズなのに、もう眠くなってきた……。




 この計画、無茶だったかな。

 今になって、ここまできて、そんな思考が頭にチラつく。殺意の炎が、現実に遮られてほんのちょっとだけ、霞んだ。そしてすぐに、その炎は勢いを取り戻す。

 自分の決断を裏切ることは絶対にしたくない。そのために、自分はわざわざ女子高に転入するなんてことをした。その決断と行動の先に、そーいっちゃんが死んだという事実まで転がってる。そして、自分がその気になれば、アヤバラを殺すなんてすぐにできる。……自分はここまで来てしまったんだ。


 オルハとそーいっちゃんの死について、アヤバラを殺すことで、復讐する。

 眠りに沈むなか、この再びの決意を、強く心に握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ