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「逃がした魚は大きいってか?」

 見覚えのある部屋の、寝具の上。

 裸の女の子が、仰向けで横たわっている。それを見る自分もまた、下着姿。


 恥ずかしさからか、彼女は目元を両腕で隠している。

 ――すきにして、いいよ

 そう言われている気がした。


 長い黒髪が散らばって、開け放たれた白い肌を浮き上がらせている。自分の息が、少し荒いのがわかる。

 たまらず手を伸ばす。彼女に触れる。反応が見たくて、視線を彼女の顔に向ける。いつのまにか腕は放り出されてた。

 そこから視線を返してきたのは、今や見慣れた、眼鏡の鉄仮面――




 寝袋の中、ハッとして目覚めた。夢の内容を思い出して顔を顰(しか)め、溜息をつきながら体を起こす。


 ――あのよく片付いた簡素な部屋は、オルハの部屋だ。そして、あの女の子のからだも、オルハのものだった。仰向けの重力に従った、胸のかたち……膨らんだ裸の胸を見たのは、オルハが初めてだったんだから、忘れられるワケない。

 あの夢は、自分の記憶にある映像そのものだった――女の子の顔が、アヤバラになっていたのを除いて。


 「……ひっどい夢」

 オルハとの想い出にまで、アヤバラが侵食してくるなんて。そう嫌悪するのに――アヤバラの、鉄仮面の下のゆたかな百面相たちが、脳裏に浮かぶ。

 

 昼にいろいろ誘ってみたときの、”信じられない”って顔。ブロッコリーを取り落としたりもしてたっけね?

 一緒にテスト勉強したときもいろんな顔が見れた。知らない問題への不服そうな声色、正解を知って驚いた瞳、外れた敬語……口説かれて赤くなる初心(ウブ)さ。


 切り揃えられた黒髪と、眼鏡から覗く隙の無い視線。……中身はともかく、その見た目はまさに”真面目な委員長”然としていて……要するに美人なんだと思う。

 アヤバラは殺したい仇だっていうのに、その外見に引っ張られて原体験が霞んでくるなんて……自分に失望しそうだ。


 「……バッカバカしい」


 枕元(枕は無いけど)の目覚まし時計を見る。午前5時を過ぎたあたりか……。いつもよりかなり早いけど、今から二度寝してたら寝坊する。起きよう。たまにはそういう日があったっていい。




 普段の登校時間よりも早い時間帯の、女子高の校門。

 なんかしらの部活の朝練のために開いているだろうと思っていたのだけど……頑然(がんぜん)と閉まっている。

 「えぇ?」

 ……今日は朝練が無い日だったのか? 自分は部活に入ってないから、この女子高の部活動については全然わからない。それがアダになってしまったか?


 そこまで考えたところで、門の奥――学校の敷地内に、黄色い規制線が張ってあるのがチラリと見えた。刑事ドラマで見るような、現場保存に使う規制線が、校内に張られている?

 「なんかあったの?」

 どう考えても穏やかじゃない。気になるけど、門は閉まってるし、どうしたもんか……と逡巡(しゅんじゅん)したけど、”柵を乗り越えるしかない”というゴリ押しな結論に達するまで、そう時間はかからなかった。だから、校門の前で突っ立っていた時間のほとんどは「本当に柵を乗り越えるの?」っていう、勇気を出すための時間。

 ……アヤバラを殺す計画を立てているのに、不法侵入(?)で足踏みしてる自分がちゃんちゃらおかしくて、笑えた。


 女子高の敷地を囲む柵は、ごく普通の金網フェンス。つま先を引っ掛ければ、思っていたより簡単によじ登れた。「スカートだったら大変だったろうな」と、他人事を考えた。

 柵の頂点を両足が越えたところで飛び降りて、問題の規制線に向かって早歩き。黄色いテープに黒字で「立入禁止」と書いてあるけど、早朝だからなのか誰も居ないので、無視してテープを跨ぐ。


 果たして、そこにあったのは。

 コンクリートの地面に白線で描かれた人型と、そこに大きく染みた、赤黒い液体。


 間違いない。また、誰かが死んだ。それだけは直感できた。




 「え、昨日学校行ったの?」


 翌朝。ホームルーム前の教室。

 席に座っているノダに、昨日はなぜ女子高が開いてなかったのかを訊くと、妙なモノを見る視線を向けられてしまった。

 ……昨日、なんらかの事件現場に行って、しばらく動けないでいると、警察に見つかってしまったのだ。当然、そのまま追い出され帰らされた。つまり昨日、学校は無いというのは判ったのだけど……。


 「昨日は休校って連絡があったよ?」

 「……ケータイ無いんだって」

 「保護者のとこに連絡行ってないの? って、あ」

 「一人暮らしなんだよねぇ……」

 というか、転入手続きの時にその辺はちょろまかしたハズだ。

 勘当されているし、”計画”が破綻する可能性があるから、親に連絡が行くようにはしていない。

 なので、そーいっちゃんの番号を書いたか、存在もしないテキトーな番号を書いたか……どうしたっけな? いずれにせよ、今となっては何の意味も無いが。


 「まぁとにかく……。なるほど、休校だったワケね」

 「うん……あんなことがあったんじゃあ、ねぇ」

 そう言うノダの顔色は良くない。というか、この女子高で厭な出来事が立て続けに起きているだけに、女子高全体の空気が重たい。

 「ねぇ、何があったの?」

 「……おとといの放課後だよ?」

 「いや大体何があったかは察しがついてるけどさ、おとといはさっさと帰っちゃったんだよ」

 「あ、そう……」

 「単刀直入に訊くよ? ……誰が死んだの?」

 そう訊くと、ノダは重く溜息をつきながら口元を手で覆って俯いた。……本当に言いたくない、いや言いにくいらしい。そりゃそうだろう。あのノダがここまでダメージを食らっているのは相当なんだとわかる。けど自分は言ってくれるまで待った。そうしないワケにはいかなかった。

 そして、ノダは俯いたまま呟くように言った。


 「……アヤバラさん」


 「え?」

 「だから、アヤバラさんが……屋上から落ちて、死んだの」


 思わず、アヤバラの席へ勢いよく振り向く。なるほど確かに、今のこの時間ならアヤバラはとっくに来ているだろう。告げられた事実の傍証だ。


 いや、そんなことはどうでもいい!

 アヤバラが、死んだ?


 昨日見た事件現場の、白線で描かれた人型。そこに収まるように倒れ伏すアヤバラを想像した。頭からコンクリにぶつかって弾けたのか、足から落ちてひしゃげたのか。どんな感じだったのか知らないだけに、そういう低解像度の想像がよぎる。


 自ずと顔が顰められ、奥歯に力がこもる。たぶん酷い表情になっていただろう。

 グロい想像をしたから? 違う、全然違う!




 復讐も、オルハの真実を知る機会も、失われた。

 それが、わかったから。

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